第40話 小さな確信
「まずは、ショップを見ましょう」
バルコニーのテーブルの前に座って、画面を呼び出す。食品欄をスクロールしていくと、お目当ての商品はすぐに見つかった。
【魚のホイル焼き】 5 PT
「あった」
「アトラちゃん、これ、おさかな?」
ルーナが、私の肩に顎をのせて画面をのぞき込む。
「ええ。魚を、銀色の紙で包んで焼いたものよ。包んだまま食べるの」
「紙ごと食べるの~?」
「食べないわよ。開けて、中身の魚だけ食べるの」
「ふ~ん……?」
よく分かっていない顔だった。まあ、見れば分かるだろう。
私は数を二つにして、さらに隣の項目へ指を滑らせた。
【ごはん(白米)】 1 PT
これも二つ。
「アトラちゃん、ごはんって、なぁに?」
「ごはん?」
ルーナが、画面の文字を指でちょんとつつく。
「ごはんって、食事のことでしょ~? これは、食べ物の名前なの~?」
「ああ、そうね。ややこしいわね」
私は少し考えた。
「これは、お米っていう穀物を炊いたものよ。パンみたいなものね」
「パン!」
ルーナの瞳が、ぱっと輝いた。……かと思うと、すぐにしゅんとなった。
「……パンかぁ~」
「あれ、嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど~……パンって、かたいんだもん」
ルーナは、深々とため息をついた。
「かたくて、ぱさぱさで、スープにひたさないと食べられないやつでしょ~」
「それは、この世界のパンの話ね」
「え?」
「地球のパンは、ふわふわなのよ」
「ふわふわ~!?」
「焼きたては、あったかくて、やわらかいの」
「パンなのにやわらかい!? ……食べてみたい~」
「じゃあ、今度はパン食べましょうね」
「やったぁ~」
ルーナが、両手を挙げて喜ぶ。その無邪気な顔を見ていたら、つい、口が滑った。
「地球にはね、おいしいパンがたくさんあるのよ。ウインナーパンとか」
「ウインナー?」
「お肉を細く詰めた、腸詰めのことよ。それをパンに巻いて焼くの。ふわふわのパンに、あったかいお肉」
「パンに、腸詰め~~!?」
ルーナの目が、まん丸になった。口の端から、よだれがつぅっと光る。
「こら、よだれ」
「だって~……ウインナーパン……」
うっとりとした顔で、ルーナはその言葉を、何度も繰り返している。
「ウインナーパン……ウインナーパン……」
「今日はだめよ。デイリーポイントが足りないんだから。また今度ね」
「は~い。……あしたは?」
「あしたは、勝ってたらね」
「じゃあ、がんばる~!」
食い意地の張った決意表明だった。まあ、やる気が出るなら、何でもいい。
私はショップの画面に目を落とす。
┌─────────────────
│【購入確定】
│
│・魚のホイル焼き × 2 10 PT
│・ごはん(白米) × 2 2 PT
│
│小計:12 PT
│
│ デイリー生活PT 12 PT
│
│【デイリー生活PT残高】:4 / 20 PT
└─────────────────
[購入確定]を押そうとした、そのとき。
「…………」
背中にかかっていた重みが、すっと消えた。振り返ると、ルーナが目を丸くして、画面と私の顔を交互に見ている。
「……何?」
「アトラちゃん」
ルーナの顔が、ずい、と近づいてきた。
「えっ、ちょっ――」
こつん。
額と額が、軽くぶつかる。息がかかりそうな距離に、ルーナがいる。
「熱、あるの~?」
「な、ないわよ……」
(……近い)
長いまつげ。透き通るような白い肌。さらさらの銀髪が、私の頬にふれた。
(改めて見ると、本当にきれいね……)
ぐうたらで、食いしん坊で、すぐ寝る。そんな中身を知っていても、こうして静かにしていれば人形のように整った顔立ちで、思わず見とれてしまった。
「う~ん……熱は、ないみたい~」
ルーナが、ひょいと額を離す。
「だって、朝は4 PTしか使ってなかったのに~。いきなり、12 PTって……」
ルーナは手を離すと、今度は私の頬をむにっとつまんだ。
「ひゃひゃひゃひゃい(やめなさい)」
「にせもの? アトラちゃん、にせものなの~?」
「本物よ!」
つままれた頬をさすりながら、見とれていたのをごまかすように、私は咳払いをした。
「どうしても、魚のホイル焼きが食べたいのよ!」
「アトラちゃんが、へんになっちゃった~……」
「失礼ね! ……押すわよ」
ぽちっ。
◇◇◇
光の粒子が舞って、テーブルの上に、二つの銀色の包みが現れた。そのまわりに、ほかほかと湯気を立てる白いごはんの茶碗、そして、箸とフォーク。
「わぁ~、すご~い!」
ルーナが、身を乗り出す。
「これが、ホイル焼き? 」
「こら、まだ触っちゃだめ。熱いわよ」
「ふぅ~ん…………あ」
銀色の包みを見つめていたルーナが、ぽん、と手を打った。
「これ、さっきの傭兵さんの鎧に似てる~。ぴかぴかで、ぜんぶ包んじゃってる~」
「…………」
箸を取ろうとした手が、一瞬だけ、止まった。
「……そうね。似てるかもね」
私は何でもないふうに答えて、包みの端をそっとつまんだ。
「開けるわよ。顔を近づけちゃだめ。湯気が出るから」
「は~い」
ぱり、と銀色の紙を開く。
ぶわっ、と、白い湯気が立ちのぼった。
バターの香り。ふっくらと火の通った魚の身と、きのこの湯気。紙の中に閉じ込められていた熱が、一気にあふれ出す。
「わぁ~~! いいにおい~!」
ルーナが、鼻をひくひくさせる。
私は、立ちのぼる湯気を、じっと見つめていた。
(外側は、ただの銀色の紙。それなのに、熱は逃げないで、ずっと中にこもる。中に包まれたものは、じわじわと蒸されていく――)
口元が、勝手にゆるんだ。
(……やっぱり、これよね)
「アトラちゃん? 食べないの~?」
「食べるわよ。いただきます」
「いただきま~す!」
ルーナは、フォークで身をほぐして、ふぅふぅと息を吹きかけてから、ぱくり。
「……んん~~~っ!」
足をばたばたさせる。
「ほくほく~! バターが、じゅわって~!」
「でしょう?」
「じゃあ、こっちも……」
ルーナは、湯気を立てる白いごはんを、フォークでおそるおそるすくった。数粒が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
「あれ? かたくない! ぱさぱさもしてない~!」
「だから、お米だって言ったでしょう。おかずと一緒に食べてみなさい」
「おかずと……?」
言われるまま、魚の身とごはんを一緒にフォークにのせて、ぱくり。
そして、ルーナの動きが、ぴたりと止まった。
「…………」
「どう?」
「……おいしい~」
目が、まん丸になる。
「それで、もちもちしてて、おさかなの味を、ぜんぶ受け止めてくれる~! なにこれ~!」
「お米は、おかずを引き立ててくれるのよ」
「ごはん、すき~!」
ルーナは、夢中になってフォークを動かしはじめた。
私も一口、身をほぐして口に運ぶ。やわらかい魚の身が口の中でほろりとほどけ、濃厚なバターの香りときのこの旨みが、ご飯に驚くほどよく合った。
「……おいしい」
「アトラちゃん、大盤振る舞いしてよかったね~」
「ほんとね」
思わず、満足感から笑みがこぼれた。
AI挿絵を活動報告にまとめてみました。
20話まで https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3143286/blogkey/3736133/
40話まで https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3143286/blogkey/3736135/
ぜひ見てね~
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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