ライル 恐怖する *
敵の正体を知ったライルは、初めて恐怖におののいた……
ライルは朝食の手を止めると、半ば無意識にポータブル端末機を引き寄せた。
どこへでも持って行くと悪評高い代物で、小型ながら驚くほどの容量と演算能力を持っている。ライルの作なのだ。
それ一つでガルドの最大級コンピューターに匹敵する能力を持っているのだが、更に、彼の船のコンピューターと常に連結している。しかも、ガルドの中央大コンピューターとも常時アクセス可能だった。
チャーリィはいささかの嫌味を含めて、それを『ラバー』と呼んでいた。
テーブルの向かい側でチャーリィが顔を顰めるのも気づかず、指が素早く動きデータを呼び出す。
音声でも作動するのだが、ライルの口は齧ったパンで塞がれていた。口からはみ出した切れ端の存在さえ忘れている。
ディスプレイ画面には数字が矢継ぎ早に表れ始めた。真剣な顔でそれに見入るライルに、遂にチャーリィが非難の声を掛けた。
「食べ終わってからにしろ。片付かなくなる」
ライルはラバーに向かうと、時間の観念を失うのだ。十時間ぶっ続けに向かっていたこともある。
ラバーに視線を向けたまま、手だけが嫌々コーヒーマグへと伸びるのを見て、
「いい加減にしろ!」
と、怒鳴ってしまった。
銀河連盟の要であるガルドにライルはそのまま留まっていた。そして、チャーリィの私室に居ついている。
チャーリィには嬉しいことだが、彼も連盟の建て直しと、不明確な、だが、確実性のある脅威への対応策に連日忙しく、ほとんどすれ違いの生活となっていた。
その中で、今朝は珍しく一緒になれたのだ。チャーリィが怒鳴りたくなるのも無理なかった。
ライルは焦っていた。鷹揚な自信に満ち、泰然自若を旨とするバリヌール人の彼にしては珍しいことである。それほど、今回の脅威は並々ならぬものであるということ。
その危機感は募る一方なのに、相手の出方どころか、その正体も定かに掴めていないのだ。
ライルは未練げにディスプレイ画面を見ていたが、諦めて食卓に向き直った。ゆっくりとコーヒーを啜る。
彼の皿に盛られたソーセージやハムは手付かずのままだった。
チャーリィは気遣わしげに、恋人を見遣る。
もともと食の細いライルであったが、このところ、それが甚だしい。このままでは倒れてしまうのではないだろうか?
ライルを見つめているとその夢のような美しさに惹き込まれ、いつしか見惚れていた。
「コーヒーを注ごうか?」
言われてはっと我に返った。マグを渡しながら、
「ライル。一度、地球へ戻らないか?」と、提案した。
「君も忙しいだろう? そんな暇があるのか?」と、ライル。
「俺のほうは何とでもなる。お前次第だ」
ガルドの科学局にずっと缶詰になっているライルは、少し気分転換をしたほうがいい。
窓に映るガルドの虹色の空へ視線を向けたライルを眺める。
その紫の瞳の焦点が遠くになり、暗く沈んでいき始めたので、チャーリィは明るい声をかけた。
「地球は今、十月だ。いい季節だぞ。ヒッコリーの森の紅葉が見事だろうし、日本へ行ってもいい。そうさ。お前の船なら、あっという間に着くだろう」
ライルは微笑んだ。
「そして、教会で結婚式を挙げるのか?」
チャーリィは面食らって眼を瞬いた。本気かな、と顔を覗き込む。
ライルはにっと笑って身を乗り出すと、チャーリィの唇に軽くキスをする。
「ふふ、これは結婚じゃないのか?」
ライルにからかわれたのだ。彼は地球の古くからの宗教的儀式を重んじない。まして、形式的な儀式には理解を示さなかった。結婚したカップルが離婚で大騒ぎするのが、ライルには不思議だった。
それを指摘する事を、ライルは気の利いた冗談だと思っている。彼のジョークのレベルはまだその程度だった。
「もう一度、ベッドへ行きたいのか?」
チャーリィは声に危険な凄みを効かせた。半分、本気だ。だが、ライルには通じない。
「睡眠は充分に取った。必要ないよ」
そして、再びラバーに向かう。チャーリィは溜め息をついた。
世界の情勢は刻々と悪化していた。子供が生まれないのである。世代交代のサイクルが速い世界では、既に深刻な事態となっていた。
それは、地球でも同様だった。銀河系内のどの世界も、その運命を逃れることはできなかった。
様々な機関で対策を模索していたが、成果はみられなかった。人工子宮の中で受精させた卵は細胞分裂を始めない。クローン用に抽出した細胞でもだめだった。
その事態は、あらゆる生物に生じていたので、絶滅していく生物も後を絶たず、食料事情や環境にも猶予のない状況となっている。
連盟はこれらの世界に、食料の合成装置や環境調整装置を増産して設置させて窮場を凌いでいるが、それにも限界があった。
『ゾエラ』に続く悲惨な事態に、あらゆる種族が打ちひしがれ絶望していた。
オーエン委員長を中心とする連盟の統率と指導督励がなかったら、事態はもっと絶望的になっていたかもしれない。
それでも、世界の死期を若干遅らせているだけでしかなかった。
だが、ライルが案じているのはその事ではなかった。それはこれから起こるもっと恐ろしい事の序幕でしかない。
しかし、始まってしまったら、もう、何を企てても遅いだろう。
彼は求めるべき答えは、島宇宙間で収集してきたデータにあると考えていた。
そのデータの一つは、他の島宇宙で生じた『ゾエラ』の経過を示してくれたのだ。
十年近くに渡って集められた膨大な情報は、ガルドのメインコンピューターにも移され、宇宙中の科学者達が、そこから意味のあるものを拾おうと努力していた。
天文学者は、視野を邪魔されることのない宙域による巨視レベルの島宇宙の観察データに狂喜していたが、そのデータから直接『意志』の痕跡を捜し出すのは不可能だった。
物理学者は、宙間物質のデータとクリアーなクェーサーの観察や重力崩壊のデータを手に入れて喜んでいたが、それより『意志』を推察することはできなかった。
ライルは探査の指針を何百光年まで伸ばしながら、時の経過を追っていた。各島宇宙は、膨張と崩壊を繰り返しながら回転し続ける。
星の死は、科学者にとって、銀河の終焉と同じように避けられない当然の現象であった。
ライル自身もそう思っていた。あるデータを見つけるまでは。
それは、彼が銀河へ戻る決意をした直前のデータだった。
劇的な内容だったわけではない。誰もが見過ごすような小さな数値だった。現に、誰もそれを気にも留めなかった。
たった一人を除いて。
船の周囲の希薄な銀河間物質の力学的位相が変化したのである。そのほとんどは水素とヘリウムであった。
中性の非常に希薄なガス分子として存在していたそれらは、もともと不活性状態であった。だから、変化は微量なものだった。
静止した励起状態の原子結合が停止したのである。
ライルにとって、それはしかし、恒星が前触れなく消滅したほどの意味をもった。
彼は改めて、更に大きな周域を対象に、データを再検討した。
すると、刷毛でふっと掃いたように励起が停止している事が解った。その現象は均一ではなかった。ランダムといっても良かった。
ライルは戦慄した。船のコンピューターにアクセスして、その時の状況をモニターさせる。
すると。
船の探査装置を含む外部機器の全てが、一時停止……死んだ事実が出てきた。
僅か0.2秒の間。
最外部の隔壁も同様だった。その一瞬、確かにその宙域ポイントの全てが死に絶えたのだ。
ライルと彼の船が無事だったのは、装甲の隔壁と隔壁の間に、複次関数障壁を設けていたから。
それは、船の持つ個体振動波によって、観測のクリアー度を僅かでも乱されるのを嫌ったからであったが、どうやらそれは、彼の命を救ったらしい。
希薄な銀河間物質の振動波を奪ったものが何であったにしろ、それにとってライルと彼の船は存在していなかったも同然だったのだ。
それが去ったあと、船の複次元階数は自動的にエネルギーを凍結された原子に送り、再び静止した励起状態に還元されたから、彼自身も気づかなかったのだ。
震える指で、さらに死の軌跡を追う。気紛れとしか言いようのない跡は、彼らの銀河よりずっと遥かな彼方から続いていた。
彼はもっと探査の指針を伸ばさなかった事を悔やんだ。せめて、あの島宇宙のどれかに達するほどに伸ばしていれば……。
そこでまたぞくりとした。その島宇宙で見出すものは、あの世にあるといわれている地獄よりも恐ろしい終焉の世界に違いなかった。
限り無く静かで、冷たい……。二度と熱く蘇ることのない、『生命』の輪廻が失われた世界。
それを為す存在は、如何なるものなのか? 如何なる法則なのか?
ライルは恐怖した。生まれて初めて、彼は心底恐怖を覚えたのだ。
激しいパニック感を味わう。全身が恐怖のために震えて止まらない。自分個人の命の為ではなかった。『生命』そのものへの深い危惧が、ライルを恐怖させたのだ。
恐怖は彼を絶望へと駆り立てる。
――これが、僕が闘わねばならない相手なのか?
勝てるわけがない!
全ての法則そのもののような存在に、小さな個人がどうして立ち向かえよう!
彼は独占しているメインコンピューター室から、よろよろと出る。何も考えられなかった。
パニック感は、彼から正常な思考力まで奪ってしまったようだ。
途中、誰に会ったか、何を話しかけられたかも記憶にない。彼は真っ青な顔をしたまま、身体を震わせ、壁に縋りついて歩いていた。
逃げ出したかった。
バリヌール人の彼が、恐るべき事実を目の当たりにして、逃げ出そうとしていた。
どれほど時間が経ったのか解らない。気がつくと、彼はチャーリィの私室で泣いていた。ベッドに身を投げ、子供のように泣いていた。
まだ涙を流しながら、ライルは茫然と見回す。いつ戻ってきたのか、今まで何をしていたのか、まるで覚えがない。
ぶるっと震える。
まだ、事実は彼を打ちのめしていた。
――寒い。寒くて身体が凍えそうだ。
身を震わせて、両手で身体を抱き締める。
――なんてことだ! 対処の方法などあるはずがない! 全ての『生命』が絶えるのを黙って見ていることしかできないのだ!
ライルは身体を小さく丸め、ぽろぽろと涙をこぼし続けた。
そこへ、チャーリィが戻ってきた。ライルに出会った局員から彼の異常な様子を聞いて、飛んで帰ってきたのだ。
ベッドに蹲っているライルを見つける。身体が小刻みに震え、涙を流している。
「ライル! どうしたんだ?」
「チャーリィ……」
ライルが縋りつくような眼で振り向いてきた。こんな弱々しい彼を見るのは、三度目だった。
一度目は『至上者』を倒す決意を下した自分に嫌悪して。
二度目は、自分の中に潜在的に含まれている性の衝動を扱いかねて悩んでいた時に一瞬だけ。
そして、今、……。
チャーリィはベッドに腰かけると、腕をライルに回して引き寄せた。ライルは逆らわない。身体が脱力してしまったように頼りなげだった。
「どうしたんだ?」
チャーリィが再度問うと、ライルは物も言わずに抱きついてきた。
まるでか弱い女のように、涙を流しながら唇を求めてくる。熱い抱擁を求めて、腕をチャーリィの背に回してしがみつく。
ほっそりした手が蠱惑的にチャーリィの身体をまさぐり、甘い唇が首筋から胸へと落ちていく。
ライルの突然の官能的な甘えにくらくらとなる頭を必死の思いで抑えて、チャーリィは彼の身体を引き剥がした。
ライルの涙は、まだ止まらない。
チャーリィはぞくりとした。ライルは狂っているのではないか?
こんなに乱れた彼を見るのは初めてだった。
ライルはまだ愛撫を求めて、手を伸ばす。
悲しそうだった。
苦しそうだった。
見も世もないほどに、ライルの魂は救いと忘却を求めて哀願し身を捩っている。
それは禁断の果実のように、甘美で危険な妖しさを放っていた。
ライルを抱いてしまうことは容易かった。だが、それはまずいと、チャーリィの理性が告げている。
彼の要求に屈したら、ライルはこのままずっと狂い続けるのではないだろうか?
「ライル! しっかりしろ!」
だが、ライルは涙を流して、いやいやする。
その眼を見て、チャーリィは愕然とした。
ライルは脅えている! 狂うほどに脅えているのだ!
あのライル・フォンベルト・リザヌールが!
チャーリィは、急にライルよりも二十も年上のような気がした。見掛け上もそうだった。ここは年長者らしく、分別を見せなくてはならない。
ばん! 強かに頬を張った。
襟元を掴んで、後ろに倒れるのを押さえる。
もう一発。三つ目が決まった時、ライルの口元から血が流れてきた。口の中を切ったらしい。
どさりとベッドに突き倒す。
ライルは頬を押さえる元気もなく、横に倒れたままだった。
「バリヌールのリザヌール。しっかりしろ。お前とあろう者が何という醜態だ。お前が取り乱したら、銀河の全生物はどうしたらいいというのだ?」
ライルは唇を噛み締めたまま、黙っている。
「お前が何を発見したのかは知らん。だが、お前が狂うほどなのだ。想像を絶するものなのだろう。だが、お前が見捨ててしまったら、我々はどうしたらいい? 俺達を……」
チャーリィはそこでためらって言い直した。
「俺を助けて欲しい」
ライルがチャーリィを見つめた。チャーリィもライルを見つめる。涙は止まっていた。頬が赤紫に腫れ上がって痛々しい。
涙に濡れた紫の瞳が動揺していた。ライルはこれまでになく無防備なままチャーリィの前にいた。
彼を抱き締めてやりたい。
力いっぱい抱き締めて、情熱のままに愛してやりたい。
ライルは身体を起こすと、手を頬に当てる。微かに紫の輝きが現れ、腫れ上がった頬がみるみる回復していく。それはいつ見てもぞっとする、異質な、そして目が離せない現象だった。
「取り乱して済まなかった」
ライルがいつもの淡々とした口調で詫びて来た。
「いいさ。気にするな。腹が減らんか? コールドビーフとオニオンスープはどうだ?」
チャーリィはほっとして、キッチンに向かいながら聞いた。
「ビーフは要らないが、グリーンペーストなら貰う」
「おい。あのどろっとしたけったいな代物か? あんな味もそっけもないやつの何処がいいんだ?」
チャーリィはうんざりして言った。このバリヌール人がよく好む、恐ろしい緑色のペースト状の粥だけは、どうしても馴染めない。見ているだけで食欲がなくなる。
「栄養価は高いし、消化吸収もいい。効率的な食物だよ」
「俺は少々栄養価が低くても、消化が悪くても、人間が食べるに相応しい食い物がいい」
ライルの口元に微かな笑みが浮かぶのを見て、チャーリィはもう大丈夫だと胸を撫で下ろした。危険なほどに美しく、妖艶な妖しさだったが、あんなライルはごめんだ、と彼は思った。
気を取り直したライルは、もうあのような狂乱に陥ることはなかった。しかし、いっそう無口になった。これまで、ライルが貝のように黙り込んでしまった時には、あまり良いことは起こらなかった。
不安を覚えたチャーリィがいくらせっついても、宥めすかしても、ライルは自分が知ったことを話そうとしない。ただ、限り無く沈思黙考に沈み、自分の仕事場と決めたらしいメインコンピューターの解析室にラバーと一緒に閉じ籠ってしまうのだった。
しかし、チャーリィには、ライルの問題の他にも解決すべき気の重い仕事が山ほどあって、いつまでもライルのお守りをしているわけにはいかなかった。
銀河諸世界は息を切らしていた。飢えと窒息と砂漠化と種族の滅亡を目の前にして慄いていた。
不妊と言う形で子孫を奪われたのは、初めは知性生物に限られていた。それがやがて、中枢神経を有する高等生物に拡がった。だが、呪いはまだ止まず、徐々に下等な生物にも及ぶようになってきていたのである。
そして、遂には植物にも及び始めていた……。その先は、チャーリィも考えたくなかった。
M15星団外れから、シャルルが連絡を寄越してきた。彼は滅多に地球にもガルドにも帰らない。『ゾエラ』事件後は、一度も帰っていないのではないかと思われた。
その彼がひどく不安な様子で言ってきたのだ。
「それがなんなのか、解らない。だが、とにかく恐ろしいものだ。それは確実に、この銀河に向かってきている。銀河の向こうから、闇を越えて来るんだ。僕は恐ろしくてたまらない。脅えきっているんだ」
シャルルのまるで実体そのもののような虚像が、チャーリィの執務室で震えた。
「それは、銀河一帯に降りかかっている原因不明のこの危機と関係があるのか?」
「証明はできない。何も根拠はないんだ。だが、あれなら、そのくらいの芸当はできるだろう。それほどに、桁が違うものだ」
「ライルにその事を話してみたか?」
「いや。彼を掴まえられないんだ。彼は自分の中に閉じ籠っているようにみえる。そうなったら、僕でもどうしようもない。僕がパラ送信できるのは、承知のように装置の助けと、届ける相手の受け入れがなくては不可能なんだ」
チャーリィはむっつりと顔を顰めた。あの閉鎖性は、バリヌール人の大きな短所だった。
「先だって、ライルは何かを発見したらしい。それがよほど恐ろしいものだったらしく、あの彼が脅えきって、パニックに陥ったんだ」
チャーリィは際どい描写は避けて、ライルの恐慌状態を説明した。シャルルは口笛を吹いた。
「驚いたな。ライルがね。それは、正真正銘大事件だ。でも、彼が見つけたものが、僕が感じている奴と同じものだったら、彼が脅えるのも無理ないかもしれない。チャーリィ、ずばり、言おう。あれに対し、僕達が生き残れる可能性はゼロだ」
チャーリィは絶句した。シャルルの感がこれまで、外れたことはなかったのだ。彼の背筋をぞっと冷たいものが走り抜けていく。
「俺たちはどうしたらいい?」
「解らない。できる唯一の事は、逃げるだけじゃないのか? 逃げて、ひたすら逃げて、いつかは捕まるんだ」
「……。君はどうするんだ? こっちへ戻ってくるのか?」
シャルルは首を横に振った。十月の空のように澄んだ明るいブルーの瞳が優しく笑う。
「僕はここにいる。あれが来るのを見張って報せる者が必要だ。それに、ここらにも敏感な種族は多い。あの接近に伴って、不安定になるだろう。大変な恐慌が起こると思う。だから、僕はここに残る」
「ありがとう。シャルル」
チャーリィは余計な言葉を掛けるべきではないと感じた。シャルルはとうに、腹を決めていた。
シャルルがパラコンタクトを切った時、ライルがやってきた。激しい緊張に顔が強張っている。いつもの自信に満ちた落ち着きを失い、代わりに焦燥に色濃く染まっていた。ライルは自分の無力さを嫌というほど噛み締めていた。
「『意志』が銀河に達するまで、もう時間がない。銀河北部辺境から人々を移動させなければならん」
たった今、シャルルが言っていた事と同じ事を告げられ、チャーリィはぎょっとした。
「無理だ! あの辺りでもどれだけの種族がいると思う? 疎開できたとして、何処へ移すんだ? しかも、それは、これから続く果てしない疎開の列になるはず。お前だって、自分が言っている無茶が解っているはずだ!」
チャーリィは思わず声を荒げた。ライルは苦しそうだった。
「しかし、見殺しにはできない! あれを止めることは、僕にはできない! 駄目なんだ! 僕にはどうする術もないんだ!」
青い顔で唇を噛み、身体を震わせているバリヌール人を、チャーリィは抱き締めてやる。絶望に打ちひしがれている恋人に、彼がしてやれることはそれくらいしかなかった。
「それはお前の責任じゃない。いくらバリヌール人だって、全能の神ではないんだ。みんなで考えよう。これは、銀河中の命がかかっている問題なんだから。すぐ、会議を開く。お前の知った事を、そこで話してくれ」
「ひどいパニックが起こる。事態は収拾できないものになるだろう」
「そうはならんさ。連中も、そう見捨てたもんじゃない。みんなで考えれば、何か見つかるかもしれない」
そう言ったチャーリィも、ライル同様それを信じているわけではなかった。宇宙の調整官が夜も寝ないでずっと詰めっきりで、必死に模索して駄目だったのだ。ライルはあらゆる検討を終えているだろう。彼以上の頭脳は、今の宇宙に存在していないのだ。




