クルーザー『シルビアン』
ミーナがライルの家を訪ねたのは、彼がトゥール・ランとガルド星へ向けて発って間もなくだった。人気も無くしんと冷たい居間で、彼女は放心したように座り込んだ。
「やっぱりそうだったんだわ。なんて、薄情なのかしら」
そこへ、エアバイクの音がしてチャーリィが飛び込んできた。
「ミーナ!」
彼が目を丸くして先客を見る。
「チャーリィ。どうしたの?」
「それは、こっちの言うセリフさ。てっきり、ライルは君と一緒だと思っていたよ」
「今朝まではね。あなたもご存知だったんでしょ」
チャーリィは赤くなった。
「やっぱりな。で、どうだ? うまくいったかい?」
「それも、ご存知でしょ? それより、ギアソンからTELがあったのよ。あなたがここに来たのも、その所為なんじゃないの?」
「ご明察。じゃあ、やっぱりそうだったんだな」
「何を知ってるの?」
「君と同じさ。トゥール・ラン提督が来てたんだ。そして、ライルは奴と宇宙に行っちまった」
「本当? 彼が来ていたの? それで……。チャーリィ、あなたって、本当に地獄耳ね。どうやって情報を手に入れるの?」
チャーリィは頭を掻いた。
「なんだ。知らなかったのか。俺は、ほら、友達がいろんなところにいるからさ」
「女の友達がね。私は、ライルが出かけてから、何だか嫌な予感がして……。彼が、どこか遠くへ行っちゃうような気がして、たまらなくなって来てみたの」
「恋する女の感ってやつかい? 良く当たるらしいな」
「ちゃかさないで! 嫌だわ。すごく嫌な予感! 彼に何かあったらどうしよう」
ミーナは本当に青ざめている。それで、チャーリィも真顔になった。
「俺も胸騒ぎがしてさ。つい、ここへ来ちまったんだ。何かわかるんじゃないかと思って。トゥール・ラン直々のお出迎えで、ライルも直ぐに出かけたっていうし。それに、トゥール・ランの用件が何か、誰も知らないんだ。ギアソンは知っているかもしれない。しかし、彼は、漏らさないだろう? その機密振りが、引っかかってさ。何かとんでもないことが、あっちで持ち上がってるんじゃないかって。ライルの助けが必要な」
青い顔で考えていたミーナが、きっと顔を上げた。
「行きましょう! ガルドへ。ちょうど、冬休みだし」
「ちょっと待てよ。行くったって、ヨーロッパ辺りに行くのとは訳が違うぜ。一万二千光年も先なんだぜ」
怖じ気づくチャーリィの鼻先に、ミーナは指を立ててみせた。
「ふふん。船ならあるのよ」
チャーリィはあっと目を見張った。
「できたのか? クルーザー」
ミーナの目がにやっと細まる。
「つい、昨日。まだ、テストドライブはしてないけれど、ライルのお墨付きだから、大丈夫よ」
「すごいな。よし、勇も呼んで行動開始だ!」
ミーナ・ブルーは、二十歳のお祝いに、父親から新式の宇宙航行用クルーザーを造ってもらったのである。
このアカデミー一の美女に加え、優秀なパイロットで、医学も修め、士官としては柔道空手の有段者という、気の強いのが玉にきずの才女が、実は、巨大財閥ブルーコンツェルンの一人娘でもあると言う事実は、意外に知られていなかった。
叔父が跡を取ることが望ましいと思った彼女は早々と家を出てしまい、軍の士官養成学校に入ってしまったからである。
母親を小さな頃に亡くし、男達に囲まれて育った彼女は、すっかり気の強い男勝りに育ってしまい、どうみてもおっとりとしたお嬢様の柄ではなかった。
父親ともほとんど音信不通で今日まできていたが、急に二十歳のお祝いをしてやろうと言われたのだった。彼女は今更とも思ったのだが、是非にと謂われ、
「それでは、船を一つ」
と、答えたのだ。
宇宙航行のクルーザーである。しかし、父親は二つ返事でうなずいた。
ライルに話すと、それなら、と、彼が技術の分野で手伝ってくれた。
一人娘の為に金に糸目をつけず、地球の工廠で製造可能な限りの超高度な性能を満載したクルーザーだった。その設計・技術は、軍や航宙会社の垂涎の的となっている。
では、その機能の一環を紹介しよう。
キャプテン・ミーナ・ブルーが操縦盤のキイを叩いていく。動力炉のレバーを静かに上げて、操縦桿を引き上げると、クルーザーは音も無く大地を離れ、静かに上昇していった。反重力推進機構である。地球の船でこれをもつのは、この一隻だけ。
ミーナはライルの高速船で味を占めてしまったのだ。これは質量と力場の反作用として働くので、実用化には高度の知識と技術が必要だった。一方で、大気汚染、騒音公害その他諸々の航空宙発着場の様々な問題が解消される利点がある。
『シルビアン』は、いぶし銀の厚い装甲が覆うスマートな流線型で、光線の加減で紫色に輝く。船体の塗料は、ミーナ自ら選びうるさく注文を出していた。ミーナが誰を想定してこれを選んだかは、明白だった。
戦闘艦ではなかった。快適な移動を中心に設計されていた。
前面に置かれたコクピットには、大きく視界が開けるように耐圧硬化テクタイトグラスが張られ、必要に応じて厚い装甲でカバーされるようになっていた。後部側面上部に延びた一対のイオン射出孔がバランスの良い船体に装飾的な華美を添えている。
船体のほとんどを機械類やコンピューターが占め、居住空間はキャビン4つとコクピット、共有ラウンジだけである。
優美な姿を夜のアカデミー公園上空に浮かび上がらせると、まるで星空に吸い込まれて行くかのように、たちまちその姿が小さくなり見えなくなってしまった。
太陽系間を信じられないようなスピードで駆け抜ける。超小型のハイパー動力機関と高能率の核融合動力炉の力である。
恒星間の空虚な宙域に出ると、『シルビアン』は、亜空間に入った。
太陽系を出ると、チャーリィは感慨深い思いに捕らわれた。
つい最近まで、人類は太陽系内を飛び回るのが精一杯で、冥王星へやっと手が届いたところだったのだ。それが、今では個人用クルーザーに乗って、銀河の中央部へ一週間余りで着いてしまうのだ。
***
「さあ、ラウンジへ行って寛いでいいわよ。あとは、慣性航行でコンピューター任せだから」
ミーナが勇達に声をかけた。
『シルビアン』のもう一つの特徴。この船は最小一名でも航行可能にできている。コクピットの下に巨大な中枢コンピューターがあり、その端末がコクピットを始め、船体中にあたかも神経のように張り巡らされ、船体のあらゆる機能を調整コントロールしているのである。彼女が何処にいても命令を下すことができるのだ。
同時に、彼女の補佐をこなす自己学習訓練型だった。これほどの機能を持つコンピューターも地球上にはない。ガルドにもない。これはライル手ずからの作品だった。
真っ先にラウンジに乗り込んだ勇は、厨房を覗くと腕一杯に食料を抱えて椅子に座り込んだ。『腹が減っては戦はできぬ』が彼の持論である。
チャーリィはブランデーを見つけてくると、ゆっくりとやりだした。
遅れてミーナが入ってくる。チャーリィは、グラスを掲げて見せた。ミーナは首を横に振る。
「わたしは、熱いコーヒーが欲しいわ」
「俺が淹れてやろうか?」
勇が申し出ると、ミーナは笑いながら、
「いいわ。自分で淹れるから。ありがとう」
と、断ると厨房へ引っ込む。勇が淹れた日には、どんな上等のコーヒーでもみんな同じ味になってしまうのだ。
ミーナは何かし続けているほうが良かった。じっとしているとろくなことを考えない。不安で押し潰されるような気がする。
ミーナがコーヒーを手に戻ってみると、勇は快適な多目的チェアを倒して眠り込んでいた。どうやら、いつでも100%の体力で臨戦できるように、僅かな時間でも休息を心がけているらしい。
チャーリィは、今は何も映さない窓の壁を眺めながらタバコをくゆらしている。彼も苛ついているんだわ、とミーナは思った。
チャーリィはそれほどタバコを喫むわけではなかった。だが、今のように心配事があったり、思うようにいかなかったりしている時、彼は無意識にタバコを取り出す。
***
ミーナに灰皿を突き出されて、彼は初めてタバコを吸っていたことに気がついた。赤い火がちろちろと舐めるようにゆっくり移っていく様を眺める。
――あいつは、タバコを嫌っていたな
どうしても、思いはライルへと向かう。
『百害あって一利なし』などと言い、『なぜ、健康をわざわざ害するために肺をいぶすのか理解できない』と、眉をひそめていた。
――そうさ。バリヌール人に判るものか。俺は、わざとあいつの鼻先にタバコの煙を吹き付けてやったっけ。
だが、他の星の連中の中にも、奇妙な悪習をやめられない奴らが結構いる。人間をはじめ、生物はみんな多かれ少なかれ、そういう不合理なものなのだ。
バリヌール人なんかに生まれつかないで本当に良かったとチャーリィはしみじみ思う。完全無欠の種族なんて、きっと退屈で死んじまうだろう。
***
亜空間通信の入電の合図に、ミーナとチャーリィは飛び上がった。眠りこけている勇を無視して、二人はコクピットに走っていく。ラウンジでも通話ができることに気がついたのは、その後のことだった。
「ガルドからよ」
ミーナが緊張した顔で言う。さっき、ガルドへ連絡を入れておいたのだ。返信が早過ぎる。ミーナの身体がかすかに震えているのが伝わる。
――ライルのことだ。何をやらかしていても、驚かんぞ。
チャーリィは密かに心に準備をさせる。
通信は一方的だった。此方が質問する機会も与えずに、通話が切れる。
「どういうこと? これ……」
ミーナが茫然とした様子で言った。
リザヌールは行方不明で、ガルド当局が必死の捜索を行っているというのである。しかも、どうやら、彼は船を無断で借用し――早い話が、かっぱらって――黙って飛び出していったらしい。そして、ミーナ達には、何処へも寄港せずに真っ直ぐ地球に帰れと言ってきたのだ。
だが、どうにも話の歯切れが悪い。
「何が起こってるんだ? そいつを再生してみろよ」
いつの間にか、勇がチャーリィの肩越しに、一緒に送られてきたファイルを覗いている。
三人はファイルを開いて、映像と解説を見つめた。ミーナの顔がみるみる血の気を失っていく。
「たいへんなことだわ。彼がこの中に飛び込んで行ったというの? ひどいわ!」
と、顔を両手で覆ってしまった。チャーリィの顔も厳しい。
「これが、地球や他の世界に漏れたら、パニックになるぞ。ガルドでは、俺達を信用してくれたのか?」
――この情報を、あえて俺達に与えたのはなぜか? どうしてわざわざ、真っ直ぐ帰れなんて言わずもがなの事を言ってきたのか。第一、ライルが行方不明だと、俺達に教える義理はないはずだ。
勇とミーナはチャーリィの顔をじっと見守った。
「よし! ライルを捜しに行こう。そして、奴の首根っこを押さえつけてやるんだ」
「しかし、委員会は俺達に関与するなと、釘を刺しているも同然の警告をしていたぞ」
勇が念を押すように訊いてくる。
「ああ、だからその後、俺達が取る行動は、委員会の関知しない事になるのさ。連中はライルを見つけることができない。俺達ならできるかもしれないと考えたんだ。それで、わざわざ俺達に極秘の情報まで教えてくれたのさ」
「ライルは、それほどヤバイ所に行っちまっているのか? 委員会でさえ、手が出せないような……」
「委員会が制定した禁止命令だの、条例だのなんて、奴にとっちゃ紙切れ一枚の重みすらない。バリヌール人は、法律なんて気にしない。そもそも法律というものがなかったらしい。彼らにとっては、手がけている研究が全てなんだから。そして、それはライルにも当てはまるんだ」
「なんて人騒がせなの! 馬鹿な人!」
ミーナが両の拳を震わせて、振り絞るように叫んだ。
――全く、きちがい沙汰だ。
三人はマークのついた宇宙図を言葉も無く見つめた。変異の生じた世界である。ライルはこの中の何処かにいるのだ。
それを思っただけで、全身に悪寒が走る。
彼を助けることは不可能なんじゃないか、と、チャーリィは絶望的な思いに囚われた。




