第23話 静かな庭園に響く音
「よしっ、私も負けていられないわね!」
気合いを入れ直した私は、バケツの水で雑巾を再びすすぎ、力いっぱい石畳を擦り進めた。
キュッ、キュッ、と泥が落ちていく心地よい音が静かな庭園に響く。
ルーナもまた、楽しそうにちょこちょこと歩き回りながら、石畳の上に散らばっていた折れ枝や枯れ葉を拾い集めては、隅の方へ綺麗に重ねていってくれた。
途中で「えいっ」と風魔法を使って遠くの葉っぱを吹き寄せるなど、すばらしい応用力も見せている。
私はルーナの器用さに感心しつつ、負けじと手を動かす。
夢中でゴシゴシと石畳を磨き進め、ひと区画を終えたところでようやく息を吐いた。
汚れた雑巾をすすごうと、バケツへ手を伸ばす。
だが、水に手を突っ込む直前、その水面を見て思わず苦笑した。
「うわ……もう真っ黒ね」
すっかり水を取り替えるのも忘れて夢中になっていたらしい。泥とほこりでどろどろに濁った水は、自分の顔すら映らないほど真っ黒になっていた。
私は一度手を引っ込めると、重くなったバケツを持ち上げて濁った水を土の上にバサッと捨てた。
そして『水魔法』を発動し、バケツの中を再び澄んだ水でいっぱい満たし直す。
「よし、もう一回いくわよ!」
固く絞った雑巾を手に、私は玄関から門へと続く一本道を磨きながら進んでいく。
ルーナの集めてくれた枝の山を避けながら地道に磨いていくと、やがて通路の中央に鎮座する巨大な石造りの噴水へとたどり着いた。
「この噴水も綺麗にしてみようかしら」
バケツの水に洗剤を多めに入れ、噴水のフチの泥汚れに雑巾を滑らせてみる。
だが――キュッ、ゴツッと重い手ごたえがして、私は手を止めた。
表面に分厚くこびりついた苔や泥を落としてはみたものの、現れたのはズタズタに破断した石の肌だった。大きな亀裂が何本も走り、細部は砕け落ちて底の受け皿すら大きく傾いている。
「……無理ね、これ。掃除でどうこうできるレベルじゃないわ」
完全に土台から崩壊している。これは表面を磨くのではなく、噴水そのものを新品と交換でもしない限り機能しそうにない。
(ショップに噴水売ってたりするのかしら……?)
気になって視界の端にショップ画面を呼び出し、検索欄に『噴水』と打ち込んでみる。
検索結果にずらりと並んだアイテム目録と、その横に提示された金額を見た瞬間、私は思わず目を丸くした。
┌─────────────
│ 【ショップカテゴリ:設備】
│ 『王立風庭園の魔導噴水』:80,000 PT
│ 『古代石造りの噴水』 :50,000 PT
│ 『簡易水浴び用噴水』 :30,000 PT
└─────────────
「高っ……!? 一番安いのでも30,000 PT……!?」
今の目標である『城防衛基本セット』の15,000 PTすらまだ貯まっていないというのに、噴水にそんな大金を払えるわけがない。
「……はい、却下! 完全に忘れましょ!」
私は即座に検索画面をフッと消し去った。噴水にポイントをかけるのは現実的でない。
「アトラちゃん〜? 枝拾い終わったよ~、うん? そんな難しい顔してどうしたの〜?」
不思議そうに小枝を抱えたルーナが首をかしげて覗き込んでくる。
「施設状態評価を『D』に上げるのが厳しいと分かっただけよ」
「えぇ〜、じゃあ掃除しても意味ないじゃーん」
ルーナはあからさまに肩を落とした。
「そんなことないわよ。評価『D』には届かなくても、一本道を整えるだけで部分的な評価加算が入るかもしれないでしょ? それに、綺麗にしておけば、いつかショップで新しい噴水を買ったときにすぐ置けるじゃない」
「はぁ〜い……アトラちゃんがそう言うなら〜……」
ルーナはちょっとだけ口を尖らせつつも、トコトコと歩いて掃除を再開してくれた。
私はその背中に小さく苦笑いを浮かべると、再び雑巾を握り直した。
そこからの集中力は、自分でも凄まじかったと思う。
ひたすら足元の石畳だけに照準を絞り、黙々と手を動かした。
私が雑巾でしつこい泥汚れを力いっぱい擦り落とし、ルーナがタイミングよく「えいっ」と水を飛ばして洗剤の泡を洗い流す。
ルーナが風魔法で吹き寄せてくれた雑草や枝の束を端に退け、ひたすら前へ、前へと進んだ。
キュッ、キュッ、という雑巾の擦れる音と、パシャリとはじける水の音。
ルーナと楽しく会話をしながら、二人で地道な作業を繰り返すこと、二、三時間。
「……ふぅ! できたわ……!」
私は立ち上がり、腰に手を当てて深く息を吐いた。
振り返ると、そこには見違えるような光景が広がっていた。
周りの庭園自体は相変わらず枯れ木と雑草が生い茂る廃墟のままだが、私たちが今立っている場所――古城の大きな玄関扉から、敷地の外へと門まで一直線に伸びる石畳の道だけが、泥ひとつなく真っ白に輝いている。
頭上を見上げれば、太陽はすっかり高い位置に昇っていた。
温かな陽光を受けて、磨き上げた白い道がくっきりと浮かび上がっている。
「うわぁ〜……アトラちゃん、ピカピカだよ〜!」
ルーナが、目を丸くして感心したように声をあげた。
「ルーナもお疲れ様。よく頑張ってくれたわね」
私は達成感に満たされながら額の汗を拭い、ルーナに微笑みかけた、まさにその時だった。
――ぐぅ〜〜……。
静かな庭園に、可愛らしい音がひとつ響く。
「……あ。お腹、鳴っちゃった」
ルーナは自分のお腹をぽんぽんと撫で、上目遣いで私を見上げてきた。
「アトラちゃん〜……いっぱい頑張ったら、すっごくお腹すいちゃったぁ……」
「ふふっ、そうね。二、三時間もぶっ通しで体を動かしたんだもの、当然よ」
私も自分のお腹に手を当てながら苦笑いした。午前中から夢中になって作業していたせいで、すっかりお昼時を過ぎてしまっていたようだ。
「よしっ、せっかくだからここでお昼ご飯にしましょう!」
「えっ、お外でご飯!? わぁい、ピカピカの道でピクニックだぁ〜!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるルーナを見て、私の口元も自然とほころぶ。
壊れた噴水や庭園の再生はまだまだ遠いけれど、二人で作り上げたこの道は確実な一歩だ。
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