第20話 ルーナ先生の世界講座
「ふぇ!? よ、ヨダレなんて垂らしてないもん〜〜っ! 吸血鬼はヨダレ垂らさないもん〜!」
「いいから、ほら。魔法でパパッと綺麗にしなさい」
「むぅ〜〜……! 垂らしてないけど! アトラちゃんが言うなら『クリーン』かけてあげるけどっ!」
ぶつぶつと文句を言いながらもルーナが小さな手をかざすと、私の右肩に残っていた湿り気がすーっと消え去った。
「はいっ! 綺麗になりました〜! ……じゃなくて!」
ルーナはコホンとわざとらしく咳払いをすると、気を取り直したように、ふんすっと胸を張る。
「じゃあ、ルーナ先生の世界講座、開講〜! パチパチ、ほらアトラちゃん、拍手」
私は苦笑しつつ、言われるがまま拍手をした。
「まずね、アルカデア法典のことはもう知ってるよね?」
「ええ、内容は把握しているわ。でも、神様になるための『勝利条件』については知らないから、教えてもらえるかしら」
「いいよ〜! え〜っとね、神様になる方法は四つあって〜」
ルーナは指を一本ずつ折りながら、のんびりと数えていく。
「戦って勝つ(戦争勝利)と、話し合いで選んでもらう(外交勝利)と、みんなに認めてもらう(民心勝利)と、遺産を全部集める(遺産勝利)があるよ〜。ここまでは、いい〜?」
「……ちょっと待ちなさい。……最後の『遺産』って、まさに私たちが今いる、このお城のことかしら?」
「そうだよ〜! ここも立派な『神の遺産』なんだよ〜」
「それを、早く言いなさいよ」
ハァと額を押さえる私に、ルーナは「えへへ〜」とどこか他人事のように笑った。
「……まぁ、いいわ。続けてちょうだい」
私がため息混じりに先を促すと、ルーナは言葉を続けた。
「でね、実はこの四つの中で、いま一番勝ちに近いのは──『みんなに認めてもらう』やつなんだ〜。しかもそれをやってるのは、どこかの種族じゃなくて創造神なの〜」
「……え? 神様が? 神様ってルールを作った側でしょう。自分も勝負に参加しているの?」
「参加はしてないよ〜。神族は参加してるけどね〜。でもね、世界中の人が創造神のこと大好きなの〜。理由は、アルカデア法典の2番!」
「2番……あぁ、『非戦闘員への暴力は禁止、違反者は神罰』ね」
「そう! 戦えない人って、世界にいっぱいいるでしょ〜? 子どもとか、お年寄りとか〜。その人たちが安心して暮らせるのは創造神のおかげ〜って、みんな感謝してるんだ〜」
(……なるほど)
民心勝利の条件は、「全知的生命体の過半数の承認」。
そして世界の多くを占めるのは、戦えない一般市民たちだ。その人たちを毎日システムレベルで守っているのが、法典の2番というわけか。
「つまり、民心で勝ちたい種族は、世界中の人が感謝している創造神以上に好かれなきゃいけない、ってことかしら?」
「そうそう! それ、ほぼ無理〜」
「……神様になるために神様を超えなきゃいけないなんて、ずいぶん意地が悪い仕組みね」
「あ、でもね」
ルーナは人差し指を立てて、思い出したように付け加えた。
「創造神じゃない者を信じてる人たちも、昔はいたと思う〜。今はどうなってるか知らないけど〜。私、ずっと寝てたから〜」
「そこは胸を張って威張るんじゃないの」
ハァと小さなため息をつきつつ、頭の中の情報を整理する。
そして、今一番知るべき疑問へと踏み込んだ。
「じゃあ、この古城に攻め込んでくるソフィア種は、どの勝ち方を狙っているの?」
「う〜ん、ソフィア種はたぶん今、自分たちの『代表権』を持ってないと思うよ〜」
「代表権? なによそれ」
「神様の座を争うレースに参加するための、切符みたいなものだよ〜。それを持ってないと、話し合いにも参加できないし、神の座を争う戦いの土俵にすら立てないんだ〜」
「なら、そのソフィア種の代表権はどこに行っちゃったのよ?」
「う〜ん、そこまでは分からないけど……でも、あの賢いソフィア種が『戦闘』を選んだのには、絶対に何か理由があると思うんだよね〜。だって最初は、何回も知恵比べを提案してきたんだよ? さすがの私でも躊躇してたら、最後はしびれを切らして『じゃあ戦闘でいい!』って言ってきたし〜」
「……そこまでして、焦っていたわけね。代表権を失って、後がなくなったから……?」
私の頭の中でひとつの仮説が浮かび上がる。
「……ソフィア種はこの古城を手に入れて、それを賭け金にすることで自分たちの代表権を取り戻そうとしている? それとも……いまソフィア種の代表権を握っている『誰か』が、この古城を欲しがっているから交換しようとしているとか?」
「アトラちゃーん、頭いい〜!」
「感心してないで、少しは自分事として考えなさい。……まぁいいわ。で、ルーナ自身は代表権を持ってるの? 一応、吸血鬼の女王なんでしょ」
「持ってるよ〜。だって、現にポイント使えてるでしょ〜?」
「どういうこと? ほかの人はポイントを使えないの? 支配領域に基づいてポイントが支給されるんでしょう? この世界に貴族とかはいないの?」
「いるよ。でも、それはあくまでこの世界の人たちの尺度でしょ〜? 創造神はそんなの興味ないよ〜。まぁ、だから代表権を持つ一番のメリットは、あの『ショップ』が使えることかもね〜」
「……ちょっと待ちなさい。じゃあ、あのショップシステムって……代表権を持つものしか使えないの!?」
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