第39話 勝利への一筋の光
「……っ!」
私は思わず、タッチパッドから手を離して、一歩後ずさった。
録画された映像。それは過去のものであり、今ここで直接見られているわけではない。理屈では分かっているのに、画面越しのその獰猛な笑みは、私の心臓を鷲掴みにするほどの威圧感を放っていた。
「アトラちゃん、どうしたの〜?」
「あの男……今、絶対にカメラに気づいて笑ったわよね……?」
「うーん……そうかな〜?」
ルーナは首をかしげて画面をのぞき込む。
「ちっちゃい鳥さんかコウモリさんが飛んでるな〜って、ただ見上げただけじゃない?」
「違うわ。あの目は、ただの獣や魔物を見る目じゃない。明らかに見られていることを悟った上で、こっちを挑発してきたのよ」
私は震える指をもう一度タッチパッドに乗せ、映像を少し巻き戻して停止させた。
画面の中央に映る、岩のような大男。
「『解析』!」
画面越しにステータスが見えるか分からなかったが、祈るような気持ちでスキルを発動した。
ピコン、と音がして、半透明のウィンドウが展開される。
┌──────────────────
│ 【対象詳細:ヤルバート】
│ ・分類:獣人種(混血)/傭兵団頭目
│ ・脅威度:★★★★☆(準英雄級)
│
│ 【スキル】
│ 映像からの解析のため、詳細なスキルの
│ 情報を取得できません。
└──────────────────
「……やっぱり。灰の都市の情報にあった、準英雄級の頭目ヤルバートね」
「じゅんえいゆうきゅう〜? 強いの?」
「この世界でどれくらい強いのかは分からないけど……少なくとも、簡単にどうにかできる相手じゃないわ。しかも周りには、あの重武装傭兵たち百人もいる」
私はパソコンの画面をパタンと閉じた。これ以上あの男の顔を見ていたら、せっかく奮い立たせた勇気が萎んでしまいそうだったからだ。
「……作戦を、もっと詰めないとダメね」
「アトラちゃん、お顔が怖いよ〜。眉間にシワ寄ってる〜」
ルーナが私の額を、指でつんつんと突いた。
「……余裕がないのよ。相手は歴戦のプロ。正面からぶつかれば、あっという間に蹂躙されるわ」
「だからぁ、いざとなったら私が……」
「ダメって言ったでしょ!」
私はルーナの言葉を遮り、まっすぐに見つめ返した。
「ルーナには、誰も殺させない。私たちの作った罠で、時間を稼ぎ切るのよ。半日逃げ切れば私たちの勝ちなんだから」
「うぅ……アトラちゃんがそこまで言うなら……」
ルーナは不服そうに口を尖らせつつも、大人しく引き下がった。
私は腕を組み、深く考える。
保有ポイントは約1,000 PT。明日の正午の開戦までに毎時200 PTが加算されるから、あと4,800 PTは増える計算になる。
合計で約5,800 PT。
決して少なくはない。けれど、相手は百人の重武装傭兵だ。強力な魔物を大量に召喚したり、圧倒的な火力を持つ兵器を購入したりするには心もとない。
手元にあるポイントをどう使えば、あの重装兵たちを無力化できるのか。
そもそも、彼らを全員倒す必要はない。
必要なのは、半日間この城を守り抜くこと。
ならば、敵を倒すことにこだわる必要はない。動きを止め、進軍を遅らせ、時間を稼げればいい。
(……何か方法があるはず)
私は頭をフル回転させ、思考の海へと潜り込んでいく。
――だから、私の耳には届いていなかった。
「……うぅ~ん。そんな強そうに見えないけどな~」
ルーナが、私には聞こえないほどの小さな声で、ポツリと呟いた言葉は。
◇◇◇
どれほど考え込んでいただろうか。
(……高額な召喚魔物や強力な武器を買う余裕なんてないわ。今あるポイントで購入できるものの中に、あの重装兵たちを足止めできるものはないかしら……)
「アトラちゃ~ん……アトラちゃ~ん……アトラちゃん!」
「…………」
「もう! そんなに悩んでいないで、少しくらい私と話してよ!」
ルーナは頬をぷくーっと膨らませた。
「もういいもん。ホネホネさんたちとお話しするもん」
そう言うと、ルーナは私の返事を待つことなく、骸骨兵士たちの方へと向き直った。
「うーん……それにしても、こんなに硬い鎧を着込まれちゃったら、ホネホネさんたちの攻撃はぜーんぶ弾かれちゃうね~」
ルーナののんきな言葉に、ユニークスキルの『虚栄』を持つ骸骨兵士が、いかにも悔しそうにガックリと肩を落とした。
(……硬い鎧。そういえば)
私は急いで畳んでいたパソコンを開き、録画した動画を再確認した。
改めて見ても、多種多様な種族だ。
だが、彼らには明確な共通点があった。銀色の金属板を何枚も重ねたような、重厚な鎧。肩には大きな肩当て、胸には共通の紋章のようなものまで刻まれている。
――金属の全身鎧。
――逃げ場のない、地下への長い階段。
(……待ちなさい)
頭の中の地球の知識から引き出された断片が、急速に結びついていく。
金属は熱を伝えやすい。
重い鎧を身に着けていれば、ただ動くだけでも体力を消耗する。全身を覆う装備は動きを制限し、暑い環境では身体の熱を逃がす妨げにもなる。
そして、あれほど重厚な鎧を、敵地で簡単に脱ぐわけにもいかないだろう。
(重い鎧を着たまま、長い階段を進まなければならない……)
私は動画を一時停止し、画面に映る傭兵たちの姿をじっと見つめた。
もし、あの階段が彼らにとって過酷な場所だったら?
もし、進めば進むほど体力を奪われるような環境だったら?
(……いけるかもしれない)
頭の中で、いくつかの考えが形になり始める。
まだ確信はない。実際にできるかどうかも分からない。けれど、正面から戦う以外にも方法はある。
相手の装備も、地形も、こちらにとって不利な条件ばかりではないはずだ。
(そうよ……別に、まともに戦う必要なんてないんだわ)
「ルーナ! いけるわ!」
「どうしたの? アトラちゃん。急に大きな声出して?」
「思いついたのよ。傭兵団を撃退する方法を!」
「そう。おめでとう」
ルーナは若干引いたように答えた。
「まずはお昼にしましょう」
「えぇ、やったぁ~! アトラちゃん、何食べる~?」
「決まってるわ。魚のホイル焼きよ」
お読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下の【★評価】や【ブックマーク】で応援していただけると嬉しいです!




