麻薬組織総帥 勇
各艦で、毒素入り爆弾の最終準備が進められていた。広範に拡散し、決して分解できない猛毒で、地球を始め、銀河連盟諸国で使用及び製造を早くから禁止されているものである。
ピルジアン。
或る特殊なバクテリアの排泄物で、腐食性のガスが渦巻く世界で発見された。通常はガス状で、これをほんのわずかでも吸い込めば、肺が焼け爛れ、呼吸が止まり、たちまちのうちに身体中冒されて死んでしまう。
腐敗の進行が早く、ピルジアンに接触して五分後には、骨と融けた有機物の粘液しか残らないので、別名腐敗毒とも言われている代物だった。
それが一杯詰まった爆弾が船倉にぎっしり。そして、艦隊はこの部隊だけでも二千。チャーリィは、ぞっとした。
その夜、彼は自室で、例のペンダントを使って再度のコンタクトを試みた。ずっと連絡がつかなかったのだ。勇とはやはり全く連絡が取れない。
ミーナで試す。何度かの試みの後に、やっとコンタクトがついた。最初は微かな上に途切れがちで、彼を苛立たせた。それだけ遠くにいるということ。
もう一つは、ミーナが何か焦っているので、思考の集中が妨げられコンタクトが不明瞭なのだ。
『勇……』
ミーナの断片的な思考が伝わる。勇のコンタクト不通と関係があるようだ。思考の背景に、ミーナが遭遇した危機感が感じられた。
だが、今のチャーリィにとってはそれどころではない。
『危険。組織の艦隊が出撃。ピルジアン。』
これだけの意味を伝えるのに、チャーリィは汗だくになった。
『了解』
と、ミーナから伝わってきた時にはへとへとになっていた。ESP能力とはからきし縁がないんだなとしみじみ思う。
船内時間は夜である。夜といっても、船の中ではみんなが忙しく働いている。チャーリィはベッドに横になって、しばしの休息に当てていた。
船の中で自分が果たしてきた諸々は反吐がでそうな最低最悪のものだったが、どうしても麻薬組織の連中に奇襲攻撃を成功させるわけにはいかなかった。
彼は密かに別動体の動きも探り、彼らの艦隊が何処に現れてもうろたえないように作戦地図を作成しつつあった。ポジトロニクスの封印が解かれ次第、一切の情報をパトロールに送るのだ。
それが、自分に課した使命だった。その後は全く未知数。
――ライル……。すまん。
彼の助けを待っているに違いない恋しい者に詫びる。
――お前を助けに、行けないかもしれない。
チャーリィは花のように微笑む美貌を思い浮かべた。
パラ思考波に乗って届いたライルの悲鳴が心から離れない。胸が焼け付くような焦燥感にさいなまれる。
――俺のライル。
胸の上に肌身離さずつけているペンダントが、あれから何の音沙汰も寄越して来ないことを、せめて彼が無事でいる証拠と信じるしかなかった。
***
麻薬組織の艦隊は亜空間を抜け、ガルド星系を含む中央星域に停止した。
そこで、ポジトロニクスに封印されていた指令とデータが開かれ、指令室に集まった艦長と側近達は、攻撃目標とその詳細を知った。
最後に、総帥のメッセージが伝達された。
映像がスクリーンに現れた時、チャーリィは自分がどうやって驚きを自制し得たのか、覚えていない。
スクリーン上で、勇が冷酷な口調で淡々と艦隊を激励していた。
「……であるから、全ての勝運は諸君の働き如何で決定する。惨めな敗残者となり惰弱な犬どもの捕虜となるか、輝かしい宇宙の覇者となるか。私は、諸君の勇気と努力に期待する。今こそ、我々の時代を!」
スクリーンが暗くなり、全てのメッセージが完了した。勇の激励は、指令室の面々の士気を高め、早々と戦闘準備にかからせた。
勇にどんな経緯があったのか予想もつかずに、茫然としていたチャーリィは周囲の活気を帯びた慌ただしさに我に返った。
奴の件は今は後回しだ。間もなく総勢二千の艦隊が、一つの指令のもとにガルド星系を全滅させるべく攻撃に入る。
同時に、他の主要な二十の世界でも奇襲が開始されるはず。既に秒読みに入っていた。
目の端に石人間兄弟の姿を確認。ネグスとデグラがそっと銃を取り出す。
チャーリィはごった返している指令室を横切ると、通信員をどかせ、素早く連盟艦隊周波数にセットした。先方からの確認を待たず、マイクに向かって口早に話し出す。
「太陽系連盟評議員チャーリィ・オーエンより、緊急指令。麻薬組織の艦隊二千、ガルド星系を包囲。一隻足りと惑星大気圏に近づけてはならない。腐敗毒のミサイルあり。以下、次の連盟諸国も同様。……」
副官チャーリィの突然の裏切りに、呆然としていた艦長は我に返ると怒り狂って彼に掴みかかろうとした。
「スパイめ! よくも……!」
クック艦長は憤慨しながら走り出すよりも、冷静に銃を抜いたほうが良かったのだ。
チャーリィはちらっと振り向くと同時に、艦長の眉間を無造作に撃ち抜いた。石人間達が精一杯の素早さで、残りの要員達に銃を突きつける。
チャーリィは騒然となる指令室に向かって、語気鋭く制した。
「誰がボスだ!」
常日頃から彼の手腕を恐れている連中はとっさに異口同音に叫び返していた。
「チャーリィ・バトラーだ!」
「よし。ならば、これから俺の指図通りに従うんだ。そうすれば、お前達は生き残れる」
部下達は一様に熱心に頷いた。チャーリィがこれまで強引に積み重ねてきた努力の成果である。
そこで、彼は再び腰を落ち着けて通信機を取り上げた。その背後で、ネグスとデグラが油断無く銃を構えて指令室の動静を見張った。
チャーリィ達の船を含む二千の艦隊がガルド星系へ侵入を開始した時、第一次ガルド艦隊が迎撃に現れた。
これほど早期に発見されると思っていなかった麻薬組織の艦隊は著しく混乱した。それでガルド艦隊は貴重な数十分を稼ぐことができた。その内にも後続部隊が続々と集結して、星系の周りを固めていった。
麻薬組織の艦長達はその頃になってやっと、総帥に指示を仰いだ。だが、総帥の勇は慌てなかった。即断妙意の戦術は彼の得意とするところ。それに、彼は地球防衛艦隊の精鋭である。
彼はまるでチェスの駒を動かすように艦隊を動かした。先の先を読む彼にとって、天文学的な距離から生じる伝達の遅れも関係ないようであった。
今の勇には艦隊の損失は堪えない。人命は水一滴よりも重くはない。
本来寄せ集めの艦隊は、真の重艦隊に出会えば、蜘蛛の子を散らしたように算を乱して逃げ出すものだが、予想に反してこの船団は隊を乱さず、果敢に攻撃をかけてきた。
決して一対一にならず、数を頼んで常に有利なように攻撃する。しかも敵は、艦の将校達しか知らないようなガルド艦の弱点を知っていて、執拗に攻めて来る。
そして、多数を犠牲にして一隻を防衛ラインから突破させようと試みた。
一隻でも星系内に入ることに成功すれば、それで十分に『死』のミサイルを各惑星に送ることができる。短時間の全滅は無理でも、終局において恐るべき毒素は、ガルド人の体内を蝕み、その勢力を失わせるだろう。
チャーリィはじりじりした。勇は昔からたいした軍人だったが、人命に対し冷酷になった彼は鬼神となった。このままでは、ガルド艦隊の封鎖網を突破する艦がでてしまう。
チャーリィは火器管制員に自分達の仲間に向かって撃てと命じた。火器管制室で一騒動あった。
だが、既に配置についていたプリート達が信頼できる仲間を率いて管制室を占領した。
彼の意向に従わない者は容赦なく消され、間もなく重爆弾が味方の艦に向けて発砲され始めた。その後を続いて腐敗毒ミサイルが追う。
不意を突かれた麻薬組織の艦は爆弾で損傷し、毒素ガスで汚染された。宇宙服の必要に気づく前に、乗員は糜爛性の毒に冒され腐敗していく。凄惨な地獄が現出した。
だが、この攻撃の効果があったのは、最初の十隻だけだった。どの艦も宇宙服を着用し、逆にこの裏切り者の艦を攻撃し始めたからだ。
それで、チャーリィはやむなく後退せざるを得なかった。
その時、探知部担当の部下が恐怖の叫びを上げた。
飛びついて映し出された物を確認したチャーリィは、歓声をあげた。
――親父さん――地球防衛艦隊だ!
安堵したチャーリィは宙航士に亜空間へ逃げ込むように指示し、航宙士はかつてない熱心さで従った。
亜空間に入ったチャーリィは、亜空間通信の周波数を『シルビアン』に合わせた。『親父さん』がここに駆けつけてきている以上、裏にミーナがいると睨んだのだ。
果たして、ミーナが落ち着き払って通話スクリーンに出た時、チャーリィは万事ことが運んでいると感じた。
彼が汗だくになって送ったパラ通信は彼が考えていたよりも、多くを送信していたらしい。
***
絶対絶命の時に作動した『シルビアン』のスクランブル連携リレーは、胎内に秘めた莫大なエネルギーを一瞬で解放し、静止状態から高次元転移を為すものであった。
バリオンのΩ粒子の崩壊をシュミレート観察したライルは、強い相互作用を持つ因子がその際に出現消滅することを述べ、バリオンを構成する三個のクォークの他に、グルオン的性質を持つ基子を提唱した。
これは質量をもたず、クォークとはむしろ対の励起的状態を引き起こす因子であって、空間の勾配に沿って反基子と交互に転換される結果の現象として観察されるとし、空間の曲勾配計測する指標ともなると推論した。
これにより、基子の反復振動指数に物体のスピン振動を同調させることによって、亜空間航法のような高速による運動エネルギーと空間へのドップラー効果を利用する必要のない、高性能転移法が理論的に可能と考えられたが、まだ、実現されてはいなかった。
『シルビアン』が行ったものは、まさしくそれを実行したものだった。
ミーナ達が瞬きの目を開けた時、『シルビアン』を取り囲む百の艦隊の姿は何処にもなかった。
基子が空間の壁ともいうべき勾配の最大ポテンシャル地点で、反基粒子と1.3×10 -10乗 (×10の-10乗)秒で入れ換わるのと等しいのである。
突然の転換移動であったから、当然ながら目的地は指定されなかった。
『シルビアン』はM3(りょうけん座)まで移動していたのである。ポテンシャル率の高い球状星団に引き寄せられるのは、考えてみると当然かもしれなかった。
エネルギーが枯渇していたから、ミーナ達が地球に帰りつくにはしばらく掛かった。まず、『シルビアン』に宇宙線によるエネルギー補給を蓄えねばならなかったのである。
ミーナは勇とライルの事が心配で、気も狂わんばかりだった。
チャーリィからパラ通信があったのは、そんなミーナがやっと地球に辿り着いた時だった。
ヒステリーを起こしかけていた神経を宥め宥め、ようやっとチャーリィの伝言を理解した彼女は、すぐに地球防衛庁に走った。
近藤元帥はミーナの言葉に対し、何も言わず直ぐに出撃でき得る限りの艦隊を太陽系の外と銀河中枢周辺宙域とに待機させた。
やがて、チャーリィから報せが入った時、太陽系艦隊は時を移さず遷移に入った。
さらに、チャーリィの思考から、何度となく複数世界への同時攻撃の可能性の示唆を読んでいたので、予め予想される諸国の首脳部に警告を極秘裏に伝えておいたので、各諸国とも慌てることなくチャーリィの報知と同時に対処が行われた。
その結果、麻薬組織は思うように侵攻できず、手間取っているうちに近隣加盟世界から援軍が駆けつけ、最終的に連盟側の勝利を導いたのである。
心配された潜在敵国の反乱も、これほどの迅速な連盟側の対応の前に発現する余地がなかった。
***
チャーリィは亜空間に逃げ込んだその足で、真っ直ぐ敵の本拠へ駆けた。
完敗の戦闘から脱落した負傷艦を装って関門を通過しハッチに入る。それまでに、プリート達は、彼らの下で命を賭ける約束をした者を集め、そうでない者達は始末していた。
チャーリィは新しく加わった仲間を引き連れて、ライルを救い出す為に宇宙要塞へ乗り込んで行った。
自説論をちょこっと展開させていただきました><すみません




