↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/45

第11話 大掃除

そこには興味深いことが記されていた。


┌───────────────────

│ 【拠点:古城ポイント生成仕様】

│

│ 施設状態ボーナス:

│ 【城の清掃・整備度に応じて変動】

│

│ 【現在の施設状態評価】:F

│ (劣化・埃だらけ/要清掃)

│

│ ※清掃・整備が完了した区画数に応じて

│ ボーナス発生

│ (最大想定ボーナス:+900 PT/毎時間)

│

│ 【現在の最終生成量】:100 PT/毎時間

└───────────────────


「……清掃・整備度」


私は、その文字を口に出して読んだ。


ゆっくりと、顔を上げる。


朝の光に照らされた、広い寝室。高い天井の隅に積もったほこり。窓枠に、薄く層になった灰色のほこり。


視線を、開けたままの扉の向こうへ移す。


昨夜歩いた、長い廊下。並んだ汚れた燭台、灰色のほこりをかぶった絵画、止まったままの置き時計。そして、その先にある、どこまでも続く地下への階段。


(……この城に、部屋がいくつあるのか、私はまだ知らない)


ルーナは「部屋はいっぱい余ってる」と言っていた。あの廊下の奥にも、階段の上にも、同じようなほこりの部屋が、いくつも、いくつも眠っているのだろう。


(最大で、+900 PT……。いまの100 PTに足せば、毎時間1,000 PT。十倍よ)


(問題は、どうやって掃除するか、ね)


ルーナの『クリーン』は、自分と身の回りだけの魔法だと言っていた。お城全体には使えない。


私の『水魔法』は、水球を出せる程度。バケツ代わりにはなるけれど、広い城を水拭きするには心もとない。


(……ポイントで買える物は、いくつかあるわね)


ただし、ポイントは、防衛セットの15,000 PTに回したい。道具にポイントを回しすぎれば、本末転倒だ。


(安い道具を少しだけ買って、あとは人力。……いえ、二人力。足りない分は、効率で補うしかないわ)


そこまで考えて、私は、ようやく、本当に大切なことに気づいた。


そもそも、この「二人力」のうち、一人は、ベッドの上で、いまにも二度寝に入ろうとしている。


「ルーナ」


「んん〜……?」


「……この城の、お掃除、始めるわよ」


「えっ」


ぐうたら女王の顔が、さっと青ざめた。


「嫌――――――!! 掃除なんて絶対嫌ーーー!!」


ベッドのフレームにしがみついたルーナが、全力で首を横に振った。


「掃除なんてしたら、私のお肌がカサカサになっちゃうよぉぉぉ!!」


「吸血鬼のお肌が、そんなことで荒れるわけないでしょ!」


「荒れるもん! 繊細なんだもん!」


「数億ポイントを捨てた人が、何を繊細ぶってるのよ!」


押し問答をしていても、日が暮れるだけだ。


私はひとつ息を吐いて、ステータス画面の数字をもう一度確かめた。


保有ポイントは、約10,600 PT。防衛セットまで、あと4,400 PT。


いまの毎時100 PTのままなら、貯まるまで44時間かかる。


(掃除をするだけで、ポイントが増えるかもしれないのよ。やらない理由がないわ)


……問題は、肝心の働き手がベッドにしがみついていることだけど。


私はショップを開き、『掃除用品』を検索した。


真っ先に目に入るのは、私の地球知識にある『高性能掃除機:500 PT』だ。


(500 PT……。いまの生成量なら、5時間ぶんの稼ぎね)


指が、購入ボタンの上でぴたりと止まる。


(……でも、500PTは……)


「アトラちゃ〜ん? 早くしないと、私また寝ちゃうよ〜?」


「うるさいわね、いま人生で一番大事な計算をしてるの!」


結局、高性能掃除機は却下した。代わりに、必要最低限の道具だけを選んでいく。


『バケツ(大)×2:4 PT』


『雑巾セット(10枚入り):5 PT』


『万能洗剤:3 PT』


『使い捨てマスク(10枚入り):2 PT』


「合計14 PT……。ケチすぎるかしら、まぁ、いいわ」


ショップの購入確定ボタンを押す。


光の粒子とともに、道具の山が床へ現れた。ルーナがベッドから顔だけをのぞかせて、きょとんとする。


「それだけ? もっとこう、楽にお掃除できるやつ、ないの〜?」


「あるわよ。一台500 PTで」


「じゃあそれ買えばいいじゃん〜」


「500 PTあったら、ルーナのチョコが50箱買えるのよ」


「…………」


ルーナは、しばらく真剣な顔で考え込んだ。


「……雑巾でいいや」


「でしょうね」


ただし、道具が揃っても、ルーナは一歩も動かない。雑巾を渡しても、受け取った姿勢のまま、ベッドの上で固まっている。


「はぁ……わかったわ。ルーナ。掃除が終わったら、ご褒美を解禁してあげる」


「ご褒美……? チョコ?」


「チョコよりもっとすごいものよ。『ショートケーキ』と『チーズケーキ』」


「……っ!?」


ピタッ、とルーナの動きが止まった。ルビー色の瞳が、信じられないものを見るように見開かれる。


「しょーとけーき……ちーずけーき……それ、チョコより美味しいの……?」


「チョコなんて、地球のスイーツ界ではほんの序の口よ。生クリームと甘酸っぱいイチゴのハーモニー、濃厚なチーズのコクを知ったら、あなたはケーキを知らずに生きてきた今までの人生を、後悔することになるわね」


「行くーーーー!! 掃除行くーーー!! 雑巾がけでも何でもやるーーーー!!」


現金すぎる吸血鬼が、猛烈な勢いでベッドから跳び降りた。




◇◇◇


掃除は、上から下へ。奥から手前へ。


地球の知識が教えてくれる、いちばん基本の順番だ。


「まずは天井の隅とカーテンの上から。埃を落とすのよ。あ、これマスクね」


「なにこれ……」


「ほこりを吸ったら大変でしょ……だからそのマスクで口元をふさぐのよ」


「はぁい……」


ルーナが吸血鬼人生で初めてのマスクを着ける。


「ええぃ……」


ルーナが気の抜けた声で、雑巾で天井へひょいと、こすった。



挿絵(By みてみん)



次の瞬間。


ぶわっ、と灰色の雲が降ってきた。


「けほっ、けほけほっ!? なにこれ、雪!? 雪が降ってるぅぅ!?」


ルーナはマスク越しにむせた。


「ほこりよ! 数百年ぶんの!」


灰色の粉がゆっくりと舞い、やがて床へ落ちていく。まるで、灰色の雪景色だ。


(……こんなに積もってたのね)


埃が落ち着くのを待って、今度は窓だ。分厚く曇ったガラスは、外の庭がかろうじて透ける程度にしか見えない。


水は、私の『水魔法』で出す。手のひらに水球を作り、バケツの上でぱしゃんと弾く。

洗剤をひと垂らし。雑巾を浸して、きつく絞る。


窓を雑巾で拭いていると、きゅいぃぃと、いい音が鳴った。


曇りが消えた一本の筋から、驚くほど澄んだ空が覗く。その筋を少しずつ広げていくと、寝室に差し込む光の色が、目に見えて変わっていった。


(……部屋って、こんなに明るかったのね)


バケツの水は、拭くたびに灰色に濁る。水球を足して、洗剤を溶かして、また絞る。その繰り返しだ。


一方のルーナは、というと。


「…………すぅ」


雑巾を握ったまま、立って寝ていた。


「寝ない! ケーキ!」


「はっ! ケーキ!!」


三分に一度は、このやり取りをしている気がする。


それでもルーナは、渋々ベッドの下へ潜り込んで、雑巾を動かし始めた。


「アトラちゃん、ベッドの下、なんかすごいことになってるぅ……」


のぞき込むと、そこには、お菓子の包み紙が地層のように積み重なっていた。


「……ルーナ。これ、まさか」


「あ、ソフィア種のお菓子の……えへへ、一年で食べきったやつ……」


「お城を賭けた代償が、ベッドの下のゴミの山なのね……」


「ゴミじゃないよぉ、思い出だよぉ!」


「ゴミよ! 全部捨てなさい!」


お読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下の【★評価】や【ブックマーク】で応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。