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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第7部 静かな宇宙は悲しみでいっぱい
105/109

オリオン星雲のライル *

ついに、『意志』との決戦が始まりました

八の章


 M15星団を中心として、『意志』迎撃の為の大規模な作戦準備が始まった。

 銀河中の科学者や技術者達が集結して、協同して当たる。あらゆる種族の者が、種族の違いを越えて、その利害すら念頭から忘れ、『生命』の為に一つになった。


 様々な種族が集まれば、その生態、生活習慣や意識などの違いから、トラブルやあつれきが必ず起こるもの。だが、自身の世界の全てを差し出し、種族の命さえ提供している綿杉族達の悲愴な覚悟を目の当たりにすれば、どんなことでも取るに足らぬささやかな問題になってしまった。


 選ばれたわずかな人々が綿杉族の種を存続させるべく、銀河の奥へと避難したが、彼らのほとんどの者は自国に留まり、来るべき『意志』との闘いの準備に全てを捧げていた。

 彼らに明日は、もはやないのである。M15星団とその銀河周域の星々は、言わば点火装置として働くのである。


 壮烈な自爆であった。十万の恒星の自殺。

 人々はその為に必死に働いていた。


 しかし、ライルはM15星団にはいなかった。その作戦を指示し、知識と技術を提供してはいたが、指揮を執ることはしなかった。


 彼はそれが成功するとは、……一時でも『意志』の侵攻を止めることができるとは信じていない。

 まして、『意志』を倒す事が万が一にもできるかもしれない、などとの楽観的な予想は、わずかなりとも考えていなかった。

 そして、彼はそのことを隠したり誤魔化したりはしなかった。率直にありのままの事実として告げた。

 だが、それを聞いても、人々はほんの砂ほどもない希望に縋って準備を進める。



 これほどの壮絶な犠牲を払って、何の成果も出ないなどど有り得ようか?

 わらにでも縋るような思いで、人々は仕事を進めるのである。これを、微小な生命体の愚かさと言うべきなのか、それとも、哀れさ? それとも、強さなのか?



 犠牲的な迎撃作戦を敢行しているのは、M15星団ばかりではなかった。

 次の宙域となる星系、またその奥の宙域、と、人々はおのが世界を提供して、想像を絶する絶望的な敵の侵攻を防ぐ盾となるべく全力を挙げていた。


 その一方で、種族存続の維持のために、選抜された僅かな子孫達を、『意志』が迫り来る反対の宙域へと船団を仕立てて逃れさせつつあった。

 終局的にこの銀河が全滅することになっても、膨大な銀河間を越えて、何処いづこかの世界に、いつかは辿り着けよと、祈りに等しい願いを込めて。




 全銀河が死に物狂いになって、破滅の日を迎える準備を進めている時、ライルは何をしていたのだろうか?


 彼は何処にでもいて、そして、何処にもいなかった。

 人々は、常に彼に助言や知識を求めたが、それに応ずる彼の姿は実体ではなかった。


 ライルは、高性能スクリーンや、立体映像、三次元投影、複次元実体投射の姿で、人々の前に現れた。

 だが、彼が実際に何処に居るのかを知る者はなかったのである。



 いや、一人だけ知っている者がいた。

 銀河連盟総帥全権執政官チャーリィ・オーエンである。


 当然といえば当然であったのだが、しかし、彼が親友であり、また最愛の恋人であるライルの居場所を、他に漏らすことは決してなかった。

 ただ、人々は、あの大会議場での決議の後間もなくに、未知の物質で造られている彼の宇宙船が、静かにガルドの宇宙港から、宇宙のいづこかへと発った事実しか判らなかった。



 だが、バリヌール人ライル・フォンベルト・リザヌールの助けを必要とする時、彼は必ずその要請に応えてくれる。


 特定の極超短波ウエーブで宇宙へ送信すると、その発信方向・手段を問わず、きっと彼はそれをキャッチして応えてくれるのである。

 まるで、彼の受信触手は、全銀河を隈なく覆っているかのようであった。だが、人々はそれを不思議にも思わなかったし、その技術の可不可を疑いもしなかった。

 彼の知識は理解を超えるものとして、既に人々の間では神にも近い伝説と化していた。


 ***


 青白いリゲルの巨大な姿が星間物質の渦巻く星雲越しに望まれた。その反対側の彼方には赤く巨大なペテルギウスが遠く見える。


 オリオン大星雲の真っ只中であった。近くにはオリオンFU星が、まばゆいばかりの放射エネルギーを撒き散らしている。特に、赤外線紫外線域に著しい。

 赤外線を放出する熱い分子雲と強い磁場、その中で間断なく生じている衝撃波が、ガスの圧力を圧縮し続けている。

 星が生まれつつある若い世界なのだ。


 背後にトラペジウム、北西にBN天体、南にKL星雲に囲まれたここは、電離された水素イオンの満ちるHⅡ領域中のわずかな静止帯――重力偏重の間隙の細い一筋――であった。

 恒星間宙航種族なら誰でも敬遠する宇宙の暴嵐宙域である。その真っ只中に乗り入れて停止しているのは、卵型のほっそりした白い航宙船であった。


 その優美な船体に、不規則で無骨な構造体が、醜悪にも不躾に伸びつつあった。無数の宇宙間作業ロボット群が、電磁波や高濃度イオン流にもびくともせずに、恐るべき能率の良さで作業を続けている。

 その完璧な絶縁能力をみなくとも、これらの作業ロボットの性能の高さが尋常ならざることは直ぐに知れた。



「こんなひどい所に、よく独りでいられるな」


 チャーリィであった。


 淡い光が室の壁全体から滲むように照明された快適な空間は、床から天井までぎっしりとコンピューターや計器類、複雑な装置類に埋められ、残りの一面を中央のメインスクリーンとそれを取り巻く大小の様々の十幾つものモニターやスクリーンが占拠していた。


 床は壁と同じ柔らかい印象の金属とも陶磁質とも着かない材質。その上を軽やかに踏んで、この船の主が近づいてきた。見たところ、二十歳をやっと出たくらい。

 この世の英知と静かな威厳を生まれながらに兼ね備えた美貌の青年。


 華奢な感じのほっそりとした長身を、薄いブルーのコンビネーションで包んだ彼は、優美な手をコンソールの一つに差し伸べた。

 スクリーンに矢継ぎ早に現れる表示を一瞥すると、満足そうに頷く。




 チャーリィはガルドの執務室から、個人専用の超空間通信ウルトラウェーブで、ライルに連絡を取ったのだ。ライルが愛人に残していったのは、その装置だけだった。


 ゼロアワーを間近に控えて、誰もが必死に駆け回っている真っ只中、銀河中の緊張と責任を一身に背負って日々を過ごすチャーリィは、無性にライルに会いたくなったのである。


 ライルが取り組んでいるであろう仕事は、文字通り銀河と宇宙の命運を賭けるものとなると知っているチャーリィは、それまで邪魔をすまいと我慢し続けてきた。


 だが、もう幾らも時間が残されていないという予感が焦燥感を煽り、チャーリィは矢も盾もたまらなくなったのだ。



 個人回線装置は極めてコンパクトなものだった。デスクの引き出しからそれを引っ張り出して、蓋を開く。鈍く金色に輝くチタン合金の滑らかな台とその手前にキィが一つあるだけ。

 チャーリィの指がキィに触れると、台が輝きだした。輝きの中に、ライルの頭部が浮かぶ。


「何か?」


 縮小されたライルが真っ直ぐ見つめてきた。その視線に会うと、いろいろ考えていた口実がみんな何処かへ行ってしまった。


「お前に逢いたい」


 言ってしまってから、しまったと思う。迷惑そうに断ってくるに違いない。


「いいよ」


 耳が信じられなくてライルの顔を見つめる。幻の彼はにっこりと花のように微笑んでいた。


「船を送る。単座艇だ。全て設定してあるから、君は何もしなくていい。三時間で着く。くれぐれも、何処も触るなよ」


 ちょっと悪戯っぽく笑った。チャーリィのどうしようもない航宙船技術をからかったのだ。

 そして。


「待っている」


 チャーリィが何も言わないうちに、通信は一方的に切れてしまった。冷たく光るチタンの台を見つめる。

 彼のまぶたの裏に、ライルの残像が残っていた。

 その視線が熱く濡れていると感じたのは、チャーリィの独りよがりな願望なのだろうか。



 ライルが寄越した宇宙艇は、心細いほどに小さなものだった。ライルの船と同じ柔らかい印象を与える材質で造られていた。

 チャーリィが乗り込み快適なシートに落ち着くと、艇は独りでに発進し、恒星間を飛び次元の襞を超えて、ここオリオン大星雲の真ん中へと連れてきた。

 艇は怪奇な装飾物を張り巡らせた船に吸い込まれるように着艦し、柔らかい輝きの通路に導かれるままに、今いる室へと来たのだった。




 この室はそれほど広いものではなかった。船そのものが小さいのだから、当然かもしれない。

 だが、室に収められた容量は驚くべきものだった。

 そこは、操縦室であり、指令室であり、情報処理室であり、研究室であり、メインコンピュータールームであった。全ての機能がこの一室に集中している。


 イオン雲の渦状肢のただ中で、たった独り住むにはあまりに殺伐とし、心もとない環境であった。

 その感想が、チャーリィの先ほどの第一声となったのである。


「ひどい? とんでもない。ここは素晴らしいところだよ」


 ライルがチャーリィの方に振り返って答えた。


「ここなら、幾世代でも居たいね。KL星雲やBN天体の成長を観測してみたい」


 そこで、ふっと眉を曇らせて独白する。


「でも、それもできなくなる……」


 42才のチャーリィは感心しないように首を振った。


「それは、若い者の考えることじゃないよ」


 ウインクして二人は笑う。見かけは親子のように離れて見えるが、心の世代は同じであった。


 チャーリィの腕が伸び、愛しい身体を捉えた。

 それより早く、ライルは彼の腕の中に飛び込んでいた。



 ライルの虚像に見た熱い眼差しは、幻影ではなかった。

 究極の存在であるはずのバリヌール人ライルは、まだこれほどに感じ易く、熱い心を持っていた。それもやっと最近、それを知ったばかりなのである。



 多機能中枢室の隣に寝室があった。そこは食事もリビングも全てを兼ねた生活の為の空間だった。

 ベッドはシングルよりやや広めなだけ。余計な装飾は一切無く、いかにもライルらしい実用的な部屋だった。


 今、そこに熱い喘ぎと妖艶な花の香りが満ちていた。

 二つの肉体の絡み合った動きを、寝台の緩衝材が音もなく吸収する。 



二人で競うように服を脱がせ、ベッドへ雪崩れ込んだ。

 どちらが上になるか争い、チャーリィが勝つとライルは下から手を伸ばしてチャーリィの身体中をまさぐり始めた。ライルの手のひらは鋭敏なセンサーだ。それで、チャーリィの全てを認証しようと動く。

 チャーリィはうるさいライルの手を摑まえるとベッドに押さえつけた。じっと美しい顔を見つめる。


 ――愛している。お前を愛している。


 この狂おしい想いをどれほど心の中で呟いてきたものか数えきれない。こうして見つめていると、未だに信じられない思いに囚われる。

 お前を愛していいのだと。お前が自分のものなのだと。



 つい見つめ続けていると、ライルが焦れた。チャーリィの手を振りほどいて彼の頭を抱えると自分からキスしてくる。強く抱きすがりながら、催促するようにチャーリィの身体の下で身を捩った。


 性欲からではない。彼には性の衝動がない。

 チャーリィを認証したいのだ。チャーリィを確かめたい。ライル自身の全てを使って確かめようとする。

 既に何度も十分に記憶させているだろうに、それでも貪欲にライルはチャーリィを記憶しようと求めた。

 執着を持たぬはずのバリヌール人が、唯一求める存在だった。一つに混じり溶け込めないことが苛立たしいとばかりに肌を重ねる。


 ライルは何を望んでいるのだろう、と、チャーリィはめくるめく官能の海に溺れながら思う。

 肉体を転化し二つの身体と意識を同化させ、完全な一体になることが彼の究極の望みなのではないのだろうか。

 ライルと自分が完全な一つの存在になる。

 その考えは彼を恍惚とさせ、熱い衝動となって全身を駆け巡った。



 チャーリィが驚くほどに、ライルの反応はいつになく積極的で激しかった。

 不安なのだろうと彼は思う。強大な敵にたった一人で、闘いを挑もうとしているのだ。


「科学者や技術者を呼んだらどうだ? お前の求めなら、誰でも、幾らでも、援助を惜しむまい」


 チャーリィの胸にしがみついたまま、ライルは首を横に振る。


「向こうでは、今、人手は幾らでも必要だ。ここは、僕一人で充分間に合っている。人手は必要ない。それに……」


 彼が言葉を切ったので、チャーリィは促した。


「それに? なんだ?」

「こうして、君に会えるじゃないか」


 ライルはチャーリィをぎゅっと抱き締めると、キスをする。

 それにうっとりと応えながら、ライルの真意は別にあると感じた。それはチャーリィをひどく不安にさせた。


 だが、ライルはころりと話題を変える。


「シャルルは、まだ、最前線にいるのか?」

「あ、ああ。あいつは、あそこを動かないだろう。あれが来たことをいち早く知ることができるのは、彼しかいないから。全銀河中に警報を鳴らすのは、自分の役目だと言っている。あの宙域で働く連中は、みんな死ぬ覚悟でいるからね。誰も、生還できるとは思っていない。そうでなければ、あの作戦は為り得ない。その神経を極度に緊張させている彼らの連帯と連携の為にも、シャルルの存在は必要なんだ」

「彼の能力は、科学では説明しきれないものだ。候補生の頃から、既にその発現が見られたが、その発達は目を見張るばかりだね」


 チャーリィはあの懐かしい昔を回想した。あの頃はまだ、みんなひよっこだった。そして、なんて素晴らしい時代だったろう。


 ――あの頃、俺はライルとこうなるなんて、夢にも思っていなかった……。


「チャーリィ、君の司令本部をガルドから地球に移せ」

 

 チャーリィの腕に頭を預け、逞しい胸に指を遊ばせながら、ライルはぽつりと言葉を乗せた。


「なんだって?」


 面食らってチャーリィは身を起こすと、ライルを睨む。

 ライルは平然と見上げて、笑いかけた。


「ガルドは全滅する。トゥール・ランもその気だ。種族全部を引き連れて玉砕するつもりだ。君がそれに巻き込まれることはない」


 こういう妙に淡白なところが、ライルの理解し難い面であった。

 こんな時、チャーリィは異質だなと思うのである。


「俺は逃げ出す気はないぜ。トゥール・ランが玉砕覚悟なら、いつでも付き合うさ。ガルドは銀河のかなめだ。中枢部だ。そこを離れるわけにはいかん」


「非合理だ。破滅の中心に本部を構えるのは、論理的でも勇敢でもない。太陽系へ行け。このオリオン星雲が、そこを守る。銀河はその大半を失うだろうが、しかし、全てを失うわけではないんだ」


「なんでガルドが破滅するって判るんだ! 判っているのなら、なぜそれを阻止しようとしない? お前は、ただ手をこまねいて見ているつもりか?」


 熱くなって食いついてくるチャーリィに、ライルはキスをしてかわす。


「破滅するのは、ガルドばかりではないんだよ。M15星団からずっと、死よりも絶望的な破滅が続くのだ。だが、残念なことに、僕にもそれを阻止する手立てはない。僕にできるのは、辛うじてここで食い止めること。それも、どこまで成功するものか……」


 ライルの視線は、チャーリィを越えて宇宙の彼方へと向けられていた。

 チャーリィは彼の横に座り直して、その顔を見つめる。

 夢のように美しい彼の愛する顔は、静かな哀しみに満ちていた。


「だから、全権執政官の君がしなければならないことは、執政本部を移し、できる限り多くの人々を、太陽系やその背後の宙域へと移動させることだ」

「避難民を移すことは、直ぐにも取り掛かろう。だが、俺までがガルドから逃げ出すのは……。俺は、最後まで留まっていたい。臆病者にも、卑怯者にもなりたくないんだ」


 ライルがチャーリィを見上げてきた。


「地球人の困ったところだな。不必要に勇敢になりたがる。だが、今度だけは、耐えて言う通りにして欲しい。君はまだ、死んではならない。君の果たすべき仕事は、これからなんだ」


 同じ事を、前にも言われたような気がした。いつだったろう? 

 思い出す前に、ライルの腕が伸びてきて、チャーリィを捕らえた。

 陶器のように滑らかで吸い付くような肌が絡まる。


「地球へ行ってくれ」


 チャーリィの耳に、甘い声が熱く囁いた。

 肢体が伸び伸びと、恥じらいもなく開かれていく。チャーリィの為に。


 チャーリィは恍惚と溶けていく。

 逆らえるわけがない。

 溶けて、とろけて、一つとなり、ライルの蜜に酔う。


 チャーリィは自分の声が返事をするのを、情欲の潮に飲まれながら意識の彼方で聞いていた。


「判った。ライル。地球へ行く」

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