ミルキーウェイ戦争
宇宙戦争です
第三章
「主砲、一斉射撃!」
「後続隊! 散開しろ!」
激しい怒号が飛び交う中、チャーリィは食い入るように指令室の巨大なスクリーンを凝視していた。
遂に、艦隊の前線が敵艦隊と接触した。『至上者』は艦隊が射程距離に入るや、警告なしで攻撃してきた。
次の瞬間、銀河連合艦隊と『至上者』の艦隊は交戦状態に突入した。
チャーリィは第三十一師団ザザト人の旗艦に同乗していた。真四角な鎧型の将軍の部隊である。チャーリィを気に入った将軍が、ぜひにと言ってきかなかったのだ。
ザザト人の軍艦は、四角い箱型がいくつも重なったような形状だった。それぞれの箱型に独立した火器設備があり、各個独立してレーザー砲を撃つことができた。司令塔を中央前面に、それを守るように火器設備が取り巻く、攻撃重視の仕様形態である。
これに対する『至上者』の軍艦は異様であった。各パーツを適当に接合しただけという印象の外観で、統一性のない様々な部品をとりとめもなくプラットホームに並べただけのように見える。これも、守りは一切無視の攻撃重視型で、巨大なビーム砲が360度方向で据えられている。
敵の攻撃は仮借なく、艦の損失も全く考えていないらしい。敵はその数と火器の威力で、連合艦隊を切り崩しに掛かってきた。
とにかく、敵は圧倒的な大軍だった。何段かに構えていた連合軍は、たちまち足並みを崩していく。
チャーリィが所属する師団も交戦に入っている。旗艦は師団の体制を取り直そうと必死だが、既に幾艦も戦線を離脱していた。
十キロメートルと離れていない僚艦が被弾した。将軍の部隊は果敢な攻撃を続ける勇猛な艦隊だが、如何せん敵の火力のほうが数段上なうえに、将軍の戦法は単純すぎた。
艦に衝撃が走る。
「左C区に被弾! 左舷火器は全滅です!」
係士官が自席から叫んできた。将軍は悔しさの余り頭部を掻き毟る。
チャーリィは見かねてマイクを取ると、将軍の許しも請わずに叫んだ。
「全艦、散開隊形を持続しつつ、十五度方角に退却! 急げ!」
将軍が腹を立てて、チャーリィからマイクをもぎ取ろうとした。
「ザザト人に退却はない!」
「馬鹿な! 部隊を全滅させる気か? いいから、良く見ていろ!」
チャーリィは退却しながら、続けざまに指示を出す。
敵艦隊は部隊が逃げると見て追ってきた。
敵軍の包囲から外れ掛かるまで退却すると、散開させた部隊を転身させ、追ってきた敵部隊に攻撃命令を出した。
その時になって、敵艦隊は自分達が逆に包囲されていることに気づいたが、遅かった。ザザト艦隊の火器の集中攻撃を受け、ひとたまりもなく全滅する。攻撃から逃れたものは幾隻もなかった。
茫然と見ていた将軍は、チャーリィに握手を求めた。
「すまなかった。こんな戦略が在るとは思わなかった」
「一時凌ぎです。同じ手は使えませんよ」
「解っている。だが、我々は名誉をもって危機から脱する事ができた。感謝する」
だが、この作戦で屠った敵の数など、無尽蔵にあるかと思える敵の前では物の数ではなかった。
そして、交戦が開始されて二十時間後、連合軍は退却した。艦隊の三分の一を失う散々な敗退だった。
残り艦隊をガルド星系の外縁にある基地要塞に集結させる。そこで会議を開いた。
各世界を代表する議員や将軍達は敵の圧倒的な戦力の前にうなだれ、まるで通夜の席のように元気がなかった。
「何ということだ。敵はとっくに戦力を整えていたのだ。どうしてもっと早く、これに気がつかなかったのだろう?」
議員の一人が愚痴をこぼした。
「敢えて言わせてもらえるならば、バリヌールを失った時に、気づいて然るべきだったんです。それなのに、ライル・リザヌールが提唱するまで、我々は何の疑念も抱かずに、のほほんとしていたのですわ。そのつけを、今、払っているというわけ。払いきれないほど溜まってしまってなければいいけれど」
皮肉な口調で、アルフォン人がフッ素の詰まったヘルメットの中から言った。彼はこの戦闘で、ほとんどの戦力を失っている。
クルンクリスト人が力付けるように、風のような声で囁いた。
「今、トゥール・ラン提督率いるガルド部隊が、敵の本拠地に迫り、その周辺にあると推測される艦隊の組み立て工場の破壊工作を遂行中です。これが成功すれば、敵の戦意をかなり挫くのではないかと期待されます」
「その工場は、幾つ在ると推定されるんだね?」
考え深げな声が聞いた。ブリリアント人の統治者アルルアンである。七つの星系を統治し俗に七つの星同盟と言われている。
クルンクリスト人のメイラは、黒い絹の毛を震わせてためらいがちに答えた。
「およそ、三千」
絶望感を帯びたどよめきが起こる。トゥール・ラン達がどれほど超人的な活躍を見せても、敵の供給を阻むほどの効果を期待するほうが無理というもの。
チャーリィは密かに歯噛みする。これでは、戦う前からもう破れるのは目に見えている。何より、同盟軍の戦意が挫けてしまっている。
そこへ、会議場のドアを勢い良く開けながら、トゥール・ラン提督その人が元気良く入ってきた。直ぐ後ろに勇の姿が続く。
目敏くチャーリィを見つけ、やあ、と手を振る。その左頬に熱線による深い裂傷があり、右上腕には医療用フォリオテープが巻かれていた。
だが、勇はむしろ誇らしげに笑っている。たっぷりと戦闘を満喫してきたと言う顔だ。
チャーリィの横に座って、小声で言ってきた。
「聞いたぞ。散々だったんだってな」
チャーリィは黙って頷いた。
「次はそうはいかないさ。俺達も加わるからな。連中に一泡ふかせてやろう」
チャーリィは呆れたように友を見た。
「楽天的だな。相変わらず。『至上者』の軍は底無しだ。やっつけてもやっつけても、湧いてでてきやがる。火力もあなどり難い。それに引き換え、こっちは間に合わせの寄せ集め部隊だ。戦う前から、勝敗は決まっていたんだ」
「そのくらい知ってるさ。俺達は、供給工場基地を叩きに行ってたんだぜ」
「それで、どれ程、やっつけてきたんだ?」
勇は横目でじろりと視線を放つ。
「まさか、奇跡を期待しているんじゃあるまい? 五個さ。第一、基地の場所を発見するのだって、容易じゃないんだ。資材運搬船を追尾したり、乗っ取った基地のデータバンクを調べたりして、やっとそれだけさ」
「五個……」
「一つ、解った。連中、基地を奪われても、取り返しに来ないんだ。もう、供給は充分なのか、物の数ではないのか。とにかく、仲間の命に関しては、信じられないほど冷淡だよ。基地を守るロボット軍が全滅すると、連中、一人残らず自滅してしまう。自殺は簡単なんだ。自身が非常に反応しやすい化学組成なもんだから、ぼかんぼかんと爆発しちまう。おかげで、こっちには手がかり一つ残らないわけさ」
「よくもそれで、楽天的でいられるな」
チャーリィはうんざりして唸った。
「戦争は勢いだ。伸るか反るかだ。今のお前のようなしけた面なんかしてたら、上官に張り倒されるぜ。戦う前から、てめえの墓を掘ってるような兵士はいらんってな」
一本やられたと、チャーリィは思った。だが、どうしても勇のようながむしゃらなファイトが出て来ない。
「トゥール・ランの演説でも聴くんだな」
勇に言われて、彼は顔を上げた。
ガルドの猛者、トゥール・ラン提督がテーブルに両手を突いて、今まさに大きく口を開いて吠えようとしているところだった。
「諸君、我々の敵は、予想以上に強大である。我々の基地攻撃も、残念ながらあまり敵に打撃を与えることはできなかった。だが、我々は恐れてはならないのである。今、食い止めねば、銀河は奴らの思いのままになってしまうのだ。今一度、諸君の勇気を奮い起こしてもらいたい。銀河の未来の為に!」
トゥール・ランは脅迫的な眼差しで面々を睨みつけ、反論を許さなかった。今、ここで必要なのは、腰抜けの実りのない討論ではなく、士気を鼓舞する気力なのだ。
「敵艦隊は、確かに圧倒的戦力を誇っているが、その為にこそ陥りやすい弱点がある。彼らは圧倒的多数に自信を持つ故に、その数に頼りがちとなる。また、機動性も失われやすい。我々はそこを突くべきだ。機動性を生かした戦略を駆使し、果敢に攻撃を繰り返せば、連中の足並みを崩す事ができる」
トゥール・ランは会議室に居並ぶ顔を見回す。あちらこちらで、わずかな希望にすがって身を乗り出してきた。
「敵を散開させず、まとめておくことが肝要だ。我々は八方から仕掛け、敵艦隊を彼らの母星へと押し返すのだ」
「無茶な! それこそ、我々は敵艦隊に囲まれてしまう!」
誰かが息苦しそうに叫んだ。
「ライル・リザヌールが、ガルド最大級の戦艦を要請してきた。彼はその船で、科学者や技術者とともに、既に、『至上者』の勢力圏近くへと移動中だ。何か、決定的な手段があるらしい。ただ、その完成にまだ少し、時間が掛かるということだった。我々はそれまで、敵の侵攻を食い止め、出来るなら敵勢力圏内まで、押し戻したい。リザヌールは、その最終手段の使用をできるだけ避けたいと希望している。もちろん、我々はその意向に添うよう最大限の努力を惜しむまい。しかし、我々の背後にリザヌールの加護があると思えば、自ずと奮起しようというもの。さあ、勇気ある我が同胞達よ。我らが勝利の為に、作戦会議に入ろうではないか」
ガルドの名将は不敵な笑みを浮かべて、一人一人の顔を見回した。どの顔も希望に目を輝かせている。チャーリィも、希望と新たな闘志が蘇るのを感じていた。
***
地球西暦2244年9月9日
M57星雲を外れ、銀河中央肢体の空域で、再び戦闘が開始された。後に、ミルキーウェイ戦争と言われる戦闘である。
それに至るまでに、『至上者』の艦隊は、航行通路宙域にあった星系を始めとする世界に、容赦なく核による死の洗礼を浴びせて、ことごとく破壊してきた。
押し黙ったまま目に入る空域の全てを覆うように、黒い艦隊が数限り無く渡り来る様子は、恐怖以外の何ものでもなかった。
それでも、人々は恐怖に萎縮する己を叱咤し、果敢に迎撃していった。
***
数多くの星々が破壊され、今また戦闘宙域で次々と船が大破し、多くの人々の命が失われていくのを、ライルはじっと耐えていた。
超弩級戦艦の半分以上は、巨大なジェネレーター装置だった。巨艦の動力の全てがそれに注がれる。その膨大なエネルギーを受けるのが、残りの空間を埋め尽くす装置であった。
重力場発生装置。磁場発電機と粒子加速装置を組み合わせ、指向性を与える場誘導装置。
そして……それらによって引き起こされる効果を、恐るべき形に変換し、これまで誰も考えた事もない結果へと導く、ライルの装置……。
彼は、歯を食い縛って作業を続けていった。
***
チャーリィは勇と一緒に機動性の高い軽巡高速艦に乗っていた。
細長くした楕円体の形状で、上下、前面にビーム砲がある。勇はトゥール・ランとの作戦で、敵艦の脆い弱所を知っていた。
平らな赤道面より下の部分で、そこにジェネレーター冷却装置の開口部がある。動力機関から発生する余分の熱量を宇宙空間に排出しているのだ。
ここに高エネルギー流を撃ち込んでやると、ジェネレーターが加熱を始める。塩素と二酸化塩素のガスに満ちた船体は熱に弱かった。艦はたちまち大爆発を起こす。
勇はその豪胆な操船で軽巡を敵艦の赤道直下へ近づけ、チャーリィのたぐい稀な射撃の腕で、収束させたエネルギー流を、過たず冷却開口部に注ぐ。出力は小さくとも、限り無く収束し近距離で撃ち込まれれば威力は大きい。
そして、大爆発する艦の下をすり抜けて、次の獲物を屠りに行くのだ。
アカデミー候補生のチームは、この調子で次々と敵艦を沈めていった、が、如何せん、相手の艦隊は巨大すぎた。
トゥール・ラン達の作戦も次第に敵に読み取られるようになり、戦局は徐々に連合軍側の敗色濃厚となりつつあった。
敵は雲霞の如く押し寄せ、しかも各艦とも全く命を惜しむ気配がない。敵艦を三隻で攻撃していると、別の敵艦が自軍の艦もろともに攻撃し、破壊するのだ。その非情さは連合軍を戦慄させた。
『至上者』は、敵を沈める為とあらば、体当たりさえ辞さない。その上、これほどの大軍でありながら、敵艦は不気味なほどに統制がとれていた。
戦略を巡らすわけではないのだが、自軍にどれほどの攻撃を受け、どれほどの脱落があっても、その基本的艦隊の隊形を乱さない。
そして、脱落した箇所には直ぐに、無限とも思える後続から補給され、堅固な艦隊隊形を保持していくのである。
「畜生! くそったれめ!」
勇が悔しげに毒づいた。
雲霞の如くの大軍の後に、ひときわ巨大な戦艦が姿を現したのである。
その巨大な測り知れない出力に裏打ちされた強大なエネルギー流が宙を切り裂き、一つ、また一つと、連合軍の艦隊を沈めていく。
「もう、これまでか!」
コンソールに拳を打ちつけ、勇はぎりぎりと歯噛みした。連合軍の隊形はたちまち乱れ、穴を開けられてぼろぼろになっていく。
報告を受けたトゥール・ラン提督は、手持ちの艦を回そうとして愕然とした。何れの艦も激闘中で、新たに出現した超重艦に差し向けられる艦はたった二艦しかない。
トゥール・ランの額に汗が滲み出てくる。いつもの自信に満ちた微笑が、初めて消えた。敵はこれから主戦力を出してくるというのに、味方の艦は今が精一杯なのだ。
しかし、発せられた指令の調子は自信に満ち、楽しそうですらあった。激励を受けた二艦のガルド艦の戦士達は、この絶望的状況にあっても再び力を得て、敵の超重艦に向かっていく。
戦闘は壮烈を極めていたが、所詮、ガルド艦とは桁が違っていた。それは、敵の本隊に間違いなかった。
連合軍はじりじりと後退していく。退却せねば、敵の巨艦の圧倒的戦力の前に全滅するのは、火を見るより明らかだった。
だが、ライル・リザヌールが、敵の近くで頑張っているのである。バリヌール人を見捨てることはできない。そして、彼を見捨て逃走することは、自分達の世界を『至上者』の冷酷な支配の前に差し出す事と同義なのだ。
彼らは、為す術もなく、敵の超重艦が艦隊を引き連れて押し寄せて来るのを見守っていた。




