第34話 闘志に燃える朝
目が覚めた瞬間、頭が、すっきりしていた。
昨夜、あれだけ眠れずに寝返りを打っていたのが嘘のようだ。まぶたの裏に浮かんでいた橙色の光も、今は、遠い昔の景色みたいに薄れている。
隣では、ルーナが、ぷにぷにの頬を枕に押しつけて、幸せそうに寝ていた。
触れ合ったままの指先に気づいて、そっと引き抜く。まだ、小さな手の温もりが、残っている気がした。
(ルーナのおかげね)
昨夜、「安心して寝ていいよ」と言ってくれた。その一言が、体の芯まで、ちゃんと届いていたらしい。
不安が、消えたわけではない。開戦は、明日の正午。相手は百人。こちらは、骸骨兵士が十五体と、スライムが二体、コウモリが三体。
それでも、胸の奥で、小さな炎が、ぱちぱちと音を立てていた。
(やるしかない。いえ、やってみせる)
ぎゅっと拳を握る。今日は、準備の日だ。やることは、山ほどある。
「ルーナ。朝よ」
「ん~……あと五年~……」
「何言ってるの。早く起きなさい」
肩を揺すっても、ルーナは、う~んと唸りながら、布団を頭までかぶってしまった。
「デイリーポイント、回復してるわよ」
その単語に、布団の山が、ぴくりと動いた。
「……ほんと~?」
「ええ。20 PTになってるわ」
「やったぁ~!」
がばっと、布団から顔を出したルーナが、寝ぐせだらけの髪のまま、目を輝かせた。ちょろい。
「今日は、何食べよっか~? えへへ、昨日のラーメン! あれ、もう一回食べたい~!」
「朝から、ラーメン?」
「うん! ぽかぽかで、おいしかったんだもん~」
画面を呼び出して、ショップの食品欄を開く。
【ラーメン(しょうゆ)】 7 PT
ポイントは二十あるから、買えなくはない。けれど。
「だめよ。朝は、もっと軽いものにしましょう」
「えぇ~?」
「ラーメンは、濃いのよ。朝から食べたら、胃にもたれるわ」
「やだ~、ラーメンがいい~」
「だめ」
「アトラちゃんの、けち~」
「けちじゃなくて、栄養管理よ。今日は、一日中動くんだから」
そう言い返して、ふと、自分の胸の中を覗いてみた。
(……私も、ラーメン、食べたいかも)
内心では、気持ちは、ルーナと同じだった。
(今日は、頑張る日だからラーメン食べてもいいかも?)
ぶーぶー、と、胸の中で文句を言っている自分がいる。
「そうだ。……じゃあ、似たものにしましょう」
「にたもの~?」
「同じ麺類で、もっと軽いの。ほら」
画面をスクロールして、一つの商品を指さした。
【うどん(かけ)】 2 PT
「うどん?」
「ええ。麺は、ラーメンより太くて、もちもちしてるの。スープも、あっさりしてるわ」
「ラーメンの、仲間なの~?」
「まあ、親戚みたいなものね」
ルーナは、画面をじっと見つめて、それから、こくりとうなずいた。
「……じゃあ、それにする~。ラーメンの親戚なら、きっと、おいしいもん」
「食べたことないのに、すごい自信ね」
数を2つにして、[購入確定]を押す。
光の粒子とともに、湯気を立てる二つのどんぶりが、ベッド脇のテーブルに現れた。透き通った金色のスープに真っ白な太い麺と刻んだねぎ。
「わぁ~、きれい~」
「今日は、一人一つずつよ。昨日みたいに、半分こじゃなくていいの」
「ほんと~!? 全部、私のなの~?」
「ええ。たくさん食べなさい」
「やったぁ~!」
「昨日みたいに、すすって食べるのよ。ほら、いただきます」
「いただきま~す!」
ルーナは、フォークで麺を持ち上げて、ふぅふぅと息を吹きかけた。それから、昨日の私の真似をして、ずずっと、勢いよくすする。
「……んっ!」
ぴたり、と動きが止まった。
「どう?」
「……もちもち~!」
ぱぁっと、顔を輝かせた。
「ラーメンより、やわらかくて、ふわふわしてる~。スープも、やさしい味~」
「でしょう?」
「アトラちゃん、うどん、すき~!」
私も、箸でうどんをすくって、口に運んだ。出汁の香りと、もちもちの食感が、ふわりと口の中で広がる。
「……おいしい」
思わず、声がもれた。体の奥が、じんわりと温まっていく。昨夜のラーメンとは違う、静かなやさしさ。朝にぴったりの味だった。
「ほらね。軽いほうが、いいでしょう」
「うん。でも、ラーメンも、また食べたい~」
「……考えておくわ」
「やったぁ~!」
◇◇◇
からになったどんぶりを見つめながら、私は、心の中で、ある決め事をした。
(明日、無事に終わったら、いろんな種類のラーメンを買いましょう。基本ポイントを、使ってでも)
それが、明日を乗り切るための、ささやかな約束になった。
食べ終わって、画面を閉じる。それから、もう一度、別の画面を呼び出した。
【保有ポイント】:3,214 PT
「……思ったより、貯まってるわね」
画面に表示された頼もしい数字を見つめ、私は小さく口元を緩めた。
「さあ、ルーナ。動くわよ。まずは、偵察システムを試しましょう」
「えぇ~、動くの~?」
ルーナは、露骨に顔をしかめて、ごろんと布団へ戻ろうとした。
その肩を、がしっと掴む。
「だめ。あなたも、手伝うの」
「やだ~、お布団がいい~!」
「戦いの前日に、寝て過ごすつもり?」
「寝て過ごしたい~!」
「却下」
私は、画面の『カメラ用品』を開いた。
「カメラ、SDカード、パソコン、ソーラーパネル、電源。全部揃えて、今日のうちに動かすわ。ポイントは、足りるもの」
「カメラ~? パソコン~?アトラちゃんわかんないから説明して~。お布団の中で聞くから~」
「昨日説明したでしょう。いいから、立ちなさい」
布団を、ばさっと引っぺがした。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ」
ルーナの悲鳴が、朝の寝室に響き渡る。窓の外では、青い空が、どこまでも澄んでいた。
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