第19話 デイリーPT
私は、パッ、と目が覚めた。
天井の石の模様。窓から差し込む、やわらかな朝の光。
(……あれ? 身体が、軽い)
寝起きなのに、頭がすっきりしている。
目を覚ましてから今まで、こんなに目覚めのいい朝は、初めてかもしれない。
昨夜得た『吸血鬼女王の加護』のおかげだろうか。
しかし、身体が動かないことに気づいた。
「…………」
右腕に、何かが、ぎゅっとしがみついている。
見下ろすと、銀髪の頭が、私の肩のあたりに、ぐりぐりと押しつけられていた。
ルーナだ。
どうやら私は、抱き枕の代わりにされているらしい。口の端からは、うっすらと、ヨダレがたれている。
(……私の肩、濡れてる)
ため息をついたところで、昨夜の記憶が、一気によみがえってきた。
湯船の中で、膝を抱えて泣いたこと。ルーナに、ぎゅっと抱きしめられたこと。声をあげて、泣きじゃくったこと。
「…………っ」
顔が、一瞬で熱くなった。
(わ、私、あんなに泣いて……!)
布団を頭までかぶって、足をじたばたさせたくなる。けれど、右腕はルーナに押さえられているので、それもできない。
(……どんな顔で、ルーナに会えばいいの)
「ん……んん〜……」
隣で、ごそり、とルーナが動いた。ルビー色の瞳が、ゆっくりと開く。
目が、合った。
「…………」
「…………」
(ど、どうしよう。何か言わなきゃ。「昨日はごめんなさい」? それとも「ありがとう」? いえ、「ありがとう」は昨日言ったし……)
私が頭をフル回転させていると、ルーナは、ふにゃ、と笑った。
「……おはよ〜、アトラちゃん」
「お、おはよう……」
「よく寝れた〜?」
「え、ええ。おかげさまで……」
「そっか〜。よかった〜」
それだけ言って、ルーナは、ふぁぁ、と大きなあくびをした。昨夜のことには、一言も触れない。
(……あれ?)
拍子抜けした。呆れられていないか、からかわれないか、そればかり心配していたのに。
ルーナの目は、いつもどおりの、眠たそうな目だった。
(……変わらないでいてくれるのね)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。昨夜、私を救ってくれたのは、ルーナの言葉だけではなかったのだと、気づいた。
泣いたあとも、何も変わらずにいてくれること。それ自体が、私にとっては何よりもありがたかった。
(あぁ……やばい、また目頭が熱く)
「ぐぅぅぅぅ〜〜〜。」
大きな音が、静かな寝室に響いた。
「……お腹、空いたぁ〜」
ルーナが、私の腕をゆるめて、自分のお腹を押さえる。
「…………ふふっ」
こらえきれずに、笑ってしまった。
「え〜、なんで笑うの〜?」
「ごめんなさい。……ルーナらしいな、と思って」
「お腹は空くもん〜」
「そうね。朝ごはん、ショップで選びましょ」
ベッドから起き上がって、ショップを開く。昨夜の通知で増えた項目が、画面の隅に出ていた。
【デイリー生活PT】20 / 20 PT
(毎朝リセット。衣食住・生活用品カテゴリ限定で無料使用可)
「ルーナ、昨日の通知、覚えてる? 毎朝20 PTぶんは、生活用品がタダになるのよ」
「あ〜、そういえば、そんなのあったね〜」
私がショップ画面を開いて朝ごはんを検索していると、ルーナがぐいっと横から割り込んできた。
「 じゃあじゃあ、私これがいい〜!」
ルーナが身を乗り出し、私が操作する画面のお菓子カテゴリーを指さした。
その先にあるのは──色鮮やかなイチゴが乗ったショートケーキと、デコレーションたっぷりのドーナツセットだ。
「これと、このクリームいっぱいのやつ! あとチョコ!」
「……だーめ」
私はルーナの額を、人差し指でぽんと軽くつつく。
「えぇ〜っ! なんでぇ〜!?」
「朝からそんな甘いものばかり食べたら、虫歯になるわよ。ちゃんと栄養のあるものを食べなさい」
「ケチ〜! 吸血鬼は虫歯にならないもん〜! お菓子もご飯だもん〜!」
頬を膨らませてブーブーと文句を言うルーナを軽くあしらいながら、私は画面をスワイプしていく。
和食、洋食、中華──ショップの『食品』カテゴリには、現代日本のあらゆるメニューが並んでいた。目移りしそうなほど豊富なラインナップだ。
私はテキパキとカートに商品を入れていく。
香ばしいカリカリベーコンに、綺麗な半熟の目玉焼き。具だくさんのミネストローネ。
そして私用のブラックコーヒーと、ルーナ用のほんのり甘いホットミルク。
二人分合わせて、ちょうど6PT。
「ほら、決まったわよ」
【確定】のボタンを押した瞬間、テーブルの上に湯気を立てた豪華な朝食セットが一瞬で出現した。
「……うわぁぁっ!」
さっきまで「ケチ〜」と拗ねていたルーナの目が、一瞬で爛々と輝き出す。
「はい、ルーナの分。ホットミルクもついているわ」
「アトラちゃん最高〜! じゃあ、食べるね!」
「ちょっと、待ちなさい。食べるときはこう言うのよ。『いただきます』って」
「いただき……ます? ……いただき……ます……いただきます」
不思議そうに言葉を繰り返し、ルーナはこっくりと頷いた。
「う~ん、よくわからないけど……アトラちゃんの国の決まり?」
「ええ、ご飯と命に感謝する挨拶よ。……じゃあ、せーので」
「「いただきます」」
そして、ルーナはお菓子のおねだりなど一瞬で忘れた様子で、フォークに刺したベーコンへ勢いよくかぶりついた。カリッ、と音が響く。
「んん〜〜っ! 美味し〜〜いっ!」
幸せそうに頬を緩ませるルーナの姿に、思わず笑みがこぼれた。
◇◇◇
私はコーヒーに口をつけ、温かな味わいにほっと一息つく。
美味しくて温かい食事が毎日保証される──それだけで、この世界で生き抜くための活力が湧いてくるようだった。
「ねえ、ルーナ」
「ん〜〜? なに〜?」
朝ごはんを食べ終えた、ルーナが首をかしげる。
「この世界『アルカデア』のこと、もう少し詳しく教えてくれないかしら? ……まだわからないことばかりだから」
私はコーヒーカップを置き、まっすぐルーナを見つめた。
この世界がどういうルールで動き、どういう情勢なのか?それらを知らなければ、古城の防衛戦に向けた正確な作戦も立てられない。
「あぁ〜、この世界のこと〜?」
ルーナはニッと笑うと、誇らしげに胸を張った。
「いいよ〜! 吸血鬼女王のルーナ先生が、教えてあげるね〜!」
「頼もしいわね、ルーナ先生。……じゃあ、その前に、まずは私の右肩についたルーナのヨダレの跡、『クリーン』で綺麗にしてくれないかしら?」
「ふぇ!? よ、ヨダレなんて垂らしてないもん〜〜っ! 吸血鬼はヨダレ垂らさないもん〜!」
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