第10話 やっぱりただのポンコツでした
両肩を掴んでガシガシと揺さぶられ、銀髪を乱したルーナが、ルビー色の目をパチクリさせた。
「ん〜……はちじゅう……なに〜……?」
「八十八パーセント! 森も灰の都市も、ほとんどソフィア種に取られてるのよ!」
「あ〜……あのへんのことね〜」
ルーナは片目だけを開け、ふぁぁ、と大きなあくびをした。
「あそこ、もともと私の領土だったんだよ〜。いつの間にか取られてたんだねぇ〜」
「あなたは領土を取られて、なんでそんなに呑気なのよ! 土地も、そこから入るはずのポイントも、全部持っていかれてるのよ!?」
「ポイント〜? ……あ、そういえば……う〜ん……」
ルーナは抱き枕に顎を乗せたまま、天井を見上げた。
そのまま、続きが出てこない。まぶたが、とろとろと落ちていく。
「ちょっと、そこで寝ないで!」
「んん〜……思い出しかけたんだけどなぁ〜……あとで〜……」
返事の代わりに、すぅ、と寝息が聞こえた。
(……だめね。待っていても、起きそうにないわ)
私はベッドから離れ、腕を組んだ。
ポイントさえ増やせれば、打てる手は一気に広がる。ショップで買えない物のほうが、少ないのだから。
(今は、増やす方法よ)
指を折りながら、頭の中に書き出していく。
一つ。ショップの生成施設を買う。これは、さっき計算したとおり、桁違いに割に合わない。却下。
二つ。奪われた領地を取り返す。……森も、灰の都市も、ソフィア種と準英雄級の傭兵団が押さえている。二人きりの私たちが、決戦の前に手を出せる相手じゃない。却下。
三つ。
(……三つ目が、思いつかないわ)
寝室の大きな窓の前まで歩き、窓の外の枯れた庭園を見下ろす。止まった噴水。荒れた花壇。その向こうに広がる、黒々とした森。
目を凝らすとその先に、建造物のようなものがある。おそらくあれが灰の都市かしら。
そのとき、背後から、ふあぁ、という声がした。
「……あ。思い出した〜」
私は、弾かれたように振り返った。
ベッドの上で、ルーナが抱き枕から顔を上げ、ぼんやりと天井を眺めている。
「昔はね〜、毎時10,000 PTくらい生成してた気がするなぁ〜。なんで落ちちゃったんだろ?」
「…………………………は?」
私の思考が、この世界に来てから何度目かの完全停止を起こした。
首をかしげるルーナ。
一時間で……一万……ポイント。
現在の100 PTの……百倍……!?
「百分の一に落ちてるじゃないのよーーーー!!!!」
城全体を揺るがす勢いで、大絶叫が響き渡った。
私は窓辺からベッドへ駆け戻り、ルーナの顔を覗き込んだ。
「うるさいなぁ……。耳が痛いよ〜」
「落ちたってどういうことよ! 何があったの!? 思い出しなさい!」
「えー、思い出せないよ〜。だって寝てたんだもん」
「寝てる間に落ちるなんて、ありえないでしょ!」
ルーナは「うぅ〜」と枕に顔を埋めてしまった。
(……だめだわ。この子から聞き出すのは、時間の無駄ね)
肩を落として、ベッドの脇から離れかけた、そのとき。
「……たしかね〜」
枕の中から、くぐもった声がした。
「人がいっぱいいたときは、ポイントもいっぱい生成してた気がする〜。人が減ってきた頃から、少しずつ減ってったんじゃないかなぁ〜。……あと、お城もいまより綺麗だったような〜……? ……眠いから、おやすみ〜」
「待ちなさい、寝ないで! それ、最重要情報でしょ!」
「だって、やんわりとしか覚えてないもん〜」
(人と、お城の綺麗さ……)
ヒントとしては、十分すぎる。
ルーナ本人には弾かれた『解析』も、拠点の情報なら、管理権限をもらった私に見られるはずだ。
視界に管理画面を呼び出して、『生成ポイント:100 PT/毎時間』の一行に意識を集中する。
「……『解析』」
ピコン、と軽い音がして、画面が展開した。
┌──────────────────
│ 【拠点:古城ポイント生成仕様】
│
│ 基本保証生成量:100 PT/毎時間
│ 人口ボーナス:領地人口10名につき +1 PT
│
│ 【現在の領地状況】
│ ・登録人口:2名
│ ・過去最高人口:約100,000名
│ (※毎時約10,000 PT生成)
└──────────────────
「……ちょっと待って。人口10人で、+1 PT……?」
画面を二度見した私の目が、見開かれる。
指先で、数字を順番になぞっていく。基本が100 PT。そこに、人口十人ごとに1 PTが乗る仕組み。
いまの登録人口は、私とルーナの二人だけだから、ボーナスはゼロだ。
その下の行に、目が止まった。
「過去最高人口……十万人!?」
声が裏返った。
「十万人!? 灰の都市に、そんなに住んでたの!? その十万人は、どこへ行ったのよーーーー!?」
私の叫びに、ルーナは抱き枕をぎゅっと抱き直し、軽いノリで口を開いた。
「あー……昔いた人たちね〜。ん〜……どっか行っちゃったんじゃない〜?」
「どっか行ったで済まされる人数じゃないでしょうが! 十万人よ!? 街が丸ごと消えてるのよ!?」
「だってぇ〜……」
ルーナは面倒くさそうに、ほっぺたを膨らませた。
「あの人たち、すっごく気持ち悪かったんだもん」
「……は? 気持ち悪い?」
「そうだよ〜。私がちょっと外に出るだけで、『女王様〜!』って大勢で群がってきてさ〜。『お導きを〜』とか『恵みを〜』とか言って、拝んでくるの」
ルーナは、ぶるっと小さく身震いをした。
「崇め奉られるの、なんかゾワゾワして気持ち悪いし……。面倒くさがりの私に、政治とか外交とか頼んでくるの、ほんと意味不明でしょ〜?」
(いや、統治者はあなただから、当然なんだけど……!)
「だからね、部屋に閉じこもって、ずーっと無視して寝てたの。そしたら、最初はドアの外で泣きついたりしてたんだけど、何十年か経ったら、誰も来なくなっちゃって〜。あ、せいせいした〜って思って、また寝たの」
絶句した。
十万人の期待と信仰を、ただ「気持ち悪い」「面倒くさい」という理由で、何十年もスルーし続けた。
その結果、住民は一人、また一人と見切りをつけて、去っていったのだ。
「……ねえルーナ。その十万人、どこへ行ったか心当たりはあるの?」
「ん〜? さあね〜……。他の領域に逃げちゃったんじゃない〜?」
ルーナは、あっけらかんと続けた。
「私以外にも、吸血鬼なんてそこらへんにいるし、放置されるよりは、そっちのほうがマシだったんじゃない〜?」
「他の勢力に人口を奪われた報告を、そんなに軽くしないでよ!!」
頭が痛くなってきた。
原因は、システムエラーでも、呪いでもなかった。ただの『領主の致命的な塩対応による、人口流出』。
そして、人のいなくなった土地は誰のものでもなくなり、その隙に、ソフィア種に先に宣言されていったのだ。
ベッドの端にへたり込みそうになりながら、私は考えをまとめ直した。
(人口を増やすのは……無理ね。十万人どころか、いまは十人だって集められない。仮に集められたとしても、三日じゃ間に合わないわ)
それでも、ルーナは言っていた。「お城も、いまより綺麗だったような」と。
(……待って。画面には、まだ続きがあるんじゃない?)
画面を下へスクロールする。
現れたのは、もう一つの項目だった。
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