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【長編版】王子が生まれたので、もう我慢しなくてもよろしいのですよね?  作者: 塩野さち


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第36話 皮も砂肝もぼんじりも美味しいよ

【エリアナ視点】


 胸肉とキャベツの煮込みは、今日もよく売れていた。


 厨房では、ニコラさんが鳥をさばいている。ももは焼き物用、胸肉は煮込み用。以前とは違い、二つの器に分けて肉が並べられていくのを見ると、なんとなくうれしくなった。


 けれど、鳥には、まだ食べられるところがある。


「ニコラさん。その皮も、取っておいていただけませんか?」

「皮?」

「はい。あと、こっちも」


 私が指さすと、ニコラさんは包丁を置いて、手元を見た。そこには、肉を取り分けたあとに残った皮や、下処理の途中でよけた内臓などが並んでいた。


「今度は、ここを使うのか?」

「全部ではないですけど。砂肝とか、ぼんじりとか」

「ぼんじりって、どこのことだ?」

「この、尻尾の付け根のところです。脂があって、おいしいんですよ」


 話しているうちに、前世で食べた焼き鳥を思い出した。皮も、砂肝も、ぼんじりも、それぞれ違ったおいしさがある。胸肉を使わないのももったいなかったけれど、こちらも、そのまま捨ててしまうには惜しかった。


「皮は、もも焼きについてるのも、おいしいでしょう?」

「そりゃあな」

「それを、皮だけで焼くんです」

「なるほど。それなら、うまそうだな」


 ニコラさんは皮を別の器に移し、次に砂肝を見た。こちらは、皮ほどには納得していない顔だった。


「こっちは、硬そうだぞ」

「歯応えがあって、おいしいんです。食べやすく切ってみませんか?」


 それから二人で、どこを使うか、どう焼くかを相談した。私は食べたことのある料理の話をし、ニコラさんは実際に部位を確かめながら、下ごしらえを進めてくれた。


 今日は、少しずつ試してみるだけだ。


 そう思っていたのだけれど。


◇◆◇


「では、僕が先にいただきます」


 食堂の端に用意した席には、なぜかリュカが座っていた。


 その隣には、ブリジットさんもいる。二人の前には、取り皿と水の杯まで置かれていた。私とニコラさんで少し味を見るつもりだったのに、いつの間にか、ちゃんとした試食会になっている。


「……リュカ、どうして?」

「仕事が終わって、食事に来たんです。それで、お話を聞きまして」

「それで、どうして先に食べることになったの?」


 リュカがニコラさんを見る。ニコラさんは、少し困ったように頭をかいた。


「いや、さすがに、エリアナ様に最初に食べてもらうのは申し訳ないというか……」

「ニコラさん、急に様をつけないでください」


 さっきまでは、普通に名前を呼んでいたのに。


 私が食べたいと言ったのだし、おいしく食べられると思ったから提案したのだ。どうして、私だけ後回しになっているのだろう。


「あたしは、店に出せるかどうか、味を見ておかないとね」


 ブリジットさんは、堂々と言った。それは、たしかにそうだ。そうなのだけれど、ずいぶん楽しそうな顔をしている。


「エリアナ様。まず僕たちが食べてみますから」

「だから、私も食べたいんだけど」

「まあまあ。皿が来たら、みんなで食べればいいじゃないか」


 ブリジットさんのひと言で、ようやく話がまとまった。


 私は椅子を引いて座り、自分の取り皿を手元に寄せた。言い出した本人なのだから、ちゃんと食べるつもりだった。


◇◆◇


 最初に運ばれてきたのは、皮だった。


 ニコラさんが、平たい皿を卓上に置く。小さく切って焼かれた皮は、端のほうがくるりと丸まり、きれいな焼き色がついていた。塩を振っただけなのに、香ばしい匂いがする。


「お。これは、いい匂いだね」


 ブリジットさんが、ひとつ口に入れた。ぱりっと、小さな音がしたあと、目が少し細くなる。


「うまいじゃないか」

「ですよね!」


 私も、さっそく食べてみた。薄いところはぱりぱりしていて、少し厚みのあるところには、むちっとした食感が残っている。噛むほどに脂の旨みが広がって、塩がよく合っていた。


 リュカも、ひとつ食べてから皿を見た。


「もも焼きの皮とは、また違いますね」

「皮だけだと、香ばしいところを、ずっと食べられるでしょう?」

「はい。これは、つい手が伸びます」


 そう言ったとおり、リュカの手が、もう一度皿へ伸びた。

 ニコラさんは自分でも味を確かめ、焼き色のついた端を指でつまんだ。


「これなら、料理が出るまでにつまむのにも、よさそうだな」

「麦酒に合うよ。間違いないね」


 ブリジットさんの言い方には、妙な確信があった。

 皮の皿は、思っていたよりも早く空になった。


◇◆◇


 次は、砂肝だった。


 こちらも食べやすい大きさに切って、塩を振って焼いてある。ニコラさんがきちんと下ごしらえをしてくれたので、見た目にも、食べにくそうなところはなかった。


 ただ、リュカは少しだけ慎重な顔をしていた。


「これも、焼くだけでいいんですね」

「うん。食べてみて」


 リュカが口に入れ、ゆっくり噛んだ。一度、二度と噛んでから、少し意外そうにこちらを見る。


「……あ、こういう歯応えなんですか」

「おいしいでしょう?」

「はい。もっと食べにくいものかと思っていました」


 私もひとついただいた。こりっとした歯応えがあって、噛んでいるうちに、肉の味がじわじわ広がる。さっきの皮とは違って脂っこくないので、続けて食べても、また手が伸びてしまう。


 ブリジットさんも、気に入ったらしかった。


「あたしは、これ、好きだねえ」

「皮も好きだとおっしゃってましたよ」

「どっちも好きでいいだろう?」


 それは、そうだ。


 ニコラさんは、もう次に出すときの切り方を考えていた。私はおいしかったものを思い出して話しているだけだけれど、こうして実際に料理にしてくれる人がいるのは、ありがたい。


 最後は、ぼんじりだった。


 これは、一羽からたくさん取れる部位ではない。皿の上には、小さな焼き物が少しだけ並んでいた。表面に焼き色がつき、脂がつやつやと光っている。


「これは、見た目からして、うまそうだな」


 ニコラさんが言い、ブリジットさんがうなずいた。リュカも、今度はためらわずに手を伸ばす。


 私も、少し冷ましてから口に入れた。


 噛むと、じゅわっと脂の旨みが広がった。皮の香ばしさとも、砂肝の歯応えとも違う。小さいのに、口の中がすっかり鳥のおいしさでいっぱいになる。


「……これ、おいしいですね」


 リュカが、しみじみと言った。

 ブリジットさんも、皿を見つめている。


「少ないのが、惜しいねえ」

「一羽に、そんなにたくさんついていませんから」

「そうか。じゃあ、取り合いだね」


 言いながら、最後のひとつへ手を伸ばそうとしたので、私は慌てて自分の皿を確かめた。

 もう、ない。

 リュカの皿にも、なかった。


「あの。私に食べさせるのは申し訳ない、というお話では……?」


 私が言うと、リュカがはっとした。


「すみません。おいしかったので、つい」

「あはは。心配する必要、なかったね!」


 ブリジットさんが笑い、最後のひとつを私の取り皿へ載せてくれた。

 私はありがたく、いただくことにした。


◇◆◇


 試食の結果は、どれも好評だった。


 皮は、香ばしく焼いたものを少しずつつまめるように。砂肝は、歯応えを楽しめる塩焼きに。ぼんじりは、用意できた分だけ出すことになった。


 ニコラさんは、次の日からさっそく仕込みを始めた。食べる人の反応を見ながら、切る大きさや焼き具合を調整している。私も給仕の合間に、どれがよく注文されるかを伝えた。


 最初は、名前を聞いて首をかしげるお客さんもいた。


「砂肝って、うまいのか?」

「歯応えがあって、おいしいですよ。少し召し上がってみますか?」


 頼んだ人が、隣の人にも勧める。その人がまた別の日に注文して、少しずつ、見慣れない料理ではなくなっていった。


 皮は麦酒と一緒によく出た。砂肝を気に入って、そればかり頼む人もいた。ぼんじりは、夕方の早いうちになくなってしまうことがあって、ニコラさんに残りを確かめるのが、私の仕事のひとつになった。


 もちろん、もも焼きも、胸肉とキャベツの煮込みも、相変わらず人気だった。


 しっかり食事をしたい人にも、安くお腹いっぱいになりたい人にも、麦酒のつまみが欲しい人にも、何かしら勧められる。お客さんの好みを聞きながら料理を選ぶのも、前より楽しくなった。


◇◆◇


 そんな日が続いた、ある日のこと。


 初めて見るお客さんが、入口から中をのぞき込んだ。旅の荷物を背負ったまま、看板と食堂を見比べている。


「あの、鳥料理のうまいギルドって、ここで合ってるかい?」

「はい。どうぞ、お入りください」


 私が席へ案内すると、ブリジットさんが、少しおかしそうに笑った。


「ずいぶんな呼ばれ方になったねえ」

「お料理を目当てに来てくださるのは、うれしいですね」

「そうだけどさ。冒険者の仕事も、ちゃんと扱ってるんだよ、うちは」


 その声が聞こえたのか、依頼書を見ていたお客さんが振り返った。


「仕事が済んだあとに、うまい飯を食えるんだから、いいじゃないか」


 ブリジットさんは、そりゃそうだ、と笑った。


 厨房からは、今日も香ばしい匂いがしている。私は焼き上がった皮の皿を受け取り、待っているお客さんのところへ運んだ。


 皮も、砂肝も、ぼんじりも。


 捨てるには惜しいと思っていたものが、今では、それを目当てに人が来る一品になっている。


 こうして、私の働く冒険者ギルドは、王都でちょっと名の知れた「鳥料理のギルド」になったのだった。

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