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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第3部 異次元界は侵略者でいっぱい
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ライル乗り出す

  二の章


「で、どうだね? 何か、見つけてくれたかね?」


 かなりの時間がたってのち、ライルがふっと溜息を漏らすと、提督はそっと聞いてきた。


 ガルド人トゥール・ラン提督の巨大で威圧的な専用艦の客室の中だった。ライルは、トゥール・ランに会ったその足で艦に乗り込み、直ぐ飛び立ってきていた。


 提督が部屋に入ってきて遠慮深げにその巨漢を豪華な造りの椅子に沈めてから、ずいぶん経つ。ガルド製の椅子は軋みもせずに、トゥール・ランの重みを深々と受け止め、柔らかく押し返してくれていた。地球の華奢な造りと違って壊れる心配はない。


 ライルは思索に没頭しており、トゥール・ランが入ってきても顔もあげなかった。バリヌール人をよく知っている彼は、邪魔にならないよう辛抱強く待ち続けていた。



 やっと顔を上げたライルはトゥール・ランの存在に驚くこともなく、今までずっと話し合っていたかのような調子で答えた。


「変異現象そのものは問題じゃない。肝心な点は、このフィールドです」


 そして、彼は頭を振ってPCのデータを示した。船のバンクに直結しているその端末の画面には、今も恐ろしいほどの速さで数字が流れていた。


「このデータでは不十分だ。これは、変化した結果でしかない。変化したガスの成分は、この場合無意味だ。何が変質を促しているのか。変異を促す何かが、存在しているはずだ」


 トゥール・ランは、長毛の毛がふさふさと生えた頑丈な大きな手を膝の上で組んだ。


「それが、我々にできる精一杯だ。だが、バリヌールのあなたなら……」


 ライルは考えに沈みながら答えた。頭の半分は、まだ資料の上をさまよっている。


「僕とて、一個の人間です。あなた方とそんなに違いがあるわけではありません。僕達は、様々なデータや集積された理論を統合して思考することができるに過ぎないのです。この件は、僕にも新しい分野を開かせてくれるだろう予感があります。とにかく……自分の目で確かめてみなくては」


 提督は強く難色を示した。


「それは危険が多すぎる。我々の最強装備の防御服でさえも、安全ではないのだ。サンプルを捕獲するどころではない。その得体の知れないフィールドは、十メートルもの装甲を通過し、エネルギーバリアーを以ってしても、防ぐことはできないのだ。そのうち、宇宙空間をも越えて、星々に襲いかかってくるだろう」


 手振りで絶望的な様子を示すと、トゥール・ランは立ち上がってライルの両肩に手を乗せた。

 少女のように華奢で、優しく、意志の強い顔を覗き込む。

 この美しい顔が醜く変化し、ライルがライルでないおぞましい存在になってしまったら……。彼は身震いした。


「いや、駄目だ! 許すことはできない。ライル。君をそんな危険な目に遭わせる為に、君に会いに来たのではない」


 ライルはにっこり笑って、提督の大きな手を払う。


「僕だって、わざわざ危険だと分かっていることをする気はない。従来の防御法が役に立たないと言うその事が、大きな手掛かりを与えてくれる」


 しかし、トゥール・ランはまだ心配気に言い募った。


「いいかね。ライル。君は我々を指揮するだけでいい。危険なことは我々でやる。君はできる限り安全な所にいて、その頭脳を使ってくれればいいんだ。わかったね?」


 ――やれやれ、僕はいつまでもトゥール・ランの小さなライルじゃないんだぞ。


 この調子では大幅に行動を制限されてしまいそうだった。この非常に魅惑的な研究課題を心行くまで研究できるようにする為には、この提督に『安全』である事を認めさせるか、それとも、彼の手の内から密かに逃げ出すしかない。

 

 実際、銀河を脅かしつつあるこの脅威に対して、彼は久々に探究心を駆り立てられていた。その熱意の前では、トゥール・ランの心配も自分の安全さえも全く眼中になくなっていた。

 もともと、自分の命を惜しむ本能が欠如した種族なのである。



 それで、彼は猛然と取り掛かった。バリヌール人という種族の気質を良く知っているトゥール・ランが、気がかり顔で度々覗きに来ても、気にせず没頭している。


 艦がガルドに着くと、資料が詰まったフォリオやP-Tbやなにやら抱えて、科学技術局に飛び込む。

 必然的に、本件の実質的な研究対策本部が彼を中心にできあがった。科学者や研究員達は自ら率先して、この若いバリヌール人に資料を提示し、意見を求め、協力を惜しまなかった。バリヌール人とは若くてもそういう種族だった。


「ええ、エネルギー探知装置にも反応を示さないのです」


 一連の探知装置を汚染惑星に送り込んで調査しているクルンクリスト人が風のような声で言った。


「考えられる限りの検出装置を導入しました。結果は全て、ネガティブでした」

「そこから導き出される考察は?」


 ライルが彼に考えるよう促す。


「はい、エネルギー性のものではないと言うことでしょう」

「断定は早い。『既知の』と、言うべきだろう。それとも、既存の……か」

「? ……と、言いますと……?」


 ライルは答えず、データをコンピューターに入力していく。彼は一日総合集積コンピュータールームで過ごす。広大な部屋全体が巨大コンピューターの記録装置と解析装置で埋め尽くされていた。



 大きな総合施設の地下フロア全部を占めるその部屋は、サッカー場ほどの広さがあったが、人が動ける部屋の部分は、三十畳ほどである。残りの空間は、全ていくつものタンクで埋まっていた。部屋の中央に、大きな円卓型のコントロール装置があり複数の椅子が配置されていた。


 ここの総合巨大コンピューターは、ガルド全体の全ての電子的管理をも行っている情報センター施設だった。各分野に分かれて、地上二階から十二階まで管理・処理施設が置かれている。



 トゥール・ランが言った通り、全てのあらゆる調査は彼以外の科学者達や軍が行った。そして、それらのあらゆる全てのデータが彼のもとへ集積されるのだ。


 変異した生物は、酸素系、非酸素系を問わず、あらゆる形態に渡っていた。変異現象と生物本体の性質の関係はない。


「ガスが原因ではないですか?」


 ブリリアントの派遣科学者が言ってみた。


「違うな」


 ガルドの科学者が一言で否定する。そして、汚染された世界の夥しい待機の調査結果を示してみせた。それぞれの世界の大気に、共通点はみられなかった。しかし、そのフィールド内の空気組成は変化する。


「この組成は、元の大気に準じている。結果として変化したのだ。呼吸気体が著しく減少し、排気ガスの濃度が濃くなっていることに注目したまえ。フィールド内のガス交換がなり難い事を意味しておる」

「放射能が、如何なる形でも検出されていないのは、特筆すべきことですわ」


 アマリリス人が指摘した。ダリアの花のような頭部から、理知的な丸い目を鋭く向ける。


 彼らの会話を聞き流しながら、ライルは操作卓に向かっていた。次々と送られてくるデータを頭の中の多重解析グラフに書き込んでいく。


「変異後の大気は希ガス元素が増えています。同素体が異常に多いのですわ」


 アマリリス人がさらに気が付いた点を述べた。


「これらはむしろ、変異をせしめる要因ではなく、何かが干渉した結果と考えるべきだろう」


 ガルド人が腕組みをして意見を披露した。


「フィールドは常に一定の広がりがある。これも、特徴的だ。風や、浸透で拡散することもなく、影が動くように変異体の動きによって移動していくんだ。まるで、変異体からフィールドがでているみたいじゃないか」


 アルファン人科学者がフッ素の中で首を傾げた。三個の眼丙をデータを映すモニターに向け、二個をガルド人に向け、残りの五個をふるふると振って瞬かせる。

 水凄人がオーラの一種ではないかとぶくぶくする泡の中から提案したが、ライルは一蹴した。これはそんな曖昧な現象ではない。実質的な技術によらずに、ほかに何がある。


 ライルは膨大な資料を手に、科学者達に指示を出し、ドローンを投入させ、もつれ重複した作業や知識を整理し、まだ調査されていない分野の収集を命じ可能性を模索した。

 空間指数を求めたのもそうした一連の活動の一つだった。彼の調査は徹底していた。その結果、莫大なデータが集まってくる。

 地下の巨大コンピューター施設の五個のタンクをオーバーさせた彼は、提督にもう二つのタンクを要請した。



 現在、銀河諸国連合組織推進委員会《UGOC》対策本部の汚染惑星閉鎖処置により、それぞれの変異体は各個の惑星に閉じ込められ、一応それ以上の拡散を防ぐ事ができた。

 事態はひと段落着いたように見え、UGOCの面々は、ほっと一息ついた。





 だが、その安堵感も、まったく別方面の宙域からもたらされた一報で消し飛んだ。


「なんだって?」


 トゥール・ランが信じられずに叫び返した。


「はい。間違いありません。J-56の星系です。そこの第5惑星に、あの薄緑色のフィールドが!」


 報告した調査員がその映像を送ってきた。


「そこは、通商ルートには入っていないはずだ。なぜ……」

「まだ未発達の原住生物がいるだけです。社会構造にも達していないはずです。たまたま、第4惑星の資源を調査に来たアルファン人の商人が発見しまして。それで、連絡を受けた我々が急行したというわけでして」


 トゥール・ランは映像を前に身体を強張らせた。この事実は、恐ろしい事態を示唆した。

 果たして。

 あちこちの突拍子もない所で、フィールドに汚染された世界が新たに発見され始めたのである。

 それは、現住生物の知性レベルも大気の組成区別も関係なかった。封鎖は厳重を極めていたので、複次感染の為ではありえなかった。自然発生的なものと考えられ、これには委員会も手も打ちようが無い。


 その一方で、最初に発生した惑星から順に、消耗尽くした世界が死滅していった。

 まず最初に、ケグルの星、次いでビラ星の世界……。

 委員会は、変異体の最後の一体が死に、風化されてしまった後でも、それらの世界に何者ですら立ち寄ることを厳しく禁じた。



 新たな汚染惑星が発見されるに従って、ライルの蓄える情報量も増えていく。タンクの追加を更に三個増やしている。


 それらのデータを見る限りにおいて、惑星の型、環境、位置、生物レベルと、多種多様にわたり、起因性や類似性を読み取ることは到底不可能に見えた。

 ガルドの主要なコンピューターを殆ど占拠し、日常業務にさえ支障をきたすほどの情報量を捌ける知性体がこの世にいるとは思えない。


 だが、ここに生まれながらの情報統括総合学者であるバリヌールのリザヌールがいた。この莫大なデータが彼の頭脳の中で、パズルの一片一片が納まるように集計統合されていく。

 そして、新たにガルド全艦を使って収集させた空間指数計測のデータの報告が入ると、彼の中で自ずと一つの解答が導き出された。



 我々のもつあらゆる検査機に引っ掛からないのも道理。この変異を促す技術は、異質の法則に発している。彼が属する次象ではないのだ。


 これは我々の銀河への攻撃だった。相手の出方は解った。防御の方法は自動的に解決する。

 遺憾ながら、変異してしまった者はもう手遅れだった。多重次元フィールドで封じ込めて敵の手から解放してやるだけしかできない。


 だが、敵のいる『場』を正確に確定する事ができない。突き止めねばならない。


 ライルはトゥール・ランが執務している巨大な宇宙局ビルを眺めた。彼に相談するか? 提督の力を得れば仕事はやりやすい。しかし、と彼は反問する。トゥール・ランが許してくれるだろうか?

 彼はやけに神経を尖らせている。逆に、こちらが何もできなくなるほどに、がんじがらめに見張られてしまうのが落ちだ。



 彼は決意した。提督の目を盗んで、快速艇を一機調達するのくらいわけはない。

 こういう作戦は、アカデミーの三年生の時に、いささかアウトロー的な外惑星の衛星基地で訓練を受けたことがある。辛い実習訓練もどんなところで役に立つか判らないものだと、彼は妙なところで感心した。

 思いついたら、即、実行が彼の信条。何をためらう必要がある? 

お読みくださってありがとうございます 

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