第6話 専属お世話係
額に触れたルーナの小さな指先から、淡く温かい光がじわりと広がっていく。
「……名前?」
「そう。いつまでもお世話係じゃ、呼ぶときに面倒でしょ?」
意外にも、ちゃんとした理由を口にするルーナ。
ルビー色の瞳が、どこか神聖な光を宿してじっと私を見つめている。
「ん〜…………」
……と思ったら、やっぱりノープランだったらしい。ルーナは顎に手を当てて、ん~と唸り始めた。
しばらくして、ぱっと顔を上げる。
「よし、決めた! あなたの名前は『アトラ』! 今日からあなたはアトラよ!」
「アトラ……」
口の中でその響きを確かめる。不思議と、しっくりときた。
次の瞬間、私の脳内に先ほどこの空間で聞いた重厚な声が割り込んできた。
『――個別名:アトラの登録を確認』
『――対象に【異界の知識】を検出。適性職業の審議を開始します――』
(職業……? 一体何を選ぶつもりなの?)
「世界の声」とでも呼べばいいのだろうか。
その声が何やら大層な職業を選定しようとした、その時――。
「ちょっと、審議なんてややこしいのどうでもいいでしょ! アトラは私のお世話係なの!」
ルーナが「むっ」と眉をひそめ、何かをペシッと手で払いのけた。
すると、信じられないことが起きた。
『――ガガッ……システム介入を検知……判定を上書きし、職業を【ルーナ専属お世話係】に変更します』
『――既存の【地球の知識】に加え、【システム介入(限定)】【解析】【水魔法】を獲得しました』
「……え?」
私の口から、間抜けな声が漏れた。
目の前で起きた現象が、あまりにも理解の枠を超えていたからだ。
今、世界の声が、あからさまな「ノイズ」を起こして決定を撤回した。
――それも、目の前のルーナの手によって。
(世界の声って……個人の我が儘で書き換えられるものなの……!? ……それにスキルを追加ってどういうこと???……ルーナはいったい、何者なのよ……!?)
「どうよ、アトラ! 無事に私のお世話係に決定したわね!」
当のルーナは、満足そうに両手を腰に当てて胸を張っている。
視界に浮かび上がるステータス画面を、私は引きつった顔で凝視した。
┌──────────────────
│ 【名前】 アトラ
│ 【種族】 人種(異界)
│ 【職業】 ルーナ専属お世話係
│
│ 【スキル】
│ ユニークスキル
│ ・『地球の知識』
│ ・『システム介入(限定)』
│ スキル
│ ・『解析』
│ ・『水魔法』
└──────────────────
「……本当に『お世話係』になってるわ……。それに、スキル……?」
『解析』に『水魔法』。
さらによく見ると、ユニークスキルの欄に私になぜか馴染みがある『地球の知識』と、なんとも物騒な『システム介入(限定)』なんて項目まで追加されている。
「まあ、私の名付けなんだから、それくらいのスキルは当然よ!」
ルーナがふふんと鼻を鳴らして誇らしげに胸を張る。
試しに手元で『水魔法』を発動させてみると、手のひらの上に綺麗な水の球体がふわふわと浮かび上がった。
「わ、本当に水が出た……!」
手のひらの上で揺れる水の球体を見て感動していると、それまで神聖な(?)雰囲気を漂わせていたルーナが、急に「ふあぁぁぁ……」と盛大なあくびをした。
そのまま、糸が切れた人形のように石床へペタンとへたり込む。
「あー……なんか急にどっと疲れてきた……。頭使ったらお腹減ったし、もう歩けないー……」
「急にポンコツに戻らないでよ! 一体どこに頭使ったのよ!?」
「名付けしたし……書き換えたし……。ほら、チョコの糖分も切れちゃった……」
抱え込んでいたチョコの箱をのぞき込み、空っぽなのを確認すると、ルーナは「うぅ〜……」と泣きそうな顔で私を見上げてきた。
「アトラちゃ~ん……もう一歩も動けないから、私をおんぶして上まで連れてって……」
「無理に決まってるでしょ! 私だって記憶喪失の貧弱な体なのよ!?」
出口の方向を振り返ると、そこには漆黒の闇の中へどこまでも続く、見上げるような長大な石段が佇んでいる。
(……はぁ。この階段を登るの、正気じゃないわね……)
へたり込んだまま「ここで暮らす〜」「お布団持ってきて〜」とだだをこね始める吸血鬼女王。
困り果てた私は、目の前に『ショップ画面』を開いた。
(何か……楽に帰れる道具はないかしら……)
検索欄を繰り、移動系のアイテムを探す。
すると、目的にピッタリのアイテムが見つかった。
『移動の使い切りスクロール(保有領地限定):100 PT』
「あ、あった……! 読めば一瞬でワープできるアイテム!」
「えっ!? ホント!? ワープしたい! ワープ一択!」
目を輝かせるルーナ。だが、私の指は購入ボタンの上でピタリと止まった。
(……待って。100 PT……!?)
猛烈な葛藤が、私を襲った。
(4日後の敵襲までに防衛セットを買うには15,000 PT必要なのよ……! 今の生成速度は毎時100 PT。つまり、このスクロール1枚で丸々1時間分のポイントが吹き飛ぶってこと……!?)
「アトラちゃ~ん? 早く使ってよ〜。お布団恋しいよ〜」
のんきに催促してくるぐうたら女王を見下ろす。
100 PTをケチって、この動かない吸血鬼を引きずりながら階段を自力で登るか。
それとも、貴重な100 PTを犠牲にして一瞬で楽を手に入れるか。
(くっ……! 1 PTたりとも無駄にしたくないのに……! でも、この子を担いで登ったら私の命が持たない……!)
「……うぁぁぁ……!!」
断腸の思いで購入ボタンをタップした。
『――100 PTを消費し、【移動の使い切りスクロール】を購入しました』
残高が減る表示に心がズキズキと痛む。
現れたスクロールを手で力任せに破り捨て、
「……『ルーナの寝室』へ!」
叫ぶように唱えると、眩い光が私たちを包み込み――次の瞬間、視界が一変した。
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