第27話 救世主ゴーンさん
【エリアナ視点】
戦争になるかもしれない。
ユゴーさんの知らせを聞いてから、その言葉が頭を離れなくなった。
魔物を退治するのとは違う。
武器を持った人たちが、この町へ来る。
私と、師匠を討つために。
私はハンナさんにお願いして、しばらく潮風亭を休ませてもらうことにした。
「こっちは任せな」
ハンナさんは、そう言ってくれた。
重税のせいで、お店だって楽ではない。
それでも、私が謝ろうとすると、背中を軽く叩いてくれた。
「戻ってきたら、また働いてもらうよ」
「……はい」
私はうなずいた。
だから、今は。
「目をそらすな」
師匠の声と同時に、木剣が迫った。
私は慌てて自分の剣を合わせる。
乾いた音。
受け止めた腕に、重い衝撃が伝わった。
押し返そうとした瞬間、師匠の姿が横へずれる。
「っ……!」
体をひねった。
肩のすぐそばを、剣先が通り過ぎる。
避けたと思ったときには、次の一撃が来ていた。
私は後ろへ跳び、どうにか距離を取った。
息が、うまく吸えない。
「一本防いで、安心するな」
「はい……!」
領主館の裏庭で、私は久しぶりに師匠の稽古を受けていた。
厳しかった。
以前なら、構えを直す時間をくれた。
何が悪かったかを考え、もう一度やり直すこともできた。
今は違う。
崩れた体勢のまま、次に備えなければならない。
息を整えようと立ち止まれば、その間に剣先が届く。
「相手は、お前の支度ができるまで待っちゃくれねえぞ」
「……わかっています」
「なら、足を止めるな」
私は木剣を握り直した。
師匠を倒そうとして、前へ出すぎる。
そのたびに足元を崩され、剣を受けるだけで精いっぱいになる。
「勝ちを急ぐな。踏み込めねえなら、いったん離れろ」
土を蹴り、間合いを取り直す。
それだけのことが、こんなに難しかっただろうか。
喉が渇く。
背中を汗が流れる。
それでも、師匠が力を加減してくれていることは、わかっていた。
この人の本気を、人間相手に使わせたくない。
私も、簡単に倒されるわけにはいかなかった。
◇◆◇
「よし。少し休め」
ようやくそう言われて、私は木剣を下ろした。
水を飲み、息を整える。
握り続けていた手のひらが、じんじんしていた。
そこへ、ユゴーさんが来た。
私たちの姿を確かめると、足早に近づいてくる。
その表情を見て、私は水の器を置いた。
「エリアナ様、並びにセヴラン様に、お知らせがございます」
「何かあったんですか?」
師匠も、木剣を脇へ置いた。
ユゴーさんは一度、息を整えた。
「我が主、ブライ侯ロドニーが兵をあげました。ただいま、首都へ進軍中です」
「えええええっ!」
思わず、大きな声が出た。
兵をあげた?
ロドニー侯が?
しかも、首都へ?
「ちょ、ちょっと待ってください。それは、どういう……」
「いま、首都はもぬけの空です。王家軍がこちらへ向かったことで、守りが手薄になっております」
ユゴーさんの声は、落ち着いていた。
慌てているのは、私だけらしい。
「首都に残る王族の方々をおさえたのち、内閣から停戦を申し出る予定です」
私は、ユゴーさんを見つめた。
王族を、とらえる。
言葉の意味を考えた途端、胸の奥が冷たくなった。
「それで……殺しちゃうんですか?」
声が、小さくなった。
父にも、母にも、姉にも、思うところはある。
言いたいことだって、たくさんある。
王宮へ戻れと言われても、戻りたくない。
でも。
レオン。
生まれて間もない、私の弟。
自分が王子だということさえ、まだわかっていないだろう。
あの子が、何かを命じたわけではない。
私を閉じ込めようとしたわけでも。
重い税を取り立てたわけでもない。
同じ王家に生まれたというだけで、一緒に殺されるなんて。
「いえ」
ユゴーさんが、はっきりと答えた。
「最後は、エリアナ殿下に決めていただくため、生け捕りにせよとの命が下っております」
「……私に?」
私は、膝の上の手を見た。
さっきまで、剣を握っていた手だ。
その手に、今度は家族の命を渡される。
すぐに何かを答えられるはずもなかった。
ただ、殺すために向かっているのではない。
それを聞いて、詰めていた息が、少しだけ抜けた。
「そう……生きたまま、とらえるんですね」
「はい。そのように、厳命されております」
私はゆっくりとうなずいた。
けれど、まだ何も終わってはいないのだ。
侯爵の軍は、首都へ向かっている途中。
王家軍は、こちらへ向かっている。
先にどちらが動くかで、起きることが変わってしまう。
「それで、先に王家軍がここへ来たら?」
尋ねると、ユゴーさんは深く頭を下げた。
「大変お手数ですが、時間稼ぎをしていただきたく……」
私は師匠を見た。
師匠は腕を組み、少し考えている。
時間稼ぎ。
倒すのではなく、待たせる。
停戦の申し出が届くまで、町へ進ませない。
口で言うのは簡単だった。
でも、相手は軍だ。
足を止めるために戦えば、誰かが傷つく。
私が倒れれば、師匠が動く。
そうなったとき、この町の周りがどうなるのか。
さっきの稽古で感じた一撃の重さを、腕がまだ覚えていた。
◇◆◇
「おう。それなら、いいヤツがいるぜ」
師匠が言った。
私は顔を上げた。
「いい人、ですか?」
「ああ。優しくて、絶対に死なねえヤツがな」
優しくて。
絶対に、死なない。
頭の中に、大きな木の下で杯を抱えている姿が浮かんだ。
灰緑色の大きな体。
私たちが踊っているところを、目を細めて眺めていた顔。
私は、ぱん、と手をたたいた。
「あっ、ゴーンさん!」
師匠がうなずく。
「そういうことだ」
「たしかに、ゴーンさんなら……!」
枝で擦った傷が、目の前でふさがっていったことを思い出した。
そして、村の人たちが怖がっていると知ったら、ちゃんと森へ戻ってくれたことも。
あの人は、話を聞いてくれる。
大きな体で、誰かを怖がらせたいわけではない。
私たちとパンを食べ、お酒を飲んで、音楽を聴いていたい人だ。
「まずは、事情を話してみるか」
師匠が立ち上がった。
「はい。お願いしてみましょう」
ユゴーさんが、私たちを交互に見た。
「ゴーン様、というのは……?」
「森に住んでる、俺たちの友達だ」
師匠が答えた。
ユゴーさんは、少し考えたあと、静かにうなずいた。
「では、どうか、よろしくお願いいたします」
私は、置いていた木剣を手に取った。
ようやく、息をする場所が見つかったような気がした。
まだ、ゴーンさんが引き受けてくれると決まったわけではない。
でも、相談できる人がいる。
それだけで、さっきまで張り詰めていた肩から、少し力が抜けた。
◇◆◇
森へ行くなら、お土産が必要だ。
しかも今日は、大事なお願いをしに行く。
私と師匠は、いつもよりずっと多くの食べ物とお酒を用意した。
大きなパン。
チーズの塊。
干し肉も、たっぷり。
師匠は酒樽を二つ抱えている。
「それ、重くないですか?」
「お前の籠のほうが、持ちにくそうだぞ」
言われて、私は膨らんだ籠を抱え直した。
パンが一つ、上から落ちそうになる。
慌てて押さえると、師匠が少し笑った。
その顔を見て、私も少しだけ笑えた。
いつもの道を、二人で歩く。
町を離れるにつれて、木々が近づいてきた。
風に揺れる葉の音が聞こえる。
この前は、向こうから音楽が聞こえてきた。
みんなで飲んで、踊って、笑った。
また、あんなふうに遊びに来たい。
そのためにも、今日は話を聞いてもらおう。
私はお土産の籠をしっかり抱え、師匠と一緒に、ゴーンさんのいる森へ向かった。
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