麻薬組織艦隊への潜入
チャーリィ氏の容赦ない活躍です
眠りを中断されたチャーリィは操縦室に向かった。ライルのことが案じられて、じっとしていられない。
彼が足を踏み入れた途端、シャーリーが振り返りもせずに叫んだ。
「基地だ! どうやら、終点だぜ」
素人目にも、その金属の皮を被った化け物は不気味に感じた。チャーリィはさらにそこに秘められた軍事力を予想して、物騒な要塞だと認める。
探知レーダーに出ている無数の輝点は、監視衛星や武装衛星で、防衛ラインの厚みを物語る。これでは迂闊に踏み込めない。
「高加速で突っ込みましょう。鼻先ぐらいはひしゃぐかもしれやせんが、うまく急停止してみせますぜ」
操縦桿を握らせると、がぜん血の気が多くなる石人間が提案した。
「駄目だね。あそこに着く前に黒焦げの滓になっている。スピードに頼って最初のラインは越せても、減速の時に、狙い撃ちさ。鳴り物入りでは侵入できない」
「どうするんで?」
チャーリィの返答に石人間が不満げ訊いてきた。
「待つんだ。必ず、チャンスは来る」
冷静に諭し、待機の姿勢に入る。シートに腰を下ろし、スクリーンに映る敵の本拠地などもう忘れたかのようにゆっくりと煙草をくゆらす。
それを見て、仲間達も一人また一人と諦めの顔で思い思いに寛ぎ始めた。体力はいざという時のために取っておかねばならない。
だが、その態度とは裏腹に、チャーリィは焦りと苛立ちで気も狂わんばかりだった。
***
突然、空間構造振動探知機の針が一斉に振れ、弾け飛んだ。
チャーリィは跳ね起き、石人間にスタンバイさせる。待ちに待ったチャンスだ。
表示スクリーンを見て、口笛を吹く。
――四十……五十……百隻の艦隊だ!
チャーリィもまさかこれが、『シルビアン』を攻撃しての帰りだとは思わない。
ネグスとデグラは船を巧みに操って、その船団に紛れ込ませた。亜空間から出てくる構造振動の騒動に乗じ、チャーリィ達は防衛ラインを楽々と突破した。もともと麻薬組織の船である。彼らはそのまま、開かれたハッチに飛び込む。
中は予想以上に広く、昨日今日の設備ではないことが一目で解る。麻薬組織は考えている以上に根の深い恐るべき相手らしい。
怪物の腹の中に入り込んだ彼らは、ゲートの隅のほうにある似たような貨物船の隣にそっと船を寄せて、百年も前からそこにあったような顔をして定着した。
ライルが乗せられている大型艦はここにはない。別のゲートに着いたらしい。
全ての動力を消して、鳴りを潜めて様子を窺う。
重艦から兵士達が続々と出てきて立ち話をし、そちこちで休息をとっている。彼らは艦の整備が終わり次第、また出て行くらしい。百隻の艦の整備に技師達はてんてこまいしている。
これだけの軍備を何処に投入するつもりなのか? ただならぬ事態の流れを嗅ぎ取って、神経を尖らせた。
ひょっとしたら、ライル個人に関わっているどころではないかもしれない。
チャーリィは船から出ると、兵士等の集まっているところへ、何食わぬ顔で近づいた。遠くで見た印象通り、兵士等は寄せ集めに近かった。種族も入り乱れ、制服すらも統一されていない。
彼がアカデミーで叩き込まれた軍規の規律は、ここでは有って無きが如きなのだ。だからといって、侮るわけにはいかない。
一つの命令が下れば、彼らは必死になって遂行しようとするだろう。常に彼らは自分の命のために行動している。動機はなんであれ、死に物狂いの相手は強敵なのだ。
チャーリィは彼らの間をうろつき回って、彼らの許された空間がこの大きなデッキの中に限られている事や、事情を何一つ知らされていない事を知った。
兵士は運ばれ、戦えばよいのだ。
それでも、彼は諦めず何とか情報を収集しようと図った。
チャーリィがにこにことして近づくと、大抵の男達は好感を持ち、二、三話しているうちに、見所がありそうな奴だなと一目置いてくれる。
そこで、尊敬の念を示し、相手をたいした男だと買っているのだとさりげなく知らせると、内心嬉しくなって俺の片腕にしてもいいなという気になってくる。
名前を聞き、
「今度の出撃の時は、俺の船に乗れ。良いポストを世話するぞ」
と、持ちかけてきたら、
「きっとお役に立ちますよ」
と、自信たっぷりに請け合って、握手でもすればもうしめたものだ。
「よし、相棒。一杯やろう」
艦長はコーナーにあるバーに連れて行く。アルコールが程よく回ってきて、口がほぐれてきたのを見定めると、チャーリィはそろりそろりと巧みに話の核心に迫っていく。相手のほうは、すっかりチャーリィの術策に嵌まっているとも知らず、打ち解けた気になって口も軽くなっていた。
それで、チャーリィは今まで長い間空席であった総帥がついに出現したこと、その事によって、大きな転機が訪れ、『我々』の時代を迎えるに至る大規模な戦闘が始まろうとしていることが解った。
しかし、艦長達でさえ、それ以上の事は知らなかった。目的地と戦略の詳細は、直接、船のポジトロニクスに入力され、封印されていた。
船はそれによって導かれて目的地に達し、そこで封印が解かれるのである。
とかく、統率性に欠ける無頼者の集団の欠点もカバーできるし、裏切りやミスも最小限に抑えられる。臨機応変の機動性に欠けるが、連中の目するところは不意を突く奇襲にあるのだから、それも弱点にはならない。
総帥の計算は見事であった。
だが、連中の目的はなんだろう? 単なる麻薬売人が、これほどの基地を作るはずがない。その裏に潜む大きな野望は?
『我々の時代』
それが目的なのか? 麻薬で自由に操れる無抵抗の民と無限の力。
古来より、麻薬の力を自由に扱う力を得た野心家の夢を実現するつもりなのか?
既に、海の砂ほどに多様化した薬が銀河中にばら撒かれ、ただならぬ事態にまで浸透している。ライルの麻薬対策研究機構が、今急ピッチで解毒法を解明しているとは言え、肝心のライルが失われては、今後の見通しは暗い。
そして、奴らは、ライルに新手の麻薬を作らせるつもりなのだ。現在の薬は、効果の高いものほど、常用者を早期に死に至らしめる欠点を持つ。彼らとしても、死者には用がない。
ここで、どうしても、効果あらたかで、しかも常用性が強く死なない薬が欲しい。そんな虫のいい理想的な麻薬を提供できるとしたら、それはライル・リザヌールしかいないだろう。
同時に、頑固で正義感の強いバリヌール人にその手を汚させるためには、それこそ彼を麻薬漬けにでもして魂の自由を奪うしかない。
では、この重艦の目的は?
言うまでも無く、目の上の瘤を叩き潰しに行くのだ。最も効果的で、陰惨な手段を考えてくるに違いない。それに、麻薬の支配を受けた思わぬ伏勢も無いとはいえない。
そして、彼らが目的を達成したら、世界はどうなるのか?
銀河の民は、未来を永久に失うことになりかねない。
チャーリィは即断した。彼は迷う時間が最も少ない男だ。
貨物船に戻り、自分の決心を告げる。強制するつもりはない。彼らにはそれほどの危険を冒す義理も理由もないのだ。
「まるっきり敵の手中に入ることになる。生還の確率は低い。この艦隊が発進する時、同時に発ってジャンプに紛れてしまえば、完全に自由になれる。好きな港にも行けるし、この船で商売することもできる。この船のものは、みな、君達のものだ。君達がしてくれた事のお礼には、こんなものくらいじゃ足りないけれど。この事件が解決して、まだ、俺が生きていたら、その時には……」
それをシャーリーが遮った。
「商売は、終わってからもできるさ。俺達は途中で放り出す気はないぜ」
「しかし、正直言って、俺は君達に、シュリルルの二の舞になって欲しくないんだ」
「そいつは、もっとまっとうな人間に言う言葉さ。俺達はいつ死んじまっても文句の言えない生き方をしてきたんだし、これからもそうさ。俺達は、もうとっくに、あんたに命を預けてるんだよ」
シャーリーの目は真剣そのものだった。プリートと石人間兄弟の顔を見て、チャーリィはこれ以上何も言う必要のないことを悟った。
キャビンに閉じ込めてある捕虜のことを口にしかけると、シャーリーが陽気に答えた。
「ああ、あいつらは心配いらない。傷が重すぎて、結局持たなかったんだ」
陽気さの裏に残忍さが覗く。チャーリィは彼らの手当ての遣り口を察したが、何も言わなかった。彼らは、そもそもそういうならず者だった。
***
チャーリィとその仲間を部下にしてくれた艦長は、クックと言った。無論、本名ではない。彼は古い地球の伝説の船長の栄誉を、何処かの本から拾ってきたのだろう。幼い頃、母親に読んでもらった話に出てきたのかもしれない。酒に浮かれて情報をもらすあたり、どうやら、だいぶ名前負けしているようだ。
艦長はチャーリィを十二師団遊撃分隊長に任じた。チャーリィも最初から指令室に出入りできる地位を与えるほど、クックが無用心な男とは思っていない。
この分隊に仲間をうまく潜り込ませた。雑多な種族の寄せ集めである連中の間で、シャーリー達は目立つどころか、気にもされなかった。
実際、銀河中の生物が集まっているようだ。十二師団用のホールの真ん中で、しっぽの生えているトカゲ族のクォート人の胸倉をとっ捕まえて、今しも喧嘩を始めようとしている猫科の大男は、紛れもなくガルド人だ。
それを遠巻きにしてにやにや見ている観衆の中に、連盟加盟国の種族を数え上げることができる。
悪の誘惑に負けた犯罪者やならず者は、バリヌール人を除く全ての種族に必ず付き物なのだろう。そして、彼らのほとんどを『麻薬組織』が何等かの形で吸い寄せている。それも、ここ数年に著しい。
チャーリィは時々思う。
宇宙の歴史的に見て、ここ数年の『至上者』の事件から今日に至る銀河種族を直接的に脅かすような事件は、過去に見られなかったものだ。
これは、一つの符号だろうか?
何の?
地球進出の?
それとも、ライルという存在の……?
ガルド人が鋭い爪を剥き出したまま、トカゲ族のクォート人を荒々しく殴り倒した。倒れたクォート人の胸から緑の鮮血が飛び散った。
チャーリィはだっと駆け寄ると、手にした神経鞭でガルド人を力一杯打った。ぼっと嫌な青に輝く鞭から発せられた強力な高電荷がガルド人を打ちのめし、男は声もなく床に倒れる。その背が裂け、鞭の痕が血の滲んだ青いみみず腫れとなっていた。
鞭を手に、チャーリィは周りに立ち竦んだ部下達を見回して語気鋭く宣言した。
「俺の前で、二度とこんな戯言をするな! この次にはこれくらいでは済まんぞ!」
チャーリィの鋭い眼は刃物の冷たさを帯びて、辺りの空気を切り裂いた。萎縮した部下達は震え上がって声も出ない。
「この阿呆どもの面倒を見ろ。大事な戦力の一員だ。万が一使い物にならなくなったら、覚悟しておくんだな」
残忍な笑みを浮かべて言い捨てると、後も振り返らずに外に出る。残った連中は急いで怪我人の手当てにかかる。もう、新しい隊長について何やかやと言う者はいなかった。
自分のキャビンに戻ったチャーリィは、やっと緊張を解いた。さも汚らわしそうに鞭をテーブルに投げ捨てる。だが、目的の為には手段を選ばぬつもりだった。
ならず者にはならず者の遣り方があるのだ。ライルが知ったら真っ青になって倒れるかもしれない。勇ならまた違う遣り方があったろう。だが、俺には俺の遣り方しかできない。文句は言わせん。
しかし、やっぱり、後味の悪い思いがした。
次の日から、チャーリィは部下達を完全に掌握した。彼らはチャーリィの些細な言葉の端々も決して聞き逃すまいと神経を尖らせ、命令の遂行には能力のありったけを傾けた。
従って、チャーリィの部隊はノルマを何処の隊より早く果たし、二日もすると、彼の冷酷無比な容赦ない指揮振りは、他の者の注目することとなった。
その頃、既に彼は次の段階へ上がる準備を進めていた。
明け方、はっと目を覚ましたチャーリィは、何が彼を目覚めさせたのか神経を凝らした。このやくざな組織に潜入して以来、彼はぐっすり安眠したことはない。自分が今目論んでいるように、他の誰が彼を消そうとしているか知れたものではないからだ。
直ぐに、空調装置に軽い空転の音を聞きつけた。何かが混入されているのだ。酸素マスクを着けると、装置を調べる。フィルターを外すと、回転翼の直ぐ手前にチューブを見つけた。自動噴出装置付きのものだ。
手にとって、冷や汗が出る。サリンVX――神経毒だ。チューブを保管すると、携帯薬嚢を捜して中和剤を打つ。気がつくのがもう少し遅かったら、起き上がることもできなくなっていただろう。
これを仕掛けた犯人の見当はついている。直属の上司だ。前日、彼があからさまに挑戦してみせたので、危機感を募らせたらしい。それにしても汚い。一番卑劣な遣り口だ。
チャーリィはシャワーを浴びながら口笛を吹く。奴にはそもそも上役たる器量などない。遠慮なくやらせてもらおう。
チャーリィの直属の上司ソイエの管理倉庫から一部が消え、彼のキャビンに現れた。
チャーリィ・バトラーの通告で、上級管理者がキャビンの改めに出向く。問題の物件が発見。シアン系の猛毒が4ガロン。市場価格は破格のものだし、利用度は測り知れない。
当然、本人は知らないと言い張った。
「これは、俺を陥れる罠だ。仕掛けた奴を俺は知ってるぞ。この計略をただ一人知っていて、密告できた奴だ!」
顎に鰓の名残の痕跡があるグランド人のソイエは、澄まして戸口に立っているチャーリィを睨みつけた。
「そうさ。奴はどうして、ここにこれがあるって解ったのかな? 教えて欲しいものだ!」
ソイエは勝ち誇って叫んだ。だが、チャーリィはにやりとしたまま姿勢を崩さない。
「俺はミス・ジェミーに聞いただけさ。彼女を盛んに口説いていたろう? 大金が入るってさ。ジェミーが俺にすっかり話してくれたのさ。なんなら、彼女をここに連れてきたっていいんだぜ。でも、かえって拙いんじゃないかな。女にうつつを抜かして、補給物資まで横流しをしたこともばれちまうぜ」
ソイエは顔色を変えた。徐々にチャーリィの巡らした奸計にまんまと嵌まった事を悟る。あの女も奴の手先だったのか? 全てが奴の仕組んだものなのに、それを証明するものは何も無かった。
結局、ソイエは二階級降等し、チャーリィがその地位に着いた。
艦隊が出発し亜空間航行中に、チャーリィは様々な手を使って一つ一つ地位を上げていった。
銃を取って決闘したこともあった。
これも、彼のほうから唆し、相手をのっぴきならない立場に追い込んだのだが、彼の腕を考えると、決闘の名を借りた銃殺刑に等しい。
かなり汚い手を使ったこともあった。
だが、大抵の場合、当人の持つ汚点を利用して、相手を自滅させた。その陰に、シャーリー達の労を惜しまぬ働きがあったのは、言うまでもない。
チャーリィの有能さと狡猾さを認めた艦長は、ついに彼を自分の副官に任じた。
チャーリィはきびきびと働いた。彼の遣り口は手厳しく容赦ないもので、乗員は必死になって働き、また、チャーリィ自身も自らを容赦なく酷使した。
艦内の動きは円滑になり、何処よリも最良の状態を保ち、艦長の信任をいっそう厚くしていった。
クック艦長は今では何をやるにつけても、全てをチャーリィに相談した。彼は自分が指揮を取るよりも、副官のほうが遥かにうまく遣りこなすことを、密かに認めていたのだ。
おかげで、チャーリィは組織の動きが手に取るように解り、艦の全ては彼が掌握していた。