第12話 大掃除、のはずでした
寝室の掃除をなんとか終えた私たちは、廊下へと出た。
昨夜はかすかな月明かりだけで気づかなかったが、朝の光のもとで改めて見渡すと、そこは惨状そのものだった。
黒ずんだ燭台。分厚い埃が層になった窓枠。踏むたびにほこりが舞い上がる石床。
(そういえば……私が最初に目を覚ましたのも、この廊下だったわね)
とにかく、手前の部屋から順番にやっていくしかない。
(……たしか、目覚めたとき、どの部屋も固く閉ざされていたはずだけど)
「ルーナ、部屋の鍵はどこ?」
「鍵? どっかいっちゃった〜。魔法で開けるね〜」
ルーナが細い指先をかざすと、ガチャッ、と金属音がして、扉の施錠が簡単に解けた。
(相変わらず、こういう時だけはハイスペックね……)
◇◇◇
部屋に入ると、まずは分厚いカーテンを引き開けた。
「ひぎゃあぁぁ!? 太陽! 太陽がしみるぅぅ! 灰になっちゃう〜!」
「大げさね! 換気しないと、ほこりで死ぬわよ!」
そう言い返してから、ふと気づいた。
(……吸血鬼って、太陽が弱点なんじゃなかったかしら?)
「ねぇ、ルーナ。あなた、太陽を浴びたら本当に灰になるの?」
「え〜? なるわけないじゃん。私にそんなの効くと思う?」
「じゃあ、さっきの悲鳴は何だったのよ!」
「だって、眩しかったんだもん〜」
(……眩しかっただけって、紛らわしいわね)
脱力しつつも、手を止めるわけにはいかない。
呆れ顔のまま、埃を払い、拭き掃除をし、換気をする作業を黙々と繰り返した。
その後、同じ要領で3つの部屋を片づけて、続けて書斎に取りかかった。
書斎では、拭くたびに本の背表紙の金文字が、ひとつずつ浮かび上がっていく。ただ、本棚の上の段には、背伸びをしても手が届かない。
「届かない〜……」
「飛びなさいよ、吸血鬼でしょ」
「飛ぶの、めんどくさい〜……」
そう言いながら、ルーナはふわりと浮かび上がり、結局そのまま雑巾で拭き始めた。
(飛べるんじゃない……)
試しに棚から一冊手に取って開いてみたけれど、見たこともない複雑な記号と紋様が並んでいて、私には一行も読めなかった。
(……読めないわね。魔術書かしら、それともこの世界の言語?)
解読は後回しにして、ほこりを払い、本棚をピカピカに磨き上げる。
こうして、五つの部屋が、見違えるほど綺麗になった。
ほこりを払い、水拭きをして、窓を開けて風を通す。それを繰り返しているうちに、朝の光はとうに高く昇り、いつの間にか傾き始めていた。
(……この城、いったい何部屋あるのよ。まだ廊下の端にも着いていないのに)
視界の端の管理画面を見て、私はハァ……と深いため息をついた。
「評価、まだFのままね」
┌──────────────────
│ 【現在の施設状態評価】:F
│ 清掃済み区画:6
│ (寝室、書斎、部屋4つ)
│
│ 【評価更新条件】
│ 主要区画(大食堂)の清掃が未完了
└──────────────────
「大食堂……? ルーナ、この城に、大食堂なんてあるの?」
「あるよ〜。1階の、でっかい扉のとこ〜」
ルーナは雑巾を持ったまま、ふあぁ、とあくびをした。
(……なるほど、いま私たちがいるのは2階。移動時間すら無駄にはできないわね。階下へ降りるついでに、階段の手すりも拭きながら向かいましょう)
「よし、1階へ降りるわよ。ルーナ、手すりを拭きながら降りなさい」
「えぇ〜……歩きながら掃除〜……? めんどうだよーー……」
「ほら、手を動かす!」
◇◇◇
2階から1階へ続く大階段の手すりをピカピカに磨き上げながら降りきると、廊下の奥に、巨大な両開きの大扉が鎮座していた。
もちろん、鍵は紛失している。
ルーナが扉の鍵を開けるために魔法を使ってみる……が、びくともしない。
「あれ、開かない……なんでだろう?……」
横で雑巾を持ったルーナが、首をかしげた。
「建てつけが歪んでいるんじゃないの?」
「あ〜、思い出した〜。昔、パーティーがうるさかったから、封印したんだ〜」
「大食堂ごと封印したの!?」
「うん〜。だって勝手に使うんだもん、うるさいから封印しちゃった〜、解くときは、こう、パチンって」
ルーナはあくびをしながら、扉の前で指をパチンと鳴らした。
ガチャッ、と城じゅうに響くような金属音がして、何重にも施されていた魔導の鍵が、あっさりと解かれていく。
ギギギギギ……と、数百年ぶりに、巨大な扉が重々しく開いた。
隙間から、ドッと押し寄せてきたのは、湿った空気と、数百年ぶんのほこりの臭いだった。
私たちはマスク越しにでも、同時に鼻を押さえた。
「うわっ……なにこの重苦しい空気……!」
「けほっ! けほっ! 寝室よりひどいよぉ……!」
傾いた陽の光が、高い窓から斜めに差し込んでいる。その光の筋の中を、灰色の粉がゆっくりと舞っていた。
そこは、かつて何百人もの貴族が集まっていたであろう『大食堂』だった。
見上げるほど高い天井、長い木製テーブル、灰色の布をかぶったようなシャンデリア。
そのすべてが分厚いほこりと蜘蛛の巣に覆われ、放置された皿の上には、ひからびた食べ物がそのまま残されていた。
「広い……広すぎるわ。体育館がまるごと入りそう」
「アトラちゃ~ん、ここ掃除するの〜? むりだよ〜、広すぎるよ~………え、……ここ、全部拭くの?」
ルーナが、絶望した声で言った。
「……全部、拭くのよ」
答えた自分の声も、少し震えていた。ここが終われば、評価が上がる。
「あ、ねえ、アトラちゃん」
「なに」
「あれ、さっきからちょっとずつ大きくなってない?」
ルーナが指さしたのは、テーブルの向こう、部屋の隅に積もったほこりの山だった。
最初は、ただのほこり溜まりだと思っていた。けれど、よく見ると、確かに、少しずつ盛り上がっている。
ごそり。
「……今、動いたわよね?」
私がルーナに疑問を投げかけた。
「気のせい、気のせい。きっと風だよ〜」
ごそり。ごそり。
「「絶対、動いてる」」
2人の声が共鳴した。
私たちがぎょっとして雑巾を構えた、そのときだった。
――ゴゴゴゴゴ……っ!
大食堂の奥で、数百年ぶんのほこりが一斉に渦を巻き始めた。
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