『至上者』
宇宙戦争に転機が……
『至上者』の正体が解明されます
その時、凄まじい勢いで原子砲弾群が宙を引き裂いて飛来し、連合軍の側を掠めて行った。
原子砲弾は光速を超える速度で天文的距離を圧縮し、反して超重艦はその巨体ゆえに回避行動に移れなかった。
数十個のギガトン級原子核ミサイルが、超重艦に驚異的な命中率で吸い込まれていく。
敵艦はスローモーションを見るような動きで、膨れ上がった。
圧力雲とともに破裂し、遂には拡散して、宇宙塵となって散って行く。
それも待たず、既に次のミサイル群が、もう一隻の上に炸裂していた。
次々とミサイル群が飛翔し、巨大な原子崩壊による一瞬の恒星が出現し続ける中、彼らの背後から、銀河の諸国が初めて眼にする艦隊が、その姿を現したのである。
流れる楕円体形がベースとなり、下部に巨大動力部、上部に指令部系統が配置されている。赤道部に重砲列が並び、前面赤道下部には巨大な砲門が口を開けていた。一切の無駄がない機能美がそこにあった。
勇とチャーリィは半ば茫然として、黒光りする巨大軍艦の群れが連合軍の中に進み入り、敵艦隊へ攻撃を続けていくのを眺めていた。
その艦体の上に艦の製造番号と名前が表記されている。
TN0011-TOKYO
チャーリィは驚喜した。
「親爺さんだ!」
地球防衛軍の艦隊であった。
「地球史における輝かしい一瞬だな」
隣で勇が呟く。
チャーリィは直ちに回線を開き、新参の艦隊とコンタクトを取ろうとした。直ぐに繋がり、ミーナの元気な声が飛び出した。
「チャーリィ、お待たせ! 間に合ったようね?」
「ミーナ。君まで?」
「必ず後から行くって言ったでしょ。指揮艦所属第七戦闘部隊配属パイロット、ミーナ・ブルー準少尉補よ。ちなみに、あなたは、宇宙外交特別補佐官オーエン少尉補、勇は特殊専属近藤少尉補よ」
「恐れ入ったな」
「これが軍の遣り方なのよ。ライルは元気なんでしょうね? 旗艦へ乗船なさい。近藤総司令官が詳しい報告を待っているわ。ギアソン地球防衛長官も一緒よ」
チャーリィ達は旗艦のハッチに乗り入れるとその足で指令室に出頭した。
近藤総司令官とギアソン防衛長官、地球統一議会派遣の初代宇宙外交官、周貫明氏が待っていた。
その横にミーナ・ブルーの艶やかなパイロット姿。
チャーリィと勇が報告を進めていく間にも、地球艦隊は核ミサイルを惜しげもなく敵艦に浴びせ続けていく。
地球人は確かに、百戦錬磨の兵だった。同族の間で行ってきた血塗られた歴史が、皮肉にも優れた戦闘種族として彼らを育て上げ、今、その威力を遺憾なく発揮しつつあった。
エネルギービームではなく、底知れぬ威力を蓄えた実弾を武器として選択した事一つとっても、在来の宙航種族にはない野性的な性質を暗示するものだった。
恐れを知らぬ勇猛な攻撃に、『至上者』軍はじりじりと後退を強いられ始めた。勢いを盛り返した連合軍は体制を取り戻すや、遅れを取るまいと地球艦隊と共に反撃を開始した。
ガルドのトゥール・ラン提督と近藤総司令官は、通信回路映像テレビを通して親しく挨拶を交わした。
トゥール・ラン提督は、勇の父でもあるこの豪勇名高い地球人を一目で気に入った。
近藤も、プリトー人やライルよりも遥かに地球人に近い性質を感じさせてくれるこの異星人の将軍に、安堵感の混じった親しみを覚えていた。
「良く駆けつけてくださった。貴軍の働きのおかげで、我々は窮地を脱したばかりか、大きな戦局の打破を得ることができた」
トゥール・ランが鋭く切れ上がった目を細め、感覚網の触手まで裂けた口裂を大きく開いて、嬉しそうに笑った。
「いや、我々こそすっかり遅れてしまって申し訳ない。ご承知のように、これだけの戦艦を整えるのは……時間が掛かるものですから」
近藤が謙虚に応えると、提督がにっと笑う。
「貴方がたソル人は素晴らしい。我々は貴方がたと知り合えて、心から嬉しく思っている」
ギアソンはそれを聞いて、勇とチャーリィが見事に大役を果たしてくれたことを感じ、安心すると同時に誇らしく思った。
彼らの抜擢には、反対の声も多かったのだ。何しろまだ候補生にすぎず、しかも若すぎた。しかし、ギアソンは彼らの力量を高く評価していたのである。
近藤とトゥール・ラン提督は、互いに早く直接会って語り合いたいものだと思いながら、通話を切った。
***
地球とガルドの両将軍が親しく挨拶を交わしていた頃、勇とチャーリィはミーナの操縦する軽高速艇で当該星雲へと向かっていた。
そのすぐ近くにライルがいるのだ。
正規軍と正式の外交官が到着すれば、もう彼らの出る幕はない。むしろ彼らは、今、孤独な戦いに挑もうとしているライルの側に居てやりたいと思った。
ミーナはどうしても一緒に行くと言って聞かなかった。挙句の果てに、軽高速艇は自分の船だと言い出す。チャーリィは遂に断る理由がなくなってしまった。
『至上者』の勢力圏はこのM57星雲の近くにあった。その世界は、星間物質の凝縮したガスと惑星を従えた恒星で成り立っていた。周囲を含めその殆どを死の世界と変え、彼らはその中に君臨していた。
地球艦隊を含む同盟軍は、『至上者』の大艦隊を相手に健闘しており、これ以上の進攻は食い止めていたが、それでもそれが精一杯だった。備蓄の問題を考えれば、戦闘が長引くにつれ、連合軍が不利になるのは必定である。
ライルは最終チェックに掛かっていた。失敗は許されない。あまりに巨大な力の解放である。完全制御が求められた。
チャーリィ達は久し振りに彼の顔を見て、ぎょっとした。
連日の根を詰めた仕事のため、疲労の際にあり、げっそりとやつれ、顔色は不健康に青ざめていた。
それなのに、彼の紫の瞳はぎらぎらと異様にきらめき、その鋭さは人を射殺してしまいかねなかった。
彼らはこんなに殺気だったライルを見たことはなかった。
ミーナの顔が心痛でみるみる青ざめてくる。
しかし、ライルには彼女の姿さえ目に入っていないようだった。彼の戦いは、これから始まろうとしているのである。
チャーリィ達は邪魔だと言う理由で強引に部屋から追い出された。やむなく隣の部屋から、耐圧ガラス越しに見守る。
圧するような装置に囲まれて、ライルは一人制御装置に向かい合っていた。
ヘルメット型脳波感応同調末端機を被る。電子の細かい刺針が無数の触手となって、彼の脳神経と絡み、脳波と一体化する。指をコンソールの並んだキイの上に置く。
唇を噛んだ。
己の種族から引き継いだ弱さを叱咤する。
「やらねばならないのだ。僕が……」
***
ガルド艦を潰したあの実験で、何故『至上者』が、かくまでも冷酷に容赦なく侵略を推し進めねばならないのか、彼はその理由を知りたいと思ったのだ。彼らの歴史と彼ら自身を知りたかった。
それで、回転した指針を、時間軸に走らせてみた。彼にしても初めての思い切った実験だった。
指針の一瞬の存続の許す限りのデーターを解析していく過程で、彼は戦慄すべき事実を知った。
塩素型の彼らは、本来それほどに好戦的な種族ではなかった。彼らの見かけの形態は、地球で言えば、アメーバに似ていた。生態型は昆虫に少し似ていた。
蟻やミツバチのような集合形態だった。だが、彼らの個々としての関係はむしろ、神経系の中枢と末端神経細胞に近かった。
彼らの世界のひんやりした塩素の湖の中で、巨大な中枢集団がじっと蹲り思考している。中枢集団の個々は、生理的な理由で頻繁に交替されたが、全体として安定し、静かな秩序が彼らの世界を支配していた。
個々の末端個体は殆ど意志を持たず、生理的な衝動によって活動し、種としての全体の動きは中枢集団のいわば脳集合体によって統率されている。
或いは、個々の個体は活動子としての部分に過ぎず、中枢集団を軸とする一つの巨大な群生体なのかもしれなかった。
彼らは、従って個々の区別はなく、個としての独立もありえなかった。思考の伝達――共通の思考――は、緊密なテレパシー――思考波によって瞬時にあまねく行き渡る。
そういう種族は自分と他人・全体の思考の区別はできないし、その思考に疑問や不審を覚えることもない。彼らは争いも無く、満たされ、平和であった。
その平和が突如、破られた。
ライルはデータの数字の羅列から、それを読み取り再構成した。
未知の意志が、彼らを襲い征服したのである。
彼らの半数は破壊され、生き残ったものはその意志に飲み込まれた。
その意志とは……。
ライルは恐怖に身を震わせた。彼が真の恐怖を感じたのは、これが始めてである。
それは、バリヌール人と相容れないものだった。いや、宇宙の全ての命あるものと、それは相容れないものであった。
ライルはこの事実を彼の胸の中だけに納めて、それを倒さねばならないと悟った。
それは、取りも直さず、この星系とその周辺中に満ちた塩素型の生命をも抹殺することと同義。彼らは既に変容し、その意思と同化してしまったから。
彼らに救いはなかった。
***
装置の作製や準備に当たってきた科学者や技術者達は、疲労しきって寝込んでしまっていた。
今、ライルを支えているのは、己の強い意志の力だけだった。
彼が入力していくにつれ、動力炉から送り込まれる膨大なエネルギーが無制限に近く増幅されていく。ジェネレーターが唸りを上げ始めた。
強大な磁場が発生し、加速される。
驚異的な重力場が生じつつあった。
装置に向かうライルの顔は、完全に表情を失っていた。ただ、瞳だけが、意志の力に燃え上がる。
『人』の領分を超えてしまう仕事を為そう、と決意した者の焔であった。
銀河の長い歴史の中で、かつて経験されたことのない凄惨な破壊が始まろうとしていた。
それは、『至上者』の世界の中心空域に始まった。密度の増したガスを満たす空間で、重力場が静かに発生し、回転を始めた。
ライルによって送り込まれたエネルギーは、しかし、もっと大きなステップに進んでいくための切っ掛けに過ぎない。
重力場は回転を速めながら、より大きな重力場を引き込んでいく。彼は宇宙そのものからエネルギーを引き出しているのである。彼の装置は、その媒体変換装置にほかならなかった。
やがて、増大する重力場は、自ずから物質を引き寄せ拡大成長を始める。引き寄せられ集まりだしたガスは、密度の増加とともに温度が上昇し、強さを増し続ける重力場の中で収縮し、急激に恒星への進化を始めた。
恒星はなおも拡大と収縮を続け、すぐ近くの太陽や惑星を飲み込み始める。巨大に進化し続けながら、さらに収縮していく重力場は、空間の歪みを拡大していった。
十数個の恒星や惑星を飲み込んだ巨大ガス恒星は、もはや光を外に出すことをしない。重力場が光の進路さえも歪め、空間が湾曲していくのだ。成長を続ける恒星はそのまま空間の歪みの中に、深く深く落ち込んでいく。
空間のテンソル指数が限界に達した時、ライルはもう一つの装置を作動させた。
ブラックホール化した重力場の中に、艦の持つ出力を最大限まで酷使してコントロールする、宇宙自身のエネルギーでスピンする位相磁場を送り込んだのだ。
空間が裂けた。
撓められた重力場は、裂かれた空間の狭間に瞬く間に吸い込まれ、空間の亀裂を増大していく。闇よりも暗い暗黒の広がりが、自ら成長しつつ宇宙を飲み込んでいった。
事象元の狭間にある断溝。
汎宇宙があらゆる時空事象元を時の歯車の中で回転させ、自らもまた輪転していくその間で、僅かに生じていく歪み。
極限に満ちたエネルギーを吸収し、無へと還元していく緩衝。
ポテンシャルエネルギーは無限大に高まり、エントロピーが極限に達して辛うじて釣り合っている不安定な場。
それが口を開け、成長し続けながら、貪欲に全てを飲み込んでいった。
宇宙宙域が、それに含まれる全てとともに、一瞬で凄まじいエネルギーに変換され、吸収され、消滅していく。
その宇宙の破滅を物語るのは、ぽっかりと口を開けた裂け目の中から現事象へと零れてくる夥しいエネルギー流の放出だけだった。
物理技術的なところは、イメージで読み飛ばしてください><




