第7話 初仕事は吸血!?
視界が戻ると、見慣れた豪華な寝室だった。
「──ふはぁぁぁあ!! やっぱりふかふかのお布団は最高だねぇ〜〜〜っ!」
ルーナは移動が終わった瞬間にダイブをかまし、すでにベッドの真っ只中で幸せそうに抱き枕を擦り寄せる姿勢に入っている。
「楽だったけど……楽だったけど……ッ! 1時間分のポイントがぁぁぁ……!」
胸を締め付けるような虚無感に襲われ、私は頭を抱えた。
100 PTの犠牲。
防衛セットの購入(15,000 PT)まで、これで確実に1時間の遅れが生じたのだ。
「まぁまぁ、アトラちゃん。そんなケチケチしないでさぁ、パーッと使っちゃいなよ〜。ほら、早くチョコ召喚して〜」
「するわけないでしょ! 1 PTたりとも無駄遣いしてたまるもんですか!」
理不尽なおねだりに怒りを爆発させつつも、私は大きく深呼吸をして思考を整えた。
視界の端に浮かぶステータスウィンドウとポイント生成状況を凝視する。
┌────────────────
│ 【拠点:遺産・古城】
│ 保有ポイント:9,900 / 1,000,000 PT
│ 生成ポイント:100 PT / 毎時間
│ 人口 :2 (ルーナ、アトラ)
└────────────────
「……まあいいわ。これで溢れて捨てられる心配はなくなったし、あと51時間……つまりふた日とちょっと待てば、確実に『城防衛基本セット(15,000 PT)』が買えるわ。」
ルーナが死体のように寝転がっている。
(そういえば、この子、事あるごとに「クラクラする」って言ってたわよね。ただの怠けだと思ってたけど……)
私は『解析』を、ルーナへ向けて発動してみた。
┌────────────────
│ 【名前】 ルーナ
│ 【種族】 吸血鬼 (詳細は開示できません)
│ 【スキル】 開示できませんでした
│ 【状態】 極度の吸血欠乏
└────────────────
「…………吸血欠乏?」
声が裏返った。
(この際、『開示できませんでした』はどうでもいいわ)
「ちょっとルーナ! 起きなさい! あなた、血を飲んでないの!?」
「んぁ……? なぁにぃ……」
「血よ、血! 吸血鬼でしょ! 最後に飲んだのはいつ!?」
ルーナは抱き枕に顔をうずめたまま、しばらく考えて、ぼそりと答えた。
「うーん、……百年…飲んでないと思う……?」
(そりゃクラクラもするわよ! 百年何も飲まずに女王業を続けてたなんて……いえ、続けてないわね、ずっと寝てただけだわ)
ただ、このまま放置すれば、敵襲の前にルーナが倒れかねない。戦力になるかは別として、唯一の同居人を失うわけにはいかなかった。
(血の代わりになるもの……ショップに、何かないかしら)
検索欄に『血』と打ち込んでみる。当然、物騒なものが山ほど出てきた。
『古代竜の生き血:1,000,000 PT』
『聖女の血液 :500,000 PT』
「高すぎるわよ!……あ、待って。これならどうかしら」
『保存用輸血血液パック(400ml):100 PT』
(また100 PT……、ルーナを見る。さっきより元気がない気がする。まぁ、しょうがないわね)
アトラがショップの購入を押すと、冷やされた半透明の血液が入ったポリエチレンパックとストローが現れる。
ルーナがひょぃと顔を見せる。
「……なにこれ。血だけど……袋に入ってるし、ストローついてるよぉ……? なんか吸血鬼の尊厳が……」
「早く飲みなさい! 地球の厳重な衛生管理と検査基準をパスした超高品質な血液よ!」
ルーナが嫌々ストローを口にくわえて吸う。
「……っ!? なにこれ、臭みが全然なくて、すっごくクリアな味わい……! 美味しい!!」
「献血してくれた地球人に感謝しなさいよね」
◇◇◇
ストローを咥えたまま、ルーナは最後の一滴まで血液パックを吸い切った。
「ぷはぁ……。あ、ほんとに元気出てきた……。こんなにクラクラしないの、何百年ぶりだろ〜」
ルーナの頬に、ほんのり赤みが差している。ベッドの上ですさまじいスピードでごろごろ転がる元気があるなら、話を聞いてもらえそうだ。
「ルーナ、さっきの話の続きをするわよ。襲撃の件」
「えー……。血も飲んだし、もう寝よ?」
「その前に確認。そもそも、この城はどうして狙われるの? これだけ立派なお城なんだから、ずっと一人で寝ていられたのが不思議なくらいなんだけど」
常識的に考えて無断侵略が横行しているなら、防壁も兵士もいないこの城はとっくに落城しているはずだ。
ルーナは抱き枕を抱え直し、あっけらかんと言った。
「ううん、そんなわけないよ〜。この世界には『アルカデア法典』っていう絶対のルールがあるんだよ〜」
「アルカデア法典……?」
「そう! 創造神が決めた世界の決まり事でね、双方が『戦います』って合意しない限り、絶対に戦争も侵略もできない仕組みになってるの。もし合意なしで攻撃したら、神罰が下って一瞬で消滅しちゃうんだ〜」
「……ちょっと待ちなさい」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で点と点が繋がった。
「それって……あなたが『戦いを拒否します』って言えば、相手は手を出せないってことじゃないの!?」
「うん、そうだよ〜?」
(────勝った!!)
私は思わず立ち上がり、ガッツポーズを決めた。
(なんだ! 15,000 PTの防衛セットを買ってガチガチに迎撃準備なんてしなくても、門を固く閉ざして『拒否』すれば1 PTも使わずに解決するじゃない!!)
「なーんだ! 先に言いなさいよ! じゃあ攻めて来ないじゃないの! ああ良かった、これでポイントも温存できるわ〜!」
安堵の笑みを浮かべる私。
……だが、ふとルーナを見ると、彼女は気まずそうに視線を泳がせ、抱き枕の角をちびちびと引っ張っていた。
「……ルーナ?」
「……えっとね? あはは……」
「嫌な予感がするから笑って誤魔化さないで説明しなさい!!」
「…………」
「こっちを見なさい」
「…………えへ」
「えへ、じゃないわよ! 何をしたの!?」
「あのね……。しばらく前に、ソフィア種っていう種族が来たの」
ルーナは目を泳がせながら、指先で枕の端をいじった。
「その人がね、すっごくおいしそうなお菓子を持ってたんだよ。『ここに署名してくれたら、全部差し上げます』って言うから……」
「署名したの!?」
「悩んだけど、だって、おいしそうなお菓子だったんだもん! ふわふわで、口の中でとろけるやつ!」
私はこめかみを押さえた。ルーナは、もじもじしながら続ける。
「あとで思い出して見てみたらね……『遺産・古城を賭けた防衛戦に合意する。開始は署名から10年後』って書いてあって……」
「……10年後」
「うん。あと10年後まで、あと4日だよ〜」
「お菓子で城を賭けたの!?」
「だってお菓子100年分だよ」
「そういう問題じゃないわよーーーーー!!!!」
古城の静けさを完全に切り裂く私の魂の叫びが、豪奢な寝室に虚しく響き渡った。
……だが、ルーナは私の絶望などどこ吹く風で、追撃とばかりに口を開いた。
「でもね、1年で全部食べちゃった」
「…………」
一瞬、思考が完全にフリーズした。
あまりの残念過ぎる情報に頭を抱え、そのまま床へ崩れ落ちる。
15,000 PTの防衛セットを買わなきゃいけない理由は、このぐうたら女王の底なしの食い意地と、ポンコツすぎる自爆のせいだったのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ルーナのポンコツっぷりや、ふたりのやり取りに少しでも笑っていただけたら、
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