第37話 私、久しぶりに卵サンドを食べたくなる
【エリアナ視点】
厨房に届いた卵を見ていたら、ふと、食べたくなった。
卵サンドである。
前世のコンビニで、よく買っていた。豪華な食べ物ではないし、特別な日に食べるものでもない。それでも、棚に並んでいるのを見ると、つい手が伸びた。柔らかなパンに、つぶした卵がたっぷり挟まっている、あれが好きだったのだ。
「エリアナ、卵に何かついてるか?」
籠を見つめていたら、ニコラさんに声をかけられた。私は慌てて顔を上げる。
「いえ。ちょっと、作ってみたいものを思い出して」
「今度は卵か」
「はい。お昼が落ち着いたら、厨房を少しお借りしてもいいですか?」
ニコラさんは、空いている調理台のほうを見た。
「ああ。いいぞ。何を作るんだ?」
「卵を、パンに挟もうと思います」
「焼いてか?」
「茹でて、つぶして、です」
説明すると、ニコラさんは少し首をかしげた。けれど、卵もパンもあるから好きに使っていいと言ってくれたので、私はありがたく借りることにした。
◇◆◇
お昼の忙しい時間が過ぎてから、卵を茹でた。
殻をむいて器に入れ、匙の背でつぶしていく。黄身がほろほろと崩れ、白身も小さくなって混ざっていった。そこへ塩を少し振り、味を確かめる。
うん。おいしい。
もう、このまま食べてもいいくらいだけれど、今日は卵サンドが食べたいのだ。私は切っておいたパンを取り、つぶした卵をたっぷり載せた。
そのころ、ちょうど食事に来ていたリュカが、厨房の入口から顔をのぞかせた。その日は休みだそうで、いつもの仕事中よりも、少しのんびりした顔をしている。
「エリアナ様、何を作っていらっしゃるんですか?」
「卵サンド。リュカも食べる?」
「よろしいんですか?」
「うん。もうできるから、座って待っていて」
上からもう一枚のパンを重ね、軽く押さえる。それを食べやすいように半分に切り、皿へ載せれば、出来上がりだった。
皿を持って席へ行くと、リュカが少し驚いた顔をした。
「もうできたんですか?」
「できたわよ。はい、どうぞ」
「これ、卵をつぶしていたものですよね?」
「そう。塩で味をつけて、パンに挟んだの」
「これだけですか?」
材料の少なさに驚いたらしい。
私はうなずき、自分の分も手に取った。
「これだけ。食べてみて」
リュカがひと口かじる。私はその顔を見ながら、自分も口に運んだ。
柔らかなパンの間で、黄身がほろりとほどけた。小さく残った白身の歯触りも楽しい。塩を入れすぎなかったので、パンと一緒に食べても、卵の味がよくわかった。
思い出のコンビニのものと、まったく同じではない。けれど、卵がたっぷり入ったパンを頬張るこの感じは、たしかに懐かしかった。
「……うまいですね」
リュカが、手元の卵サンドを見ながら言った。
「でしょう?」
「もっと、何か入れるのかと思っていました」
「今日は、これくらい簡単なのが食べたかったの」
そう答えると、リュカはもうひと口食べた。私も続いてかじり、二人でしばらく、もぐもぐと食べる。
焼けたお肉も、熱々の煮込みも好きだけれど、こういう食事もいい。皿から手に取って、そのまま食べられる気軽さまで、なんだか懐かしかった。
◇◆◇
「エリアナさん、それ、新しい料理?」
声をかけてきたのは、近くの席にいたノエルさんだった。食事を終えて、仲間と話していたところらしい。私たちの皿を、興味深そうに見ている。
「卵サンドです。ゆで卵をつぶして、塩を振って、パンに挟んだんですよ」
「へえ。卵は、そうやって挟めばいいのか」
「白身を少し残すと、食べたときの感じも楽しいですよ」
ノエルさんは、うなずきながら聞いていた。
その翌日。
私は、食堂の隅で、見覚えのあることをしている人たちを見つけた。
ノエルさんと、その仲間だった。
皿の上でゆで卵をつぶし、塩を振り、それぞれのパンに載せている。ニコラさんに頼んで、ゆで卵とパンを出してもらったらしい。
「さっそく作ってみたんですね」
「うん。難しいことはなさそうだったから」
「私も、難しいことはしていませんからね」
笑って答えると、仲間の一人が、卵を山盛りにしたパンを持ち上げた。上から重ねたパンの脇に、つぶした卵が少しはみ出している。
「それ、挟みすぎじゃない?」
「多いほうがうまいだろ」
ノエルさんに言われても、その人は気にせずかじった。そして、こぼれそうになった卵を慌てて皿で受け止める。
私は、笑いながら匙を一本、追加で置いた。
「落ちた分も、ちゃんと召し上がってくださいね」
「もちろん。これ、うまいな」
その様子を見ていた別のお客さんが、何を食べているのか尋ねた。今度はノエルさんが、私に教わったとおりに説明している。
ゆで卵をつぶす。
塩を振る。
パンに挟む。
それだけなので、話を聞いた人は、すぐにうなずいた。
私が次の料理を運んで戻ってくるころには、その席でも、ゆで卵とパンが注文されていた。
◇◆◇
王都で卵が手に入りやすかったのは、ありがたかった。
アルヴェの周辺では養鶏が盛んで、鳥の肉だけでなく、卵もよく市場へ運ばれてくる。ギルドの厨房にも、まとまった数が届いていた。コエンナにいたころより、気軽に使える食材だったのだ。
何日かすると、ゆで卵とパンを別々に頼む人に混じって、「挟んだものをください」と注文する人も増えた。
「食べる分を、その都度作るなら、手間もそうかからないな」
ニコラさんがそう言って、厨房でも出してくれるようになった。卵をどのくらい細かくするか、パンにどれくらい載せるかを一緒に確かめたら、あとはもう、お任せできた。
ブリジットさんは、できたものを食べながら笑った。
「今度は卵かい。すっかり鳥づくしだねえ」
「そういえば、そうですね」
「まあ、うまいし、食べやすい。これなら、煮込みを食べるほどじゃないときにも、頼みやすいよ」
その言葉どおり、卵サンドは、少しお腹が空いたときの注文にもよく出た。しっかり食べたい人は二つ頼んだり、ほかの料理と一緒に食べたりしている。
自分で作るのを楽しんでいる人も、相変わらずいた。ノエルさんたちは、卵を細かくつぶすか、少し大きく残すかで、好みが分かれたらしい。同じ卵と塩とパンなのに、食べ比べては何か言い合っている。
私はそれを聞きながら、お皿を下げた。
久しぶりに自分が食べたくなって作ったものが、こんなふうに広まるとは思わなかった。
卵サンドは、ギルドの新しい名物になった。
◇◆◇
ある日の休憩に、私は自分の分の卵サンドを作った。
半分に切ったパンから、黄色い卵がのぞいている。これを見ると、前世でよく立ち寄ったコンビニの棚を思い出した。店内の明るい光や、手に取った包みの感触まで、少しずつ記憶の中から浮かんでくる。
何を食べようかと棚の前で迷って、結局いつもの卵サンドを選ぶ。あのころは、そんな何でもないことを、いつか懐かしむ日が来るとは思っていなかった。
ひと口食べて、ゆっくり噛む。
それから、今度は、コエンナのサバサンドを思い出した。
潮風亭のお昼の忙しい時間が終わったあと、まかないに出してもらったサバサンド。焼いたサバの香ばしい匂いと、パンに染みた魚の旨みが好きだった。おかみさんの声や、窓から入ってくる潮風も、食べていたときの記憶と一緒によみがえる。
海辺の町では、サバを挟んだパン。
王都では、卵を挟んだパン。
同じようにパンを手に持っていても、思い出す景色はずいぶん違う。今の卵サンドには、前世のコンビニの明かりに加えて、リュカが驚いた顔や、ノエルさんたちが楽しそうに卵をつぶす姿も、くっついてしまった。
厨房から、ニコラさんが誰かを呼ぶ声がした。食堂では、ブリジットさんが笑っている。
私は残りの卵サンドを持ち直した。
次にコエンナへ行ったら、おかみさんに、この話をしよう。そして、できればサバサンドも作ってもらおう。
そんなことを考えながら、少し懐かしい気持ちで、最後のひと口を食べた。
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