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第35話 はじめての電気

「うぅ……さむいよ~。お布団……返して~」


「寒くないわよ。もう朝なんだから」


ベッドの上で丸くなってしぶるルーナを、私は、ベッドの縁に座らせた。それから、寝室の椅子を引き寄せて、ショップの画面を呼び出す。


「買い物は、ここで全部済ませるわ。ルーナは、そこで座ってて」


「は~い……ふぁぁ……」


あくびをするルーナを横目に、『カメラ用品』と『発電』のカテゴリを、順番に開いた。必要なものを、一つずつ、カートに入れていく。


───────────────

【偵察システム:購入リスト】

・カメラ(小型・SDカード式)   30 PT

・SDカード(64GB)        5 PT

・ノートパソコン        1,000 PT

・ソーラーパネル(100W)    600 PT

・ポータブル電源(小容量)    500 PT


 合計:2,135 PT

───────────────


「……合計、2,135 PT。ポイントは、3,214 PTだから、足りるわね」


「たくさんだね~」


「ええ。でも偵察のためよ」


[購入確定]を押した。


光の粒子とともに、ベッド脇の床に、いくつもの荷物が現れた。


「わぁ、いっぱい出てきた~。この板、おっきい~」


ルーナが、ベッドから降りて、黒い板をぺたぺたと触った。


「ソーラーパネルよ。太陽の光を電気に変える板なの。こっちは、電気を貯めておく箱」


「ふぅん~。お日様の力を、食べるんだね~」


「食べる、というより……まあ、そんな感じね」


否定しきれなくて、苦笑する。ルーナの説明のほうが案外分かりやすい。


「これを、日当たりのいい場所に置かないといけないの。どこがいいかしら」


「お日様が、いっぱいあたるところ~? お庭は?」


「庭は、パネルが光を反射したら敵に見られるかもしれないわ」


「じゃあ、バルコニーは?」


ルーナが、寝室の大きな窓のほうを指さした。


窓の向こうには、石造りのバルコニーがせり出している。そのバルコニーには朝の光がまっすぐに差し込んでいた。


「……バルコニー」


いい案だと思った。日当たりもいいし、寝室から運びやすい。


「ルーナ、よく思いついたわね」


「えへへ~。お昼寝するとき、いつも、あそこが一番あったかいんだよ~」


「……なるほど。そういう理由なのね」


感心して損をした。それでも、結果的に最適な場所だった。


「じゃあ、バルコニーに置きましょう。重いから、骸骨兵士を呼ぶわ」


廊下に出ると、雑巾を持った骸骨兵士が一体立っていた。


昨日、ルーナに手を振り回されて冷や汗をかいていた、あの子だ。


けれど、様子がおかしい。雑巾を持っているのに、拭いていない。壁に背中を預けて、腕を組み、窓の外を眺めている。まるで休憩中のようだった。


「……ねぇ、あの子」


「ほんとだ~。お掃除、してないね~」


ルーナが、こそっとささやいた。


「やっぱり、この個体だけ、なんか変ね」


そう言いながら近づくと、骸骨兵士は、ようやくこちらに気づいた。ビクッ、と全身の骨を鳴らして、慌てて壁から離れる。雑巾を、さっと床につけて、それらしく拭き始めた。


カタカタ、と必死に手を動かしている。けれど、拭いているのは、すでにぴかぴかの床だった。


「……あなた、今、サボってたでしょう」


骸骨兵士は、ぴたりと動きを止めた。


それから、ぶんぶんと首を横に振る。『違います、違います』と全身で訴えているようだ。


「首を振るのは、いいけど。雑巾が、乾いてるわよ」


骸骨兵士は、自分の持っている雑巾をじっと見つめた。確かに、からからに乾いている。


数秒の沈黙のあと、骸骨兵士は、観念したように、びしっと敬礼した。


「……ごまかし方が、下手ね」


他の個体が、無感情に黙々と働いているなかで、この子だけが妙に人間くさい。


「ちょっと、あなた。こっちへ来て。このソーラーパネルと電源を、バルコニーまで運んでほしいの。そっと、扱ってね」


骸骨兵士は、こくこく、とうなずいた。それから、廊下の奥へ向かって、カタカタと何かを合図する。すぐに、他の骸骨兵士が三体集まってきた。


その後ろから、自分が仕切っているかのような顔で、あの個体が、悠々とついてくる。


四体を連れて、寝室へ戻った。床には、買ったばかりのパネルと電源が並んでいる。


「これを、バルコニーまで運んでほしいの」


三体の骸骨兵士は、すぐにパネルの周りに集まって、持ち上げる位置を探し始めた。


ところが、あの個体だけが少し離れたところで、腕を組んで眺めている。まるで、『ここは私が指揮を』とでも言いたげな顔だった。


「……あなたも、運ぶのよ」


私が念を押すと、あの個体は肩を鳴らして、慌てて荷物の端に手をかけた。


四体の骸骨兵士が、息を合わせて、パネルと電源を持ち上げる。


「……意外と、連携が取れてるのね」


「えらいね~。ホネホネさんたち、お仕事、頑張って~」











◇◇◇


バルコニーの空気は、ひんやりとしていて気持ちよかった。


石の手すりの向こうに、黒々とした森が連なっている。青白い結界の膜が、頭上で、ゆらゆらと光っていた。その遥か向こうの森の入り口には、焚き火の煙が、薄く立ちのぼっているのが見える。


(……あそこに、百人)


一瞬、胸がさわがしくなったが、拳を握って、すぐに振り払う。


「ほら、ここに置いて」


骸骨兵士たちが、バルコニーの床に、パネルをそっと広げた。折りたたまれていた板が、ぱたぱたと開いて、大きな黒い鏡のようになる。


「……きれい~」


ルーナが、目を細めた。


「この黒いのが、お日様の光を食べるの?」


「そう。ここに光が当たると、電気が生まれるのよ」


パネルから伸びた線を、ポータブル電源につなぐ。小さなランプが、ぴこん、と緑色に光った。


「あ、光った~!」


「充電が、始まったの。これで、少しずつ電気が貯まっていくわ」


「でんき……って、目に見えないんだね~」


「そうね。でも、見えなくても、ちゃんとあるのよ」


「ねぇ、アトラちゃん」


「なに?」


「でんきがあったら、何ができるの~?」


ルーナが、バルコニーの手すりにもたれて、足をぶらぶらと揺らしながら尋ねた。


「いろいろよ。夜でも、昼みたいに明るくできるし」


「それは、ろうそくでもできるよ~?」


「電気なら、もっと簡単に使えるし、誰でも使えるの。ボタン一つで、明るくなるのよ」


「へぇ~」


「それから、冷蔵庫」


「れいぞうこ~?」


「物を、冷たいまま、ずっと保存しておける箱よ。ケーキも、長持ちするわ」


その言葉に、ルーナの目が、ぎらりと光った。


「ケーキが、長持ち~!?」


「ええ。買ったその日に食べ切らなくても、明日も、明後日も、おいしいままよ」


「すごい! でんき、すごい!」


ルーナは、身を乗り出して、パネルに向かって、ぱちぱちと拍手を始めた。


「ありがとう、ぱねるさん~!」


「落ち着いて。まだ、冷蔵庫は、買ってないわよ」


「買おう~! 今すぐ買おう~!」


「ポイントが足りないわ。……それに、100Wのパネルじゃ、冷蔵庫は動かせないの」


「えぇ~……」


ルーナが、しゅんと肩を落とす。


私は、パネルを見つめながら言った。


「この板じゃ、小さすぎるのよ。パソコンを動かすのが、せいいっぱい」


「じゃあ、大きい板を買えば~?」


「そう。もっと大きくて、たくさん並べれば、お城の灯りも、冷蔵庫も、動かせるようになるわ」


そこまで言って、ふと、想像してしまった。


夜の古城に、窓という窓から灯りがもれでる光景。冷蔵庫には、ケーキが何個も並んでいて、ルーナが、にこにこ笑っている。


「……いつか」


声が、勝手に、こぼれた。


「いつか、この古城全部に、電気を通したいわね」


ルーナが、きょとんと私を見た。


「お城、ぜんぶ?」


「ええ。どの部屋でも、夜でも明るくなるように。冷蔵庫もほかの家電も使いたいわね。……それが、私の夢かも」


口に出してから、少し恥ずかしくなった。まだ、明日の戦いも終わっていないのに。


けれど、ルーナは、からかうこともなく聞いてくれた。


「いいね~、その夢~」


「……笑わないの?」


「笑わないよ~。だってアトラちゃんの夢だもん」


そう言って、ルーナは青空を見上げた。


「私も、見たいな~。お城が、全部、ぴかぴかになるところ」


「……そうね」


私の胸の奥が、ほんのりと温かくなった。


明日を乗り越えた先に、夢がある。それを思うと、不思議と足元がしっかりと踏みしめられる気がした。

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