↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編版】王子が生まれたので、もう我慢しなくてもよろしいのですよね?  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/44

第39話 王宮、臨戦態勢となる

【エリアナ視点】


 王宮の門をくぐったとき、いつもと様子が違うことに気づいた。


 衛兵たちが、通りのほうまで注意を向けている。中へ入ると、廊下を急ぐ人と何度もすれ違った。書類を抱えた役人も、剣を腰に下げた騎士も、足を止めずにそれぞれの行き先へ向かっていた。


 弟の顔を見に来た日とは、空気が違った。


 私は案内された部屋へ入り、摂政のオスヴァルトさんに、北の森で見たことを報告した。ノエルさんたちがゴブリンに囲まれていたこと。三人は助けたけれど、群れはまだ森に残っていること。


 話を聞き終えたオスヴァルトさんは、深くうなずいた。


「無事に連れ戻されたとのこと、何よりです。ですが、エリアナ殿下。こちらにも、知らせが届いております」


 机の上から、一通の書状を取り上げる。その顔は、先日ここで会ったときとは違っていた。


「ゴブリン王を名乗る者から、宣戦布告が届きました」

「……宣戦布告?」


 私は、差し出された書状を見た。


 王都へ兵を進める。


 そう書かれていた。


 言葉を読み終えてからも、しばらく目が離せなかった。今日、森で刃を向けてきたゴブリンたちが、今度は、この王都へ来るというのだ。


「ゴブリン王、ですか」

「自ら、そう名乗っております」


 オスヴァルトさんは、それ以上、敵の正体については断定しなかった。私も、森で見たゴブリンたちの中に、王らしい者がいたかどうかはわからない。あのときは、三人を連れ出すので精いっぱいだった。


 部屋の扉が叩かれたのは、そのときだった。


◇◆◇


「失礼いたします」


 入ってきたのは、ユゴーさんだった。私の姿を見て一度頭を下げると、すぐにオスヴァルトさんへ向き直った。


「北の森について、新たな報告がございます」

「うかがいましょう」

「森の奥に、数万単位のゴブリンが集まっているとのことです」


 私は、思わずユゴーさんを見た。


「数万……?」


 森で見た群れだけでも、多いと思った。木々の陰から次々に出てくる姿を思い出す。けれど、あれは、集まっているものの一部にすぎなかったらしい。


「はい。詳しい数は、まだ確認できておりません。しかし、通常の討伐依頼で対応できる規模ではないと」

「ロドニー侯は?」

「我が主は、兵を集めるため、領地へ戻りました。こちらでの準備も進めるよう、申しつかっております」


 ブライ侯まで、兵を集めに戻った。


 私は、ようやく、廊下を行き交う人たちの様子と、今聞いた話がつながった。王宮はすでに、戦うための準備を始めていたのだ。


 机の上には、北の森と王都の位置を示す地図が広げられていた。私はノエルさんたちを見つけた場所と、帰ってきた道を伝えた。オスヴァルトさんは担当の人に書き留めさせ、その間も、次の報告を受け取っている。


 以前のように、誰が何をするかで立ち止まってはいなかった。


 それでも、相手の数が数だ。


「エリアナ殿下」


 オスヴァルトさんが、私を見た。


「勇者殿のお力を、お借りできないでしょうか」

「師匠に、ですか」

「はい。殿下から、お話しいただければと」


 師匠は、魔王を倒した人だ。万の魔族を突破したという話も聞いている。けれど、その人の力が必要になるほどの群れが、王都の近くに集まっている。


 私は、書状から目を上げた。


「わかりました。話をしてきます」


◇◆◇


 道場へ着いたころには、稽古の声がやんでいた。


 木剣を片づける音が奥から聞こえ、何人かの弟子が帰り支度をしている。師匠を尋ねると、裏手にいると教えてもらった。


 庭に面したところで、師匠は一人、酒を飲んでいた。


 片手に杯を持ち、もう片方の手を膝に置いている。私が近づくと目だけをこちらへ向け、それから、また庭の先を見た。


「師匠」

「おう」


 私は、どこから説明しようかと、一度息を整えた。


 その前に、師匠が杯を置いた。


「北からクセェ臭いがしやがるぜ……」


 低い声だった。


 庭には、いつもの風が通っている。葉が揺れ、乾いた土の匂いがした。師匠はその向こうを見たまま、私の話を待っていた。


「北の森に、ゴブリンが集まっています」


 私は、今日のことを最初から話した。ブリジットさんとノエルさんたちを助けに行ったこと。森に残った群れを、全部倒すことはできなかったこと。


 そして、王宮へ行くと、ゴブリン王を名乗る者から宣戦布告が届いていたこと。


 数万のゴブリンがいるという情報も、そのまま伝えた。


 師匠は、途中で口を挟まなかった。肘を膝に置き、私を見ながら、最後まで聞いていた。


「摂政のオスヴァルトさんから、師匠に出ていただけないかと頼まれました」


 話し終えると、師匠は、短く息を吐いた。


「そうか」


 それから立ち上がり、私の前で足を止めた。


「エリアナ」

「はい」

「お前は残った大事な王族だ。王都で待っていてくれ」


 私は、師匠の顔を見上げた。


 一緒に行きます、と言いかけた。今日だって、ブリジットさんと森へ行き、ノエルさんたちを連れ戻すことはできたのだ。


 けれど、師匠は、私の返事をまっすぐに待っていた。


 王宮で眠る、レオンの顔が浮かんだ。あの子は、まだ自分で歩くこともできない。王都で何かあったとき、そばにいてやれる大人が必要なのだ。


 私は、ゆっくりうなずいた。


「……わかりました。王都にいます」

「おう」


 師匠は、それを聞いてから、奥の部屋へ入っていった。


◇◆◇


 戻ってきた師匠は、長い鞘を手にしていた。


 稽古に使う木剣ではなかった。旅の荷物をまとめるときにも、普段の食事へ出かけるときにも、見かけない剣だった。


「それは……」

「聖剣だ」


 師匠は、短く答えた。


 鞘に収まっていても、きちんと手入れされていることがわかった。師匠は柄に手を添え、腰へ下げる位置を確かめた。その動きは、いつもの稽古のときと同じように、無駄がなかった。


 私は、何か言おうとして、少し迷った。


 師匠は強い。


 私が心配するより、ずっと強い人だ。


 それでも、言わずにはいられなかった。


「お気をつけて」

「ああ」


 師匠は私の頭へ手を置いた。軽く一度撫で、それから離す。


「行ってくる」


 そのまま庭を出て、道場の門へ向かった。誰かを急かすことも、大きな声で指示することもない。ただ、剣を下げ、いつもの歩き方で進んでいく。


 私は門のところまでついていった。


「王宮へ?」

「まずは、話を聞いてくる」


 そう答えた師匠は、王宮へ続く通りへ出た。すれ違った人が道を譲り、師匠はその横を歩いていく。聖剣の鞘が、歩くたびにわずかに揺れた。


 角を曲がるまで、私はその背中を見送っていた。


◇◆◇


 師匠が見えなくなってから、私は冒険者ギルドのほうへ足を向けた。


 通りには、まだ人がいた。店先の品物を片づける人も、荷物を抱えて帰る人もいる。あの北の森で何が起きているか、まだ知らない人も多いのだろう。


 今日は、ノエルさんたちを助けに行っただけのつもりだった。


 けれど、森には数万のゴブリンが集まり、その中には、王を名乗って王都へ攻め込もうとする者がいる。私が見たものは、その端の、ほんの一部分だった。


 師匠は、聖剣を持って王宮へ向かった。


 私は、王都で待つ。


 ギルドが見えてきた。扉の向こうから、人の声が聞こえる。ノエルさんたちは、まだ休んでいるだろうか。ブリジットさんにも、王宮で聞いたことを伝えなければならない。


 私は入口で一度足を止め、息を整えた。


 それから、冒険者ギルドの扉を開けた。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。