第5話 祭壇よりチョコです
ルーナが大扉に手をかけ、押し開ける。
見るからに重たそうな石の扉が、ルーナの細い腕で拍子抜けするほどあっさりと動いていく。
ギギギ……と鈍い音を立てて開いた先には、城の上の廃墟ぶりからは想像もつかない、幻想的な空間が広がっていた。
天井から垂れ下がるむき出しの無数の鉱石が、かすかな青白い光を放ち、周囲をほの暗く照らしている。
その広い空間の最奥に――重厚な石造りの台座と、どこか荘厳な雰囲気を纏った神像らしきものが佇んでいた。
その像が両手で大切そうに抱きかかえているのは、青白く光り輝く巨大な水晶だ。神像の顔は長い年月で削られていたのか、輪郭がぼやけて、表情までは読み取ることができない。
足元の床には、見たこともない文字が円を描くように刻まれていた。
「ここが……『祭壇』……」
神秘的でひんやりとした静寂に包まれ、私は思わず圧倒されていた。
城の上は埃がすごいのに、この空間だけは空気が澄んでいる。まるでここだけ別の時間が流れているみたいだ。
だが私をよそに、ルーナは恐ろしい速度で神像の前へと進んでいった。
「チョコ……チョコ……チョコレート……!」
うわ言のようにブツブツと呟きながら、すでに神像の見上げる足元でソワソワと足踏みをしている。神秘的な空間など、チョコの誘惑の前には1ミリも通用しないらしい。
私は慌てて後を追い、神像の足元に並んだ。
「ねぇ、ルーナ、解放って具体的に何をするの?供物とかささげるの?」
「ん~?手をかざしてお願いするだけ~」
「それだけ?本当に、それだけでいいの?」
「うん、それだけ。でも、ここまで降りてくるのが、ほんっとうに面倒でさぁ……」
「結局そこなのね……」
私が呆れて肩を落とすと、ルーナはぴたっと足踏みを止め、バッとこちらを振り返った。
ルビー色の瞳をうるうるさせながら、私が持っているチョコレートの箱をじーっと見つめてくる。あからさまな「今すぐ頂戴」のアピールだ。
「はいはい、落ち着きなさい。ちゃんと解放してくれたらあげるわよ」
「…………」
「そんな目で見ても、先払いはしないからね」
「…………」
「………………わかったわよ。じゃあ先に1個だけ。残りは、解放してからね」
あまりの執着ぶりに苦笑しつつ、私は箱を取り出し、前払いとして一粒のチョコレートをルーナの手のひらに置いた。
「わあぁ……っ! チョコ……!」
ルーナは宝石でも扱うかのように両手で包み込むと、そのまま口の中へと大事そうに放り込んだ。
「んむぅ〜〜〜っ……!! おいひい……天国……ここが天国……!!」
両頬を押さえて幸せそうにトロトロの笑顔を浮かべるルーナ。あまりの神聖な(?)表情に、見上げている神像もどこか気まずそうだ。
「恍惚としてないで、早く上限解放して! 終わったら箱ごと渡すから!」
「はーい……! チョコのために、上限解放ー!」
ご機嫌になったルーナが、神像が抱く青白い巨大水晶へと手をかざした。その仕草には、まったく迷いがなかった。普段のだらけた仕草とはどこか違う、洗練された動きに見えて───一瞬だけ息をのむ。
次の瞬間、水晶が眩いばかりの光を放ち、地下室全体を明るく照らし出した。それと同時に、この空間全体に無機質で重厚な声が響き渡る。
『――管理者認証を確認。魔力核との同期を完了しました』
『――個体名:ルーナがポイント保有上限拡張を要請』
『――承諾されました』
(……今の声、どこから?水晶が話しているというより、この空間そのものが話してるみたい)
目の前に浮かぶ透明なステータスウィンドウの数字が、光の粒子とともに書き換わっていく。
┌───────────────
│ 【拠点:遺産・古城】
│ 【保有ポイント】 10,000 / 1,000,000 PT
│ 生成ポイント:100 PT / 毎時間
│
│ 【通知】
│ ポイント上限:10,000 PT ➔ 1,000,000 PT
└───────────────
(よし……!! 100万ポイントまで貯められるようになったわ! うれしい誤算ね、こんな貯められるようになるなんて……!)
「ふふ〜ん、どう? 私だって本気を出せばこれくらい余裕なんだから!」
約束通り残りのチョコの箱を渡すと、ルーナはそれを大切そうに胸に抱えてドヤ顔を決めた。
「えへへ~、全部私の~」
箱に頬ずりする銀髪の女王。威厳はどこにも見当たらないが、まぁ、幸せそうなので良しとしよう。
(……チョコを食べて、ただ手をかざしただけなのに。一体何の苦労があったというの)
「はいはい、ご苦労様でしたこと。これでやっと防衛の準備ができるわ」
ホッと胸を撫でおろし、地上へ戻ろうと踵を返そうとした、その時。
「あ、そうだ」
ルーナがふと思い出したように、私の服を引っ張った。
「ポイント上限も無事に増えたことだし……次は、私のお世話係に『名前』をあげなくちゃね」
「え……? 名前……?」
振り返る私の額に、ルーナが小さな指先をそっとかざした。
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