閑話 種族の再興
古城から東へ遠く離れた、草木の枯れ果てた荒野の端。
沈みゆく夕陽の下に、ソフィア種の仮集落が寂しく広がっていた。
かつては魔導技術の粋を集めた巨大な研究都市に居を構えていた一族だったが、現在の拠点には朽ちかけた木造りの建物がまばらに残るのみ。
その集落の最奥にある一際大きな石造りの屋敷。
二階にある広々とした執務室の中央に置かれた重厚な木製テーブルの上には、資料の山が積まれている。
そこに腰掛けた一人の女性――ソフィア種・仮代表プロノアは、冷めたお茶の入ったカップをテーブルから取り、中身を一口だけ口に含んでから、静かに元の位置へ戻した。
すらりとした長身に、知的な金属フレームの眼鏡。纏う衣は上質だが、装飾を極力排した実務的な仕立てだ。腰に刃物はなく、細くしなやかな指先には剣だこ一つない。
彼女は小さく溜息をつくと、苛立たしげに羽根ペンを走らせて書類に判を押した。
その時、部屋の入口にある重々しい木製の扉が静かにノックされ、部下の男が室内へ足を踏み入れた。
「……代表。傭兵団との交渉、一応まとまりました」
テーブルから顔を上げたプロノアは、扉の近くに立つ部下を見据え、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細めた。
「一応、とは?」
部下は気圧されたように小さく身を縮め、手元の書状に視線を落としながら答える。
「その……傭兵団の頭目が、代表と直接顔を合わせるのを渋っておりまして。『こっちは命を張る仕事だ、机の上でしか戦えん代表様とは話が合わん』とかなんとか……」
プロノアは手にしていた羽根ペンを、カタリとインクスタンドに戻した。
「……そう」
短く答えた彼女の声には、抑えきれない苦みと棘が混ざっていた。
慣れている。もう嫌というほど慣れているはずだった。
自力での戦闘能力を持たないソフィア種にとって、粗暴な傭兵たちは「金を払って雇う都合のいい手先」に過ぎない。しかし向こうにとっても、自分は「戦えないくせに口うるさい依頼主」でしかないのだ。
数日前、薄暗い天幕で行われた初顔合わせの場。
巨躯の頭目ヤルバートはプロノアを一瞥するなり、鼻で笑っていた。
『へぇ、これがソフィア種の代表様か。噂には聞いてたが、随分とおしとやかで……戦場に出たらすぐに死にそうだな』
(……いいわ。今はいくらでも笑わせておくがいい)
プロノアはテーブルの端にあるカップに再び手を伸ばしながら尋ねた。
「……で、報酬の条件は?」
「予定通り、成功報酬として古城の宝の全てを。……ただ、頭目が『前金を増やせ』と主張してきております。いくら眠っているだけの吸血鬼の女王相手とはいえ、城を落とすリスクに見合わないと」
「増やしなさい。多少の無理をしてでも」
「よろしいのですか、プロノア代表。ただでさえ我らの財源は尽きかけて――」
「構わないと言っているわ!」
プロノアはバンと激しくテーブルを叩いて立ち上がると、そのままゆっくりと歩みを進め、壁に飾られた一枚の大きな油絵の前で足を止めた。
窓からの夕陽が、額縁の金箔と描かれた絵を赤く染めている。
そこには、遥か昔――魔導都市の頂点で、あらゆる種族を見下ろしていた誇り高きソフィア種の姿が描かれていた。
「創造神のあの戯れ……『アルカデア法典』のせいで、我が一族が何世代もかけて磨き上げた秘伝は、すべて『ポイントさえ払えば誰でも買えるもの』に成り下がった。知恵で築いた誇りを、金で買われる惨めな時代になってしまったのよ!!!」
背後で部下が息をのむ。プロノアは絵画を見上げたまま、深く拳を握りしめた。
「今のソフィア種に必要なのは、机上の知識だけじゃない。暴力を持つ者を屈服させ、従わせる『圧倒的な力(資産)』そのものよ。傭兵になめられていようと構わない。……あの古城さえ落とせれば」
プロノアの眼鏡の奥で、赤く揺れる夕陽を反射した瞳に執念の炎が宿る。
「膨大なポイントと『遺産』を手に入れ、我が種族を再興する。そうすれば、誰一人として私を『戦えない代表』などと侮れなくなるわ。……傭兵どもにも、いずれ立場というものを思い知らせてやる」
「……決戦は四日後。予定通りでよろしいですね」
部下が深く頭を下げると、プロノアは窓の外――西の空の彼方、あの古城が存在する方角をじっと見つめながら静かに頷いた。
「ええ。いくらコストがかかろうと退かない。これは……私たちソフィア種にとって、種族の存亡を賭けた勝負なんだから」
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