第38話 空からの目
羽音は、みるみるうちに近づいてきた。
バルコニーの手すりに、さきほど飛び立ったカメラ付きのコウモリが舞い降りた。
「あっ、コウモリちゃん~!」
ルーナが、うれしそうに出迎える。
「きゅい~!」
その元気な鳴き声を聞いて、私はほっと深く胸を撫でおろした。
「おかえり。無事でよかった」
差し出した指に飛び移ったコウモリの胸元で、カメラの赤いランプが、ちかちかと点滅している。
「ありがとう。よくがんばったわね」
頬のあたりを撫でてやると、コウモリは、くすぐったそうに目を細めた。
ベルトを外して、カメラからSDカードを抜き取る。
(……ちゃんと撮れてるかしら)
ルーナが、横から顔をのぞかせた。
「アトラちゃん、緊張してる~?」
「してないわよ」
「ほんとに~?」
「……ちょっとだけよ」
苦笑して、パソコンの差し込み口に、SDカードを差し込む。
画面に、エクスプローラーが開いた。
【動画ファイル:1件】
「……ある」
息をのんで、タッチパッドを指で二回、そっと叩く。
画面が、一瞬、暗くなる。それから、ぱっと青い空が広がった。
「わぁ……!」
隣で、ルーナの声がはずんだ。
映像の中に、私たちが今いる古城が映っていた。
四方の隅に、石造りの塔がそびえ、その中心に本館。城壁の内側には、荒れ果てた庭園が広がっていた。上から見ると、思っていたよりもずっと広い。
映像は、ゆっくりと城の周りを回っていく。やがて、画面の端に、バルコニーが見えてきた。
小さな人影が、二つ映っている。
「あ! あれ、私たち!」
ルーナが、画面を指さした。
手すりにもたれて、空に向かって手を振っている銀髪の少女。その隣で、祈るように空を見上げる黒髪の少女。
「あれ、アトラちゃんでしょ~? こっちが、私だ~!」
「そうね……」
「見て見て、アトラちゃん。私、手振ってる~」
映像の中のルーナが、空に向かって、ぶんぶんと手を振っている。コウモリが飛び立ったときの様子だ。
(……そんなことしてたの、ルーナ)
「うわぁ、すごい。私が、あんな風に見えるんだ~。ちっちゃいね~」
ルーナは、画面に顔をくっつけるようにして、目を輝かせていた。
「この動き、ほんとに私なの~? なんか、ちょっと変な感じ~」
「それより、ルーナ。先を見たいの」
「えぇ~、もうちょっと見ようよ~。自分たちが映ってるの、おもしろいもん~」
ルーナは、名残惜しそうに、画面から離れようとしない。
「そんなことはいいから」
私は、キーボードに指を伸ばした。
「今は、偵察の映像を確認するのが先でしょう。城の上を飛んでいるところは、飛ばすわ」
「あ~、待って~!」
早送りのキーを押すと、画面の中の映像が、ものすごい速さで流れていく。
「あぁ……私たちが……」
ルーナが、しょんぼりと肩を落とす。
「あとで、もう一回見せてあげるわよ」
「ほんと~?」
「ええ。偵察映像を、見終わったあとでね」
「やった~!」
あっさり機嫌を直したルーナを横目に、私は、画面に目を戻した。
映像は、庭園を越えて、城壁の上を抜けていく。そして、黒々とした森の木々が、画面いっぱいに広がった。
「……ここからね」
早送りを止めて、通常の速さに戻す。
木々の上を、コウモリはゆっくりと飛んでいく。その先に、細い煙が何本も立ちのぼっているのが見えた。煙の下には、天幕がいくつも並び、人が何人も動いている。
「……いた。一時停止するわよ」
私は急いで、一時停止のアイコンにカーソルを合わせて、タッチパッドを叩いた。
映像が、ぴたりと止まる。
画面に、野営地が映っていた。森の木々のあいだに天幕がいくつも張られ、その間を、たくさんの人が行き来している。
私は、画面を拡大した。
焚き火のそばに座っている、ふさふさの耳としっぽを持つ者。全身が緑がかった鱗に覆われた者。背が低くて、がっしりとした体つきの者。尖った耳を持つ、細身の者。
「……獣人、蜥蜴人、ドワーフ、エルフ……」
(本当にいろんな種族がいるのね)
ここが異世界だということは頭でわかっていたけれど。こうして映像でまざまざと見せつけられると、改めて現実を突きつけられた気分になる。
「いろんな種族がいるね~」
「ええ。前に解析して分かってたけど」
実際に映像で見ると、その異様なまでの多様さがあらためて伝わってきた。
さらに画面を見つめていると、ある違和感に気づいた。野営地を歩く人たちの『装備』だ。
「……ねぇ、ルーナ。あれ、鎧よね?」
「うん~。ぴかぴか光ってるね~」
もう一度、映像を止めて、鎧の部分を拡大した。
銀色の板を何枚も重ねたような、重厚な鎧。肩には、大きな肩当て。胸には、共通の紋章のようなものまで刻まれている。
「……鎧が、銀色ね。しかも、全身が覆われてるわ」
「ほんとだ~。かたそう~」
「傭兵団って、もっと、軽装のイメージだったのに」
地球の知識にある傭兵といえば、動きやすさを重視した革の防具やバラバラの装備が多いはずだ。けれど画面の中の彼らはまるで違う。重く高価そうな鎧を、堂々と着こなしている。
「……どこかの国の騎士みたい」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
画面の中の人たちは、焚き火のそばでくつろいでいるように見えて、どこか動きに隙がない。種族はばらばらなのに、軍隊のような統率が取れていた。
そのとき――映像の端に、ひときわ異彩を放つ巨躯が映り込んだ。
岩のような肩幅。無数の古傷が刻まれた丸太のように太い腕。周囲の傭兵たちより頭一つ……いや、二つは大きい。
焚き火の傍らに座って酒を飲んでいたその大男が、ふいに、顔を上げた。
画面越しに、視線が交差する。
(……気づかれた?)
録画された過去の映像だと分かっているのに。
まるで今、目の前で見下ろされているような錯覚に陥り、背筋に冷たいものが走った。
息を呑んで硬直する私へ向けて――画面の中の大男は、獲物を見つけた獣のように、にやりと獰猛な笑みを浮かべた。
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