第9話 起きなさい、女王様。
まぶしい陽光が、豪華な寝室の窓から差し込んでいた。
「……う……ん」
部屋の隅に置かれたソファの上で、私は目を覚ました。
体を起こそうと動くたび、無駄にクッション性の高いソファに体が深く沈み込む。
服を見下ろすと、昨日『クリーン』の魔法でサッパリ綺麗にしてもらったはずのシャツが、ソファの埃を吸って微妙に薄汚れていた。
(……このソファ、やたらともふもふして沈み込むのよね。それにしても、本当にこの城はどこもかしこも埃だらけだわ)
首を回しながら視線をベッドへ向けると、そこには二つの月が沈んだ後も爆睡し続けている吸血鬼女王の姿があった。
銀色の長髪を乱暴にベッドへ散らし、空になったチョコレートの箱を大切そうに両腕で抱きしめている。
相変わらず絵画のように美しい顔立ちなのだが、寝相は控えめに言って最悪だった。
私は深く溜息をつき、もふもふのソファから立ち上がった。
服についた埃を払い、冷たい石床を踏みしめながら、頭の中で昨日までの状況を静かに整理する。
(敵襲まで、あと3日……)
視界の端に管理画面を呼び出した。
┌─────────────────
│ 【拠点:遺産・古城】
│ 保有ポイント:10,600 / 1,000,000 PT
│ 生成ポイント:100 PT/毎時間
│ 人口 :2(ルーナ、アトラ)
└─────────────────
「10,600……。防衛セットまで、あと4,400 PTね」
あと44時間。二日もかからず、目指す15,000 PTには届く。
(でも、それだけじゃ全然足りないわ。防衛セットを一つ買って勝てる保証なんて、どこにもないもの)
相手は種族の存亡を賭けて押しかけてくるのだ。こちらも使えるポイントは、多ければ多いほどいい。
私は寝室の冷たい石床に佇んだまま、交換ショップ画面を開き、『施設』のカテゴリーに指を滑らせた。
すると――
┌───────────────────
│ 【ショップ:施設カテゴリー】
│
│ ・『簡易ポイント生成器(小型)』
│ 価格:10,000 PT
│ 効果:設置した領域の魔力を集積し、
│ 1 PT/毎時間を生成
│
│ ・『ポイント集積プラント(中型)』
│ 価格:50,000 PT
│ 効果:広範囲から効率良く集積し、
│ 10PT/毎時間を生成
└───────────────────
「……ちょっと待って。一万ポイントも払って、一時間にたったの一ポイント!?」
思わず画面を二度見した。
脳内の電卓が猛烈な勢いで数値を叩き出す。1日あたり増えるのは、たったの24 PT。
投資した10,000 PTを回収するのに416日――1年以上もかかる計算だ。
さらに高価な中型プラントですら、五万ポイント投じて毎時たったの10 PTである。
(……嘘でしょ。ポイント生成施設を自前で作るのって、こんなにコストパフォーマンスが悪いの……!?)
その瞬間、私の背中にサーッと冷や汗が流れた。
部屋の中央で呑気に寝息を立てている銀髪の少女に視線を巡らせる。
この『古城』は、放置されていただけで毎時間100 PTを生成している。
簡易生成器に換算すれば、実に百台分。自前で施設を建てて同じ生成量を得ようとすれば、なんと100万PT以上の資産価値に相当するのだ。
(……だから『遺産』なのね……!)
この古城自体が、このアルカデア世界においてとんでもない『SSSランクの資産』なのだ。
それをあのバカ吸血鬼は、地下に行くのを面倒くさがって上限(1万PT)で放置し、数億ポイント単位でドブに捨て続けていたわけだ。
(改めてとんでもない愚行じゃないのよあのぐうたら……!)
(……待って。だとしたら、なぜこの城が狙われているのか……答えは一つじゃない)
数百年間寝ているだけの丸腰の女王と、所有しているだけで放置していても莫大なポイントを生み出し続けるチート遺産。
(鴨がネギを背負ってる状態じゃない!!)
敵の狙いは、この城が持つ膨大なポイント利権そのもの。
まずはこの『最高級の資産』の価値を最大限に高め、完璧に防衛するのが最優先だ。
(……一応、この城の周りの領域がどうなっているか確認しておきましょう)
私は拠点の管理情報から【支配領域】の項目を開いてみた。
すると――画面に恐ろしい現実が表示された。
┌─────────────────
│【支配権・領域状況】
│古城周辺の森
│ ・領地:12%(古城のみ)
│ ・ソフィア種支配領域:88%
│ (放置により無支配領域後取得)
│
│ 廃都市「灰の都市」
│ (ソフィア種前線拠点)
└─────────────────
さらに気になった『灰の都市』の項目をタップすると、恐ろしい詳細データが浮かび上がった。
──────────────────
【拠点候補:灰の都市】
登録条件:現地での『所有権の宣言』および魔導コア設置
現在状況:ソフィア種が占領中(侵略用・前線補給拠点化)
予想生成ポイント:10 PT / 毎時間(解放・登録後)
【駐留勢力・脅威度】
・ソフィア種本隊 :★☆☆☆☆(非戦闘種族/個体戦闘力:皆無)
・複数種族混成傭兵団:★★★★☆(頭目ヤルバート:準英雄級)
──────────────────
「……は……?」
目の前が真っ暗になった。
「は、八十八パーセント……!? ほぼ全部持ってかれてるじゃないのよ!!」
古城の12%しかこちらの領地として認められていない。
周辺の森はとっくにソフィア種の手によって侵食され、実質的に包囲網が完成していたのだ。
しかも、隣の『灰の都市』は敵の前線補給基地として要塞化されている。
「ちょっと……! 嘘でしょ!?」
部屋全体を見渡せば、ベッドの中央で、相変わらず銀髪の吸血鬼女王が呑気に抱き枕をぎゅっと抱きしめて「すやすや〜……」と幸せそうな寝息を立てていた。
「起きなさぁぁぁぁい!!! このポンコツ吸血鬼ーーー!!!」
私はベッドへ跳びつくと、ぐっすり眠りこけるルーナの華奢な両肩を掴み、ガシガシと激しく揺さぶった。
「ふぁぁぁ……っ!? な、なにぃ……!? あ、アトラちゃん……朝のチョコ……?」
「チョコどころじゃないわよ!! 起きなさい!! あなたの領地、88%もソフィア種に奪われて包囲されてるじゃないのよーーーー!!!!」
静かな朝の古城に、アトラの悲痛で切実な叫び声が響き渡るのだった。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下の【★評価】や【ブックマーク】で応援していただけると嬉しいです!




