『生命』たちの決意
七の章
再び、ガルドの大会議場で、会議が開かれた。各国の代表評議委員、大統領自ら足を運んだ世界も少なくない。そして、軍代表者に、各世界トップの科学者達。
居並んだ人々は何れも憔悴し、疲れた顔を隠しきれない。そして、彼らはこの会議で、現在の解決策が与えられるのではなく、より大きな問題を抱え込むことになるらしいと薄々察していた。彼らはみな言葉も少なく重く黙り込んで待った。
ライル・リザヌールが委員長のチャーリィ・オーエンと現れた時、だから、人々は必死の期待を込めた視線で、バリヌール人を食い入るように迎えた。
十万近いこれらの視線を受けて、ライルは苦しそうに唇を噛む。彼らに何も与えることができなかった。それで解決できるものなら、喜んでこの身体を千々に裂き、脈打つ心臓をも取り出そうものを。
チャーリィ・オーエンの議事進行で会議が開かれた。人々は、自分達の窮状を我先に訴えようとしたが、それを遮るようにライルが発言を求めた。
「諸君に重大な事を話さねばならない。それは極めて恐ろしい事実なので、諸君には心して聞いて欲しい」
ライルは語った。彼が知り得た全ての事を。
グラフを使い、コンピューターグラフィックで描き、数値を示し、あらゆる方法を使って、彼らに襲い来る脅威を語った。
その存在は抽象的であり、ライルが示すことのできる具体的な材料は素粒子レベルの状態変化であった。彼が描く終末図は、あくまで推定レベルを越えない。
居並ぶ面々は、まず科学技術的見地からの理解を迫られた。質疑応答は量子物理学や天体力学に終始した。
ライルが示した銀河間物質に関するデータと異銀河に於ける恒星の衰退消滅のデータ、それにこの銀河に生じている全般的な不妊現象との関連を納得させるのは、さらに困難であった。
物理学者も天文学者も、生物学者も、それぞれの分野では第一人者であったが、他分野の事となると非常に暗く、互いの関連性を推論することさえ思うようにならなかった。まして、政治家や軍事関係者となると討議の内容そのものについていけない。
ライルは辛抱強く説明を試みたが、ついにこれ以上の理解浸透を断念した。人々はこれらの課題に対し、各研究機関で検討を続け、二日後に再びここに立ち戻って会議を開くことになった。
その二日間、ライルは科学技術センター室に寝泊りして、銀河中の研究機関や各国の技術局の質問・解説の要求に応じ続けた。
一方、チャーリィも政治家達と過密なスケジュールで会議を持った。勇は軍事関係者達を引き受ける。
そして、三日目、熟考には余りに短い期間のあと、再び彼らは一堂に参した。殆ど寝ていないライルには疲労の色が濃く、精神力で持ちこたえている。だが、事態が猶予ならないため、彼には休む時間も許されなかった。
チャーリィの議事で会議が始まったが、前回とは異なり彼らはすぐ本題に入った。学術的な問題は終了しており、目前に迫りつつある破滅を如何に防ぐかに議論の焦点が絞られた。
ライルやチャーリィ、勇の寝食を忘れての努力が実を結んだのである。ライルの危惧は、既に事実として受け止められていた。
だが、討議は最初から、重苦しく沈鬱だった。
ライルが指摘していたように、『意志』の侵攻を止める手立ては見つからなかったのである。
宇宙を支配する運命に、どうして逆らえよう?
彼等が直面している敵とは、まさしく宇宙そのものではないのだろうか?
最初はそれでも盛んに応酬されていた意見や発言が、やがて次第に減っていき、遂に、皆口をつぐんで、しんと沈黙ばかりが陰々滅々と伸し掛かるようになった。
誰もが世界の終末を絶望的な思いで見ていたのかもしれない。
感傷的なノムラン人が声を押し殺してすすり泣いていた。
その横にいた群生昆虫型のグリーン人が突然、声を上げて泣き出した。
すると、これまで耐えていたものが堪え切れなくなったように、あちこちで嗚咽の声が洩れ始める。
それでも、ライルには彼らを慰める言葉も見つからなかった。議長のチャーリィでさえ、じっと歯を食い縛って耐えている。
自分達はただ黙ってこの運命を受け入れるしかないのだろうか?
勇は隣のトゥール・ラン大総帥を見遣る。トゥール・ランの手は強く握り締められ、毛深い体毛をを通してさえも、血管が浮き立ち皮膚が青く変わっているのが判った。
近藤勇提督は、そっと老総帥の震える手に自分の手を重ねる。トゥール・ランが勇に向けた鋭く裂けた金色の眼は涙で濡れていた。
その時、ほっそりとした華奢な印象の代表者が発言を求めた。M15星団外れにある綿杉族だった。四つの性を持つこの種族は最終性に変化を果たすと長命となる。草食性の彼らは非常に穏やかな物静かな性質で知られていた。
『意志』の侵攻を真っ先に受けるはずの彼の発言を、人々は重々しく拝聴した。
綿杉族の最高族長であるウルルクはちょっと気圧されたかのように躊躇ったのち、細い声で静かに話し始めた。だが、その内容は、彼らの予想に反する衝撃的なものだった。
「この恐るべき敵を迎えるにあたり、我々には何の手段も許されていないようです。バリヌールのリザヌールでさえも、それを示すことができない。私達の世界の運命は、既に太古の昔から、乾いた皮の書に記されていたのです。でも、私は、リザヌールが決して語らなかった最後の策があったのではないかと、思うのです」
居並ぶ人々はざわめき、チャーリィや勇でさえはっとしてライルを見つめた。ライルの顔は青く強張っている。綿杉族のウルルクは続けた。
「私達の世界を使ってください。私達は既に滅びの時を迎えていたのです。犠牲ではありません。私達の太陽系とその周囲の世界M15星団を盾にして、『意志』の侵攻を止めて欲しいのです。私達は、最後の一人まで故郷に留まり、その闘いに参加するつもりです」
ウルルクはじっと静かに彼らの調整官を凝視した。ライルは歯を食い縛っている。人々はおとなしい綿杉族からの提案への驚きと、ようやっと見出してきた希望に眼を輝かせて、ライルを見守った。
おそらく始めからその決意でここへ臨んできたのであろうウルルクは、柔らかい羽毛を挑むように毛羽立たせて、バリヌール人の言葉を待っていた。
しばし、沈黙が流れた。僅かな間だったかもしれない。だが、人々には、ひどく長い時間に感じられた。
やっと、ライルが顔を上げ口を開いた。
「それはできない。結果として同じ事になろうとも、それほど大きな犠牲を課す権利は、僕にはない。しかも、成功するかどうかの保証は全くないのだ。全然ないかもしれない。その時、あなた方はただ、無駄に苦しむだけになってしまう。その提案は受け入れられない」
ウルルクは怒りで羽毛を赤く染めた。身体中を震わせ、激しい感情の昂りを示した。
「ライル・リザヌール! もし、我々の科学力で、あれに立ち向かえるものならば、疾うに始めていたのだ! 可能ならば、我が太陽系を含む星団とその周辺の宙域全てを、巨大な恒星に変えることも厭わない。我が種族の最後の一人まで、自ら進んで時限信管ともなろう。だが、惜しむらくに、我々には知識が足りない! その方法を示すことができるのは、ライル・リザヌール! 貴方しかいないのだ!」
ウルルクは絶叫した。あのおとなしい綿杉族が興奮に涙を流し、喉から血を吹いて叫んでいた。
「なぜ、逃げなさる? 我々を使ってくれ! 全種族が待っているのだ! 宇宙の全ての『生命』がかかっている時ではないのか? 我々が失敗したら、また、次の世界が立ち上がるだろう。ライル・リザヌール!」
すると、別のボックスから議員が立ち上がった。フッ素呼吸のアルフォン人だった。
「我々も名乗りを挙げるぞ。バリヌールのリザヌール! 我々の世界も喜んで提供しよう。最後の一人まで、勇敢に戦うことを保証する」
クルンクリスト人も銀色の柔らかい布に包まれた滑らかな黒い毛を波立たせて、風のように囁く声で続いた。
「私達の世界もお使いください。『生命』の為に闘うのです。何の躊躇いがあるでしょう。貴方は、一度、『意志』の触手に触れ、なお生還してこられた唯一の『生命』です。確かに規模は違うでしょう。しかし、『意志』に対し、他の誰がそれに対処できると言うのです! 決心してください。みんなが待っているのです!」
それは強い伝染性を持っているかのようだった。居並ぶ人々の誰もが立ち上がり、自分達の世界と人々の命を提供していた。
会議場はその力強い叫びで、唸りを挙げる。
収拾がつかないほどに人々は興奮していたが、議長のチャーリィはそれを止めようとはしなかった。
チャーリィ自身も、心の高揚を覚えていたのだ。
同じ銀河の『生命』の一つだと感じて。
ライルはぴくりとも動かなかった。石と化してしまったかのようだった。彼は死よりも何よりも、辛い決断を迫られていた。
トゥール・ラン大総帥が立ち上がった。
「我が世界も闘う! ガルドの全てを結集して、きっとやつらに一泡吹かせてみせるぞ! リザヌールの決心を待つまでもない! 我々だけでもやってみせる!」
彼は力強く吠えた。久々の感動だった。若い頃のように力が漲ってくるのを感じていた。
あまりに強大な敵に対しすっかり絶望的な気持ちになっていたが、自分達も闘えるのだと知って血が沸々と沸いてくる。
豪勇なるガルド人の言葉に多くの種族が賛同して立ち上がった。
全ての人々が立ち上がっていた。種族の存続を越えて、人々の命を越えて、宇宙の『生命』の為に、人々は闘う決意を固めたのだ。
人々の声が闘いの鬨のように会議場に響き渡る中、ライルが立ち上がった。
会場はさっと静まり返った。己の内に沸き立つ血の潮を押し包んで、人々は熱い眼差しで彼をじっと見つめた。
ライルの全身は、極度に張り詰めた緊張の為に、紫に輝きだしていた。おそらく彼自身ですら、自分が有機セラミック化しているとは気づいていないに違いない。
紫の光輝は気高く輝き、自ずと静かな威厳を帯びて、周囲に拡がり満ちていった。ライルは会議場に連なる十万の代表者達を見た。そして、彼らを通して、銀河の全ての世界の人々を見つめた。
紫の輝きは、広い大会議場の隅々までにも被い広がっていく。議員や将軍達はそっと手や触手を伸ばしてその輝きに触れる。
光に触れ、包まれた彼らは、誰もが深い慈しみと心の平安を感じた。それは、涙が零れてくるほどに限りなく暖かい光だった。
完全に外界と遮断されている非酸素系型の種族達ですら、耐圧ガラス越しにライルの輝きを感じることができた。
イェラルル人もアルファン人も、触手を畳み、皮膚膜を波打たせて呼気を吸収し、グロログ人は身体を丸めて眼を閉じた。
人々は悟ったのだ。みんな同じなのだと。同じ一つの『生命』なのだと。
自分達の為ではなく、誰かの為でもなく、同じ『生命』の為に彼らは立ち上がるのだ。
紫の光とともに、彼らは自分達の中の『生命』が、一緒に脈打つのを感じていた。そして、その『生命』が、自分達を通して遥か故郷の人々へと届き、ともに熱い血潮の鼓動を分かち合っているのだと判った。
『生命』はうねりとなって一つとなり、高みへと駆け上がった。そして、大きな力となって、彼らのもとへ戻っていく。
それは、彼等が同時に見た幻想だったのかもしれない。だが、ライルの光輝は依然として輝きわたり、居並ぶ議員達は不思議な昂揚と心の充足を感じていた。
ライルは涙を流していた。何の涙か解らない。
辛い決意を迫られているからか、人々の避けられぬ恐ろしい運命を思いやってのことなのか、彼らの勇気ある決意と雄々しき連帯に感動してか、『生命』に触れて心が高みへと上昇していくのを感じたからか、それとも、それら全部の理由なのかもしれなかった。
彼はやっと答えた。声が震えている。
「判りました。感謝しています。あなた方の努力と犠牲は、全く無駄になるかもしれない。それでも怯まず、立ち向かおうというあなた方を、これ以上止めることはできない。僕も力及ぶ限り、闘いましょう。それがどんな結果になろうとも、僕はもう躊躇うことはしない」
人々は、ついに求める言葉を得て、熱狂した。




