第14話 弱点は、身近な物でした
泥の拳が振り下ろされる直前、ルーナが私を抱えたまま壁際へ跳んだ。
ドゴォン! と、さっきまでいた場所の石床が砕け散る。
「ルーナ、少しだけ時間を稼いで!」
「えぇ〜……ふぁぁ、しょうがないなぁ〜」
ルーナが気だるげに指を鳴らすと、床から突風が巻き起こった。
ダストゴーレムの足がもつれ、巨体が後ろへ下がる。
その隙に、私は石床に置いてあった、掃除道具から万能洗剤を掴み取った。
(掃除で使っていたから、残りは3分の1 ってところね。……足りないわ)
ためらっている時間はない。ショップ画面を開き、購入ボタンを叩く。
『万能洗剤×3:9 PT』
「うぅ……9 PT……っ!」
「アトラちゃん~ん、泣きながら買い物しないでよ〜」
「泣いてないわよ! 心の中で泣いてるだけ!」
涙目のまま、水魔法で特大の水球を作り出す。その中へ、すべての万能洗剤を、逆さにして一気に注ぎ込んだ。
「ルーナ! この水球に風を送って、かき混ぜて! 優しく! いい? 絶対に優しくよ!」
「優しくぅ? めんどくさいなぁ〜……こう?」
「ルーナ、風を! 優しくよ!」
「優しくぅ? ……こう?」
ビューッ!
「強い強い強い!!」
水球が激しく波打ち、水滴が、天井に張りついて、ボタボタと落ちてくる。
「……もう一回。さっきの10分の1の力で」
「はぁーい……このぐらいかな〜?」
ふわり、と柔らかな風が水球の中を回り始める。
すると、透明だった水の塊が、みるみるうちに真っ白な泡へと変わっていった。
「わぁ……もこもこ〜」
泡はどんどん膨らみ、私の背丈を超え、天井近くまで達する。
「いけるわ……! ルーナ、その泡をゴーレムに向けて飛ばして!」
「は〜い。えぃっ」
すさまじい量の泡が、ダストゴーレムに襲いかかった。
『グオオオオ……!?』
ダストゴーレムが腕を振り回し、泡を払おうとする。
けれど、泡は殴られても散らず、ぺたりと灰色の体に張りついていく。
シュワワワ……と、小さな音がした。
泥のようだった表面が、少しずつ、ほぐれるように崩れていく。
(やっぱり……!)
私はゴーレムに向かって『解析』を発動した。
┌────────────────
│ 【魔物:ダストゴーレム】
│ 【特性】攻撃を受けると散らばり、
│ 再び結合する
│ 【状態】結合力低下
└────────────────
「ルーナ、もっとお願い! ありったけの泡を!」
「はいはい〜、もこもこ、もこもこ〜」
泡の波が、ゴーレムの足から腰へ、腰から胸へと這い上がっていく。
『グ……オ……ォ……』
ダストゴーレムが断末魔のような低い唸り声をあげた。
最後のあがきとばかりに両腕を振りあげるが――その拳がこちらに届くより早く、身体が限界を迎える。
次の瞬間――ざあぁぁ……ッ!! と音を立てて、天井に届きそうだった巨体が丸ごと崩壊した。
散らばった灰色の粒子がふわりと宙に浮き、再び結合しようと引き合いかける。
だが、粒子のひとつひとつが洗剤の泡に優しく包み込まれ、二度とくっつくことはなかった。
静けさが戻った大食堂に、白い泡と灰色の水たまりだけが広がっていた。
「わぁ……雪解けみたい〜」
ルーナが、ぼんやりと呟く。
「……勝ったわね」
「勝ったね〜。アトラちゃん、すごい〜」
「ええ、ありがとう。……さて」
私は、ゆっくりと大食堂を見渡した。
灰色の水で、床も、テーブルも、椅子も、びちゃびちゃに濡れている。
「……ルーナ。これ、全部拭くわよ」
「……え?」
「ダストゴーレムを倒しても、掃除は終わってないの。……むしろ……増えたわね」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
ルーナの悲鳴が、広い大食堂に反響した。
◇◇◇
そこからは、ただひたすら、拭き続けた。
床の水たまりは雑巾で吸い取り、私の水魔法ですすぐ。ルーナの風で乾かす。
「ルーナ、あなたの風、最高よ! 掃除機より便利だわ!」
「ふぇぇ……ほめられても嬉しくない〜……ケーキ〜……」
長いテーブルの上には、料理の残骸がこびりついていた。
固くなった骨付き肉らしき塊や、岩のような何かを、バケツへ放り込んでいく。
最後の難関は、天井から垂れ下がるシャンデリアだった。
「ルーナ、あそこだけは飛んで拭いてもらうわよ」
「えぇ……もう、なんでもやるから、ケーキちょうだい……」
ふらふらと浮かび上がったルーナが、蜘蛛の巣だらけのシャンデリアに雑巾を当てる。
灰色のかたまりが剥がれ落ちるたび、その下から、シャンデリアの光がこぼれた。
最後の一滴を拭き取ったとき。
夕日が窓から差し込み、大食堂いっぱいに光が照らされた。
「「……わぁ……」」
二人そろって、思わず息をのんだ。
数百年ぶりに、この広間が、本来の輝きを取り戻したのだ。
その時、
ピコン──!
┌────────────────
│ 【通知:施設状態評価更新】
│ 評価:F ➔ E
│ (主要区画『大食堂』の清掃完了)
│
│ 【現在の最終生成量】:200 PT / 毎時間
│ 【保有ポイント】:11,577 / 1,000,000 PT
└────────────────
「よし! 評価が『E』に上がって、生成ポイントが毎時200 PTになったわ!」
思わず、ガッツポーズが出た。生成量が、倍になったのだ。
「……はぁ……はぁ……アトラちゃん……約束のケーキ……」
燃え尽きたルーナが、床を這いながら私の袖を引っ張ってくる。
「ええ、よく頑張ったわね! 約束通り、ショートケーキとチーズケーキを買ってあげるわ!とりあえず、ルーナの寝室に戻りましょう!」
◇◇◇
寝室に戻った私たちは、あまりの疲れでお互いにルーナのベッドでいっしょに寝転がった。
「アトラちゃーん、早くケーキ」
「ルーナ、疲れたからあとでね」
「いやぁぁぁぁぁ!! 今すぐ! 今すぐケーキ食べるのーーーっ!!」
ルーナが抱き枕をポカポカと叩きながら、ベッドの上でジタバタと地団駄を踏み始めた。
「ケーキ食べないと死んじゃう〜! ケーキの補給がないと私、おかしくなっちゃうよぉぉぉ〜〜!!」
「揺らさないで……頭がクラクラする……」
「アトラちゃんがケーキくれないなら、私また100年寝るからね!? いいの!?」
「嫌な脅しね……。はぁぁ……分かったわよ、出せばいいんでしょ、出せば!」
疲れ切った私は、重い体を起こし、ショップ画面を開いた。
『イチゴのショートケーキ:30PT』
『濃厚レアチーズケーキ:30 PT』
ショップ画面で購入ボタンを確定する。
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