第8話 アルカデア法典
私は立ち直り、ルーナに聞いた。
「……ねえ。署名はしたけど、今からでも『拒否します』って言えば取り消せないの?」
「あー、それはね……」
ルーナは抱き枕に顎を乗せたまま答えた。
「署名って、法典の力で縛られちゃうの。あとから拒否すると、『不戦敗』になって、お互い賭けてるものも全部向こうのものになっちゃうんだよ〜」
「賭けてるもの?……相手も何か賭けているの?まさか、そのお菓子じゃないわよね。」
「ん〜……? たしか……『ソフィア種の名』にかけて、とか言ってた気がする〜」
「……ソフィア種の名?」
「うん。なんかその……種族の未来だか、誇りだか、そういうの全部賭けるって、すっごい真剣な顔で言ってた〜」
私は言葉を失った。向こうは存亡をかけて来ている。こちらは、お菓子で署名した女王が一人だ。
「……ねえルーナ。法典の中身、もう一回ちゃんと教えてくれる? さっきは『双方の合意が必要』しか聞いてないわ。ルールを知らずに戦うなんて、契約書を読まずに署名するのと同じよ」
「うぅ……。説明、めんどくさいなぁ……。見たほうが早いよ〜」
ルーナは寝転んだまま指をひょいと動かし、半透明のウィンドウを私のほうへ押しやった。
──────────────────
【アルカデア法典(創造神のゲーム)】
1. すべての争いは双方合意した「賭け」によって行われる。
2. 非戦闘員への暴行・殺傷・略奪は固く禁ずる(違反者は即座に神罰)。
3. 支配領域・遺産に応じ『アルカデアポイント』を毎時支給。
4. 獲得したポイントは、あらゆる物質・技術と交換可能。
5. 勝利条件を満たした種族の代表に「次の神の地位」を授ける。
6. このルールは勝利条件が満たされるまで神であっても変更・介入できない。
──────────────────
私は一行ずつ、指でなぞるように読んだ。
「1番は、さっき聞いた通りね。戦うなら、お互いが賭けるものを決めて合意する。……2番は、戦えない人には手を出すなってこと?」
「そうそう。戦えない人を襲ったりしたら、神罰で一瞬で滅されるよ〜。だから、あらゆる戦いは『賭け』の相手同士だけでやるんだ〜」
「それは、ちょっと安心ね。3番と4番は……」
「3番が、毎時間ポイントがもらえる仕組みで、4番が、そのポイントでなんでも買える仕組みだね〜。私の城の生成が100 PTなのは、遺産としては……ええと……すごく少ないほう、だと思う」
「だと思うって何よ」
「あ、ははは」
(……この城には、まだ何かありそうね)
頭の片隅にメモを残して、最後の二行に目を移した。
「5番。『勝利条件を満たした種族の代表に、次の神の地位を授ける』……神?」
「うん、そういうゲームなの。それはまた今度ね〜」
「今度って、大事な話じゃない!?」
「今は眠くて説明できない〜」
(……後回しにしないでほしいけど、今日はもう頭が回らないわ)
私は6番に視線を戻した。
「『このルールは、勝利条件が満たされるまで、神であっても変更・介入できない』……。」
「そうだよ〜。神様でも、ズルはできないの」
「……ようはあなたの署名にも、誰も介入できないのね」
「うん。だから、頑張って勝つしかないの」
私はウィンドウを閉じ、ゆっくり息を吐いた。退路は、完全にふさがれている。
そこで、一つだけ、ずっと引っかかっていたことを聞いた。
「ねえ、ルーナ。もう一つだけ聞かせて。署名の件、お菓子に釣られたのは分かったわ。でも、戦いになるって分かってて、なんでそのまま受けたの? 負けたら城を失うのよ?」
ルーナはきょとんとして、それから、ふんすと胸を張った。
「だって、私が負けるわけないじゃん」
「……え?」
「だって私だよ?誰が来たって返り討ちだよ〜」
「…………」
私は無言で、ルーナの顔を見た。
つい数時間前まで「クラクラする」と言っていた吸血鬼を。
ベッドから起き上がっただけで沈没していた吸血鬼を。
百年も血を飲んでいなかったポンコツ吸血鬼を、私は冷ややかな目で見つめた。
「あんた病欠でしょうが!!」
「えっ」
「戦う前に、貧血で倒れるでしょ!その女王様が、どうやって返り討ちにするのよ!」
「だ、だって……血飲んだから、今は元気だし……」
「言い訳しない!!」
ルーナは「うぅ〜」と枕に顔を埋めて、ごにょごにょと呟いた。
「……だって、私強いんだもん……」
「……まぁ。あなたの『返り討ち』は、当てにしないでおく。その代わり、条件があるわ」
私はルーナを指さした。
「あなたも手伝うこと。寝てばかりは禁止よ」
「えぇ〜……それはちょっと……」
「手伝った分だけ、お菓子を出すわ」
「……がんばる」
即答だった。
(本当にちょろいわね……)
ほっとした途端、どっと疲れが押し寄せてきた。思えば、目が覚めてから今まで、一度も休んでいない。そこでようやく、自分の姿に目がいった。
服は埃まみれ。髪も肌も、うっすら灰色にくすんでいる。ベッドの上のルーナまで、毛先がほこりっぽい。
「……あなた、この埃の中でよく寝ていられたわね」
「あ、そうだった。ちょっと待ってね〜」
ルーナは寝転んだまま、パチンと指を鳴らした。
フワッ──と温かな光と清涼な風が二人の身体を包み込む。
「……え?」
驚く私を余所に、瞬時に全身の汚れと不快感が消え去り、服まで洗濯したてのようにサッパリと綺麗になった。
「えへへ〜。魔法『クリーン』だよ〜。毎日これでサッパリしてるんだ〜」
「便利な魔法ね……。これをお城全体にかけたら、一瞬で綺麗になるんじゃない?」
「あー、無理無理。『クリーン』は、自分と身の回りだけをきれいにする魔法なの」
あきれつつも、不快な気分のまま寝ずに済んだことには安堵した。
その後、燃え尽きたルーナはベッドに倒れ込むなり秒で爆睡した。
とはいえ、得体の知れないこの城に一人きりの部屋で寝る度胸もない私は、結局ルーナの部屋の隅にあるソファを間借りして一晩を過ごすことにしたのだった──。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下の【★評価】や【ブックマーク】で応援していただけると嬉しいです!




