↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編版】王子が生まれたので、もう我慢しなくてもよろしいのですよね?  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/44

第40話 私たちの戦い~パン作り~

【エリアナ視点】


 王都の兵に、各地から集まった兵が加わった。今回、師匠が指揮する軍は、一万人になったという。


 一万人。


 その数を聞いて、私は紙とペンを取った。


 一人の兵士さんが、一日に二個のパンを食べるとする。一万人が二個ずつ食べれば、必要なのは二万個。それも、一度用意すれば終わりではない。明日も、明後日も、毎日二万個ずつ必要なのだ。


 私は書いた数字を、もう一度見た。


 間違っていない。


 間違っていないけれど、とても大変な数字だった。


 軍に送るパンを用意するため、ギルドにも協力の話が来ていた。胸肉の煮込みや卵サンドを出すのとは、規模が違う。食堂のお客さんが少し増えた、という話ではなかった。


「ギルドだけでは作れません!」


 思わず声を上げると、ブリジットさんが紙をのぞき込んだ。


「二万個か……」

「一日分です。これだけ焼いても、次の日には、また同じだけ必要です」

「よし。街のパン屋にも頼んでくる!」


 言うが早いか、ブリジットさんは外へ出ていった。


 私は、その背中を見送ってから、厨房へ向かった。ニコラさんにも、この数字を見てもらわなければならない。


◇◆◇


 リュカも、すでに出陣していた。


 見送ったとき、リュカはいつもと同じように、私へ頭を下げた。


「行ってまいります、エリアナ様」

「うん。気をつけてね」

「はい」


 もっと何か言いたかったのだけれど、うまく言葉にならなかった。結局、ちゃんと食べてね、と、そんなことを付け足した。


 リュカは少し笑って、わかりました、と答えた。


 今、そのリュカも、一万人の中にいる。


 師匠が王宮へ向かったときには、ただ見送ることしかできなかった。けれど、王都に残った私たちにも、できることはあった。出ていった人たちが、毎日食べられるようにすることだ。


 私は厨房の台に紙を置き、ニコラさんと相談を始めた。


「うちで、どのくらい焼けそうですか?」

「窯を空けられる時間によるな。食堂の飯も作らないといけないし、パンを焼いてる間に、次の生地を用意する手もいる」

「では、こねる人と、焼く人を分けたほうがいいですね」

「ああ。焼き上がった分を、運んでくれる人も欲しい」


 私は言われたことを書き留めた。


 粉を量る。

 生地をこねる。

 形を作る。

 焼く。

 焼けたものをまとめる。


 窯の前に全員で集まっていても、パンは増えない。それぞれの作業が止まらないようにしなければならなかった。


◇◆◇


 その日から、ギルドの厨房には、いつもより多くの粉袋が運び込まれるようになった。


 ニコラさんが生地の具合を確かめ、私たちは教わりながら手を動かした。食堂が忙しくなる前に仕込みを進め、注文が落ち着けば、また次の分を作る。


 最初は、生地を丸めるのも、ずいぶん時間がかかった。同じくらいの大きさにしたつもりでも、並べてみると、少しずつ違う。


「エリアナ、そっちは小さいぞ」

「あ、本当ですね」

「こっちから少し分けてやればいい」


 ニコラさんに直してもらいながら、次の一個を丸める。何度も繰り返すうちに、少しだけ手が慣れてきた。けれど、ひと通り終えたころには、腕が重くなっていた。


 ノエルさんも、手伝ってくれた。


 森から戻って休んだあと、ギルドでできることがないかと声をかけてくれたのだ。焼けたパンを載せた籠を運び、空いた籠を厨房へ戻してくれる。


「これで何個目ですか?」

「その籠までで、ここに書いた分です。次も運んだら、教えてくださいね」

「わかりました」


 普段は剣や盾を持っている人たちが、今は粉袋やパンの籠を運んでいた。


 ブリジットさんは、街のパン屋と話をつけて戻ってきた。何軒もの店が協力してくれるそうで、それぞれ、いつ、どのくらい焼けるかを確かめてきていた。


 その中には、パン屋の店主、アンドレさんもいた。


「うちは朝の分を増やせる。別の店じゃ、夕方の窯を使うそうだ」

「ありがとうございます。では、受け取る時間を分けたほうがよさそうですね」

「ああ。いっぺんに取りに来られても、まだ焼けてない分があるからな」


 私たちは店ごとの数と時間を書き出した。兵糧を集める担当の人にも伝え、粉や薪の用意、焼けたパンの受け取りについて、相談してもらう。


 王都のあちこちで、窯に火が入った。


 朝だけでなく、昼も夕方も、パンの焼ける匂いが通りに流れた。粉を運ぶ荷車と、焼き上がったものを集める荷車が行き交う。どの店へ行っても、誰かが生地をこね、誰かが窯を見ていた。


 王都は、巨大なパン工場になりつつあった。


◇◆◇


 それでも、毎日二万個をそろえるのは簡単ではなかった。


 今日は足りても、明日は同じだけ焼けるとは限らない。店で売る分も、食堂で出す分も必要だ。窯には、一度に入れられる数がある。


 そんな話をしていたとき、パンを買いに来た女の人が、アンドレさんへ声をかけたのだという。


「家で焼くときに、ひとつ余計に作って持ってきてもいいのかい?」


 その話を聞いて、私は顔を上げた。


「各ご家庭でも、焼いていただけるんですか?」

「ああ。ひとつならできるって、言ってくれたんだ」


 毎日、何十個も作ってほしいわけではない。


 いつも家で焼くパンを、一個だけ多く焼く。その一個を、近くのパン屋や集める場所へ持ってきてもらう。


 協力できる家にお願いして、必要な粉を受け取れるようにした。持ってきてもらう時間や場所も決め、そこでまとめて数えることになった。


 すると、少しずつ、パンが届き始めた。


「今日は、うちで二つできたよ」

「明日は、隣の家も持ってくるって」

「形が少し悪いけど、大丈夫かね?」


 籠を抱えた人が来るたび、受け取る人が礼を言い、数を書き足していく。


 丸いものもあれば、少し細長いものもあった。表面に切れ目を入れたものや、ころんとした形のものもある。見た目はそろっていないけれど、どれも、食べる人のために焼かれたパンだった。


 ひとつずつの協力が、籠いっぱいになった。


 籠がいくつも集まり、荷車に載せられていった。


◇◆◇


「エリアナ、今日の分は?」

「今、最後を確かめています」


 私は紙に書かれた数を、順に足していった。パン屋から届いた分。各家庭から集まった分。ギルドで焼いた分。受け取った場所からの報告も合わせ、最後の数字を書き込む。


 二万個。


 そろった。


 私は、ほっと息を吐いた。


「今日の分、そろいました」

「よし!」


 ブリジットさんが、荷車へ向かって声をかけた。パンを載せた籠が積まれ、数を確かめた担当の人が出発の支度をする。


 私は、その横で空いた籠を重ねた。


 一個を焼く手間は小さくても、二万個になれば、たくさんの人の手が必要だった。生地をこねた人、窯を見た人、運んだ人、数えた人。その誰かが止まれば、ほかの仕事も止まってしまう。


 荷車が動き出す。


 この中に、リュカが食べるパンもあるかもしれない。師匠が手に取るものも、私が顔を知らない兵士さんの食事になるものもあるのだろう。


 ちゃんと届いて、お腹を満たしてくれればいい。


 私は、荷車が通りを曲がるまで見送った。


◇◆◇


「さて。明日の分だね」


 ブリジットさんが言った。


 そうだった。


 今日の二万個を送り出しても、明日の二万個が残っている。


 厨房へ戻ると、ニコラさんが、次に使う粉を確かめていた。私も袖をまくり直し、台の前に立つ。手をついてみると、腕にまだ疲れが残っていた。


「大丈夫か?」

「はい。少し休んだら、またやります」


 ニコラさんに答え、私は水をひと口飲んだ。


 食堂の向こうでは、ノエルさんが空の籠を並べている。外では、明日もパンを持ってくると言って、帰っていく人たちの声がした。


 師匠も、リュカも、今はここにいない。


 私たちは、ここでパンを焼く。


 私は次の粉袋を開けた。明日、食べる人たちの分を、またひとつずつ作っていく。こうして、後方に残った私たちの戦いも続いていた。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。