対戦前夜
「推力停止! ポイント確認急げ!」
ガルド艦の副艦長が唾を飛ばしながら叫ぶ。彼の頭のたてがみは緊張のあまりばりばりに逆立っていた。乗員がばたばたと走り回っている。
「反応炉の様子はどうだ?」
「右舷2号機、まだ放射が残っている。ゼロにしろ!」
片腕の副艦長が血相変えて指示を矢継ぎ早にだしている傍らで、艦長は腕を組み苦い顔で立っていた。彼の艦は、トゥール・ラン提督の命令で問答無用にバリヌール人に接収されたのだ。
何処の星系にも影響が出ないように、どの星からも遠ざかった重力場の均衡の取れた一点に、相対的に停止するよう求められる。借り出された乗員は、消費される出力の安定と停地点の持続に全神経を費やした。
星も何もない宙域に、大気圏突入にも耐え得る装甲に覆われた球体型のガルドの軍艦が静かに停止し続けていた。赤道部にぐるりと取り囲むように砲門が据えられ、きわめて実戦的構造である。
その艦内のキャビンが二つと隣接する会議室がぶち抜かれ、広がった空間を威圧的で無骨な機械群に占拠された。その中央にそれらをコントロールする操作卓があり、それを前にライル・リザヌールが座っていた。
彼の指が最終作業を終え、出力レバーをゆっくりと上げた。
戦艦の持つほとんどのエネルギーが解放され、艦の表面に取り付けた太いアンテナから放出された。エネルギーは空間の一点で収束し、内側に向かって縮んでいく。
ガルド戦艦はこの為に、特別な絶縁処置を施されていたのだが、それでも艦のあちこちで電子機器が撹乱し、放電し、爆発して粉々に飛び散った。
艦内中から叫びと怒号が飛び交う。副艦長が反応炉のある動力部へと走っていった。
ライルが居座る部屋の照明も瞬きだし、遂に非常灯に切り替わったが、彼は気にもしていなかった。
恐るべきエネルギーは、まるで物質的な質量をもった塊と化したかのように回転し、空間に穴を開けた。
ライルはその穴を深く深く伸ばし、やがて望みの地点に開いた。
彼の指がもう一つの操作を行った。スピンされたエネルギーは、そこで、三次元に対し縦に走った。
一瞬である。
次の瞬間、艦の動力炉がオーバーヒートし、機械の絶縁体が焼け焦げ、アンテナは飴のように溶け、エネルギーをコントロールしていた機械が砕け散った。
『バリヌールのリザヌールは!』
動力部にいる副艦長がスピーカーから怒鳴った。
士官が走っていく。操作卓で気を失っていたライルを発見し、抱き起こす。彼はすぐ意識を取り戻して頭を振った。
ライルが煙を上げる操作卓に向かい指を躍らせると、記憶集積フォリオテープが吐き出され始めた。ミクロン単位数万テラビットという途方もないフォリオがリールに巻かれていくのを満足げに眺める。
同じ頃、艦長は指令室で屑鉄同然となってしまった愛艦を茫然と見回していた。
待機していた僚艦が接舷すると、ライルは直ちに移乗し最高速でガルドに戻った。
今度は解析コンピューター室を占拠した。幾時間も。
彼がエネルギーの探査ビームを放った地点とは、まさに『至上者』の母星と推測されている世界だった。
そして、彼は観測船と『至上者』の世界を結ぶ空域を三次元軸として、更にもう一つの軸を結んだのである。
即ち、四次元軸。三次元にとっては、時間軸となる。
七千光年近い膨大な距離でさえも、時間軸に添って指針を伸ばせるのは、僅かなものでしかなった。観測船の全てがショートしてしまうまでの一瞬に、しかし、彼は求めるべきものを見出した。
***
解析コンピューター室前で、当惑顔の管理責任係官がうろうろしていた。
バリヌール人がコンピューター室に立てこもって丸一日経つ。利用者達からは、まだかの催促が引きも切らない。
その扉が開いてほっとした顔を向けた係官は、ひっと息を飲み込んで固まった。
出て来たバリヌール人は死人よりも真っ青な顔だった。表情をすっかり無くし、魂さえ失ってしまったようにみえた。
去っていくライルを言葉もなく見送る。すれ違う者達がみな一様に、ぎょっとした顔で足を止めていた。
誰も彼に声さえ掛けられなかった。
触れるとぴりっと感電してしまいそうな程の緊張と、凍りつくような冷気を彼はまとっていた。
自らに課した重責の重みと厳しい決意に顔を強張らせ、ライルは黙したまま情報解析センターを出ると、その足で科学技術局の総合研究所に入った。
研究所に居合わせていた所員達は、これまで見たことのないライルの様子に震え上がった。
「リザヌール、どうされたんですか?」
所長が恐る恐る訊ねてみた。その彼に、ライルは厳しい視線を向けた。
「全員に、今取り掛かっている作業を中止するように指示したまえ。これから示す装置の作成に全力でかかってほしい。急ぐのだ。」
彼は研究所中のスタッフを駆り立てて装置の作製を強引なスピードで始めた。
それは全く、ライルらしくなかった。
技術者達の都合も疲労も無視し、彼自身の体も顧みず、ただひたすら装置の完成を急がせた。
ライルは装置の説明を一切せず、黙々と指図する。口数も極端に減った。人々は彼を恐れ、遠巻きにして、いったいどうしたのだろうと囁き交わすばかりだった。
***
チャーリィは広い部屋に一人ぽつんと座っていた。片手に緑色の酒の入ったグラスを揺らして眺める。
勇はトゥール・ランと前戦に出掛けてしまって以来、この部屋に帰ってきていない。今も何処かで、命を賭けた戦闘の真っ最中かもしれない。
――まだ、生きているんだろうな?
宇宙の戦闘はあっと言う間に片が付く事が多い。人は宇宙空間では生きていけないからだ。
そして、ライルもまた帰ってこない。研究所に缶詰になっていると聞く。
彼について聞く事は、この何日か眉をひそめることばかりだった。食事も睡眠もろくに取ってないらしい。
彼はグラスをテーブルに置くと、ライルが居るという研究所に足を向けた。
チャーリィもいよいよ前戦に乗り出す。
第一回の接触が、明日行われるのだ。相手の規模がまだ、充分に解っていない以上、戦闘がどのように展開していくか予想がたたない。
チャーリィは少しでも憂いを残していきたくなかった。
久々の夜らしい夜だというのに、科学技術局は煌々と明かりに照らされ慌ただしかった。
走り回っている技術者達が、実は皆ライルの指示を受けての事だと聞いて、チャーリィはますます眉をしかめる。
一段と緊張に満ちた慌ただしい一室に、ライルが居た。
彼を見た時、チャーリィは言葉を失ってその場に立ち竦んだ。
ライルは変わってしまっていた。あの慈愛に満ちた暖かさは跡形もない。
チャーリィを見てにこりともしないやつれた果てた美貌の中で、紫の瞳が鋭い光を放っていた。
彼の身体全体を、凍るような殺気が青白いオーラとなって取り巻いている。
――これが、あのライルなのか? いったい、何があったんだ?
チャーリィでさえ背筋にぞっとくるような激しい決意が、彼から伝わってくる。
「ライル。ちょっと俺に付き合えよ」
チャーリィは修羅場のような作業室から彼を引っ張り出してきた。
無言のまま、無表情の美貌が険を増して見つめてくる。
さすがの彼も、ちょっと言葉の接ぎ穂を失うほどだ。
彼はありったけの気力を奮い起こして、ライルを誘う。
「食事に付き合ってくれ。いいだろう?」
「僕は、今、とても忙しいんだ。君と食事している暇はない」
けんもほろろに断ってくる。しかし、ここで引っ込んでしまっては、わざわざ来た甲斐がない。
「そう言うなよ。しばらく、一緒に食事もできそうになくなるんだ」
ライルの目が微かに動いたのだろうか?
それにすがって、彼は敢えてライルの手を取った。ほっそりと美しい、女性的と言ってもいい手。
自動タクシー(ガルド仕様の)を拾って、ホテルのレストランに連れて行く。少しでも仕事場から引き離しておきたかったのだ。
ライルはそれでも黙ってついてきた。
「何がいい?」
だが、彼はメニューに関心を示さない。チャーリィはなるべく栄養価が高くて消化の良さそうなものを注文する。
料理を待つ間も、ライルの口は閉ざされたままだった。身体はここにあるのに、心は作業室に残っているのだ。
チャーリィは美しい親友の顔を見つめて、溜息をつく。
彼の目は確かにこちらに向けられているのに、その瞳は何も映していないらしい。チャーリィが見つめていることさえ気づいていないのだ。
だから、チャーリィもただ黙って、つれない想い人の顔を見つめ続けた。
料理が運ばれ、二人は機械的な感じで口に運ぶ。
二人の席はガラス面の横だった。まだ、夜の闇がその外を覆い、彼らの姿が滲むように浮かんでいる。しかし、東の地平線の辺りを薄赤い色が鈍く染め始めていた。夜明けが近いのだ。
「明日、前戦に出る」
チャーリィの言葉に、ライルは食事の手を止めた。
「第一回の全面戦闘が明日、始まる。俺も参加するんだ」
ライルが真っ直ぐ彼の顔を見つめてきた。冷気が消え、彼が知るいつものライルに戻った。
「君が行くことはない」
「俺はこれでも、地球代表なんだ。臆病者だと思われたくない」
「勇が参加している。君まで行く必要はない」
ライルは言い張った。
「俺もアカデミーの士官候補生なんだぞ。それに、敵の姿をこの目で見てみたい」
ライルはガルド式フォークを皿の上に置くと、溜息混じりに言った。
「君達が好戦的な種族だとは知っている。でも、僕は賛成できない。相手が悪い。君はいたずらに命を捨てようとしているんだ」
「どうしてそうと言えるんだ? 俺だって、少しは役にたてるさ。事実、火器管制室付き顧問なんだぜ。今度の戦闘では、大抵の代表者が戦闘員として乗り込んでいるんだ」
ライルの視線が陰った。
「僕が行くなと頼んでも、君は戦闘に参加するんだろうね」
チャーリィの胸がどきんと高鳴った。彼は俺の命を惜しんでくれているのだろうか?
でも、むろん親友としてだ、と自分に言い聞かせる。別に特別な感情の所為ではない。彼は愛を知らない種族の出なのだから。
チャーリィはじっと切なくライルを見つめた。ライルは友の想いを知る由もなく、静かに見つめ返す。
「今夜、一緒に過ごしてくれないか?」
食事が終わって外に出ながら、チャーリィは思い切って言ってみた。
ライルの足が止まり、彼を見た。
激しい動揺が、一瞬、現れて消える。
その一瞬に、救いを求めてすがりつくような必死の叫びを彼の瞳の中に見たような気がした。
だが、次の瞬間には、彼の中からあらゆる感情が消え去った。再び、氷のような冷たいオーラに包まれる。
「時間がないんだ」
これが、全ての答えであった。
チャーリィは諦めて、彼を科学技術局まで送る。東の空が明るいオレンジ色に染まってきていた。あと、数分でダールが巨大な姿を現すだろう。
不夜城の局の前のこんもりした木の陰で、彼はライルの身体を抱きしめて、せめてものキスを交わす。
彼の唇はうっとりするほどに、いつも素晴らしい。
「死ぬなよ。チャーリィ」
彼の耳に甘く残して、彼は建物の中に消えて行った。




