Side 傭兵団
古城から東へ、黒々と広がる森の入り口。
月明かりの下、いくつもの焚き火が、夜の闇に橙色の点を散らしていた。
火を囲んでいるのは、およそ百人の傭兵たちだ。毛並みの違う獣人たちが肩を並べ、鱗に覆われた蜥蜴人が干し肉をあぶり、小柄なドワーフが斧の刃を砥石で研いでいる。
種族も出身もばらばらの傭兵団。それでも、手入れの行き届いた武具と、隙のない目つきは、素人の集団ではないことを物語っていた。
「頭目。例の結界、調べ終わりました」
篝火のそばの岩に腰を下ろし、骨付き肉にかぶりついていた巨躯の男が、顔を上げた。
傭兵団の頭目、ヤルバートだ。岩のような肩幅と、無数の古傷が刻まれた腕。準英雄級と呼ばれる男の視線を受けて、細身のエルフの魔導士が、わずかに背筋を伸ばした。
「古城全体を、半球状の結界が覆っています。魔力の層は三重。試しに低位の探知魔法を当てましたが、触れた瞬間に霧散しました」
「攻撃魔法なら?」
「我々の魔導士の火力では、厳しいでしょう。外から魔法で削ろうとすれば、魔力を無駄にするだけです」
「……チッ、結界があるなんて聞いてねぇぞ」
ヤルバートは、骨を焚き火に投げ捨てた。
「なら、魔法による攻めは諦めるしかねぇな。正面から門を破るしかない」
「しかし、妙です」
隣にいた狼の獣人の副長が、低い声で口を挟んだ。
「あの城は、何百年も放置された廃城だと聞いていました。それが、これほどの結界を張れるとは」
「放置されてたから、中の女王様が貯め込んでたポイントで張ったんだろ。吸血鬼の女王様は、ポイントだけは持ってやがる」
ヤルバートは、鼻で笑った。
「そのポイントの半分が、俺たちの取り分になるんだ。ありがたい話じゃねぇか」
周囲の傭兵たちが、どっと笑った。
その笑いに紛れて、若い猫の獣人が、おずおずと手を挙げた。
「あの、頭目。正直に言ってもいいですか」
「なんだ」
「百人も要るんですか? 相手は、何百年も引きこもってた吸血鬼の『生き残り』でしょう? 俺たちだけで、過剰戦力じゃないですか?」
「ああ、過剰だ」
ヤルバートは、あっさりと認めた。
「だが、過剰で結構。報酬は、古城の宝の全てと、女王が貯め込んだポイントの所有権の半分だ。そのポイントがありゃ、一流の武具でも魔物でも、好きなだけ呼び出せる。人数が多いほど、手早く片づく。攻城戦のルールは日没までだが、三時間もかからねぇよ」
「引きこもりの女王様なら、すぐ終わっちまうかもな」
誰かの軽口に、また笑いが起きた。
月明かりの下で、古城を包む結界が、淡く青白く光っている。傭兵たちは、それを酒の肴にするように眺めていた。
そのとき、見張りの団員が駆け寄ってきた。
「頭目。ソフィア種の使者が来ています」
「……ああ、約束の品が届いたか。通せ」
やがて、護衛もつけず、一人の青年が焚き火の前に現れた。
眼鏡をかけた、線の細い男だ。ソフィア種だと一目で分かる、実務的な仕立ての衣。その腕には、黒い小箱が抱えられていた。
「プロノア代表より、契約にあった品と伝言をお届けに参りました」
「聞こう」
使者は、小箱を開いた。中には、手のひらほどの紫の宝珠が、淡く光を放っていた。
「『従魔の宝珠』です。契約の際にお約束した通り、中級以上の魔物の支配権を、一時的に奪い取る遺物です。古城の女王が、高額のポイントで召喚した魔物を戦場に出してきた場合に、お使いください」
「ああ、確かに受け取った」
ヤルバートは、宝珠を片手でひょいと掴み上げた。
「この宝珠が事前の約束に入ってた時点で、女王の手札は潰れたようなもんだ。あれだけの結界を張る金があるなら、数十万ポイント級の魔物を抱えててもおかしくねぇ。そいつらを、まとめて俺たちの駒にしてやる」
「代表も、同じお考えです」
周囲の傭兵たちが、頷き合った。誰も、城に下級の魔物しかいないとは考えていない。宝珠が効く相手ばかりを想定しているのだ。
「ありがとうございます。それともう一点」
使者は、少し言いにくそうに続けた。
「代表は、ソフィア種の者も戦場に同行し、戦況を直接――」
「断る」
即答だった。
「戦えん者が戦場にいても、足手まといだ。しかも、お前らが前に出れば、こっちの動きが相手に読まれる」
「しかし、代表は――」
「見物したけりゃ、後ろの丘で覗いてな。戦場には、一歩も入れるな」
低い声に、使者は言葉を飲み込んだ。
「雇い主の都合は聞いてやる。だが、戦場の指揮は俺のものだ。それが飲めんなら、前金も契約も、今ここで破棄していい」
沈黙のあと、使者は、深く頭を下げた。
「……承知しました。代表に、そのままお伝えします」
使者の背中が、森の闇に消えていく。
「頭目、いいんですか。あんなふうに突っぱねて」
「構わねぇよ」
ヤルバートは、宝珠を懐に突っ込んで、立ち上がった。
「必死なのは向こうだ。俺たち抜きじゃ、城に指一本触れられねぇんだからな」
古城を、鋭い目で見つめる。
「早く片をつけるぞ」
誰かが、返事の代わりに、斧の柄を地面に打ちつけた。
夜空を、小さな黒い影が、ひらりと横切っていった。
見上げる者は、誰もいなかった。
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