第24話 集まった税
【セレスティア視点】
金貨が、こんなにも簡単に集まるなんて。
私は税収の報告書を眺めながら、思わず笑みを浮かべた。
各地から、追加の税が納められている。
報告が届くたびに、合計の数字は大きくなった。
私が命じたからだ。
私が必要だと言えば、皆が従う。
それこそが、国を動かすということではないかしら。
「現時点での納入額は、以上でございます」
財務大臣マティアスが、向かいで頭を下げた。
「ずいぶん集まったのね」
「はい。ただ、復興費として支出する分もございますので、各事業の必要額との照合を――」
「わかっているわ」
私は報告書から目を離さずに答えた。
この人は、いつも説明が長い。
必要なものには使えばいい。
そのために、こうしてお金を集めたのだから。
国庫が潤えば、皆も安心するでしょう。
それなのに、どうしてこんな難しい顔をしているのかしら。
「ほかにございますか?」
「支払いを待っている案件の一覧を、お持ちしております」
「置いておいて。あとで見るわ」
マティアスは一瞬、口を開きかけた。
けれど、結局は書類を置き、一礼して退出した。
私はその一覧を脇へ寄せた。
もう一度、税収の合計を見る。
胸の奥が、ふわりと満たされた。
◇◆◇
お父様も、お母様も、私の働きを喜んでくださった。
「よくやった、セレスティア」
父アルベルトは、報告書を見て満足そうにうなずいた。
「これで、王家の支出にも余裕を持たせられる」
「ええ。いつまでも、何かにつけて予算がないと言われていては、困りますものね」
私が答えると、母のマルグリットも笑った。
「王宮の調度品も、そろそろ新しくしたかったのよ。客人を迎える場所ですもの。見劣りしてはいけないわ」
「もちろんです、お母様」
せっかく国のために集めたお金なのだ。
国の顔である王家にも、ふさわしい使い道があるはずだった。
私は、集まった税の一部を王家の予算へ回すように書面を整えた。
お父様が、それに署名してくださる。
これでいい。
財務の者たちは何か言いたそうだったけれど、お父様がお認めになったことだ。
やがて、王宮には次々と品物が届き始めた。
お母様には、新しい宝石と絹。
お父様には、遠方から取り寄せた酒と、細やかな彫刻を施した調度品。
私も、衣装を新調した。
刺繍の糸から選び、袖の形を変え、首飾りに合わせて襟元を仕立て直す。
これからは副宰相として、人前に立つことも増えるのだから。
広間の緞帳も取り替えられた。
前のものは、少し重苦しい模様だった。
明るい色に変わった部屋を見て、お母様はたいへん喜んでくださった。
「やっぱり、あなたに任せてよかったわ」
「ありがとうございます、お母様」
その言葉が、何よりうれしかった。
食卓には、以前より多くの料理が並ぶようになった。
珍しい果物。香りの強い酒。見た目まで美しい菓子。
新しい皿に盛られた料理を前に、お父様の機嫌もよかった。
王家が明るくなった。
これは、私の成果だ。
私は新しい首飾りに指を添え、笑った。
「ふふっ、政治なんて簡単じゃない!」
◇◆◇
何日かして、私は宰相の執務室へ向かった。
あれだけ税を集めたのだ。
そろそろ、オスヴァルトからも労いの言葉があっていい。
ところが、扉の前まで来たとき、中から聞こえたのは、沈んだ声だった。
「このままでは、復興事業への支払いに支障が出ます」
マティアスの声だ。
私は足を止めた。
細く開いた扉の向こうに、何人かの姿が見える。
宰相オスヴァルト。
ブライ侯ロドニー。
それから、財務大臣マティアスと、内務大臣エドガー。
何か、相談しているらしかった。
「復興のために集めた税が、王家の支出へ回されている。これでは、各領にどう説明すればよいのか」
エドガーが言った。
私は眉を寄せた。
どう説明するも何も、王家に必要だから使ったのだ。
お父様だって、認めてくださった。
「必要な支払いを確認する前に、使える金だと判断されたのでしょう」
マティアスが、机の上へ書類を置く。
「一覧は、お渡ししていたのですが」
あの、あとで読むつもりだった書類のことだ。
私は唇を結んだ。
何も、使い切ったわけではない。
復興の仕事にも、あとで回せばいいでしょう。
その程度のことで、こんなところに集まって。
「エリアナ様なら、こうはならなかったでしょうな」
ロドニーの声がした。
指先が、止まった。
「あの方は、入ってきた金だけでなく、これから出ていく金も確かめておられた。支払いの順番を決めるために、何度も資料を求めていたはずです」
私は扉を見つめた。
また、その名前。
「ええ。エリアナ様なら、徴税を決める前に、必要な額と使途を整理しておられたでしょう」
今度は、エドガーだった。
「至急納めよと言われた領主たちも、復興に必要だからと応じたのです。それが王家の贅沢へ回ったと知れば、納得はしません」
贅沢。
私たちのしたことを、この人は、そう呼んだ。
「過去を惜しむだけでは進まん。まず、支出の見直しを求めねばなるまい」
オスヴァルトが言った。
そのあとにも、何か話は続いていた。
支払い。
説明。
王家への予算。
けれど、私の耳に残ったのは、ひとつの名前だけだった。
エリアナ。
エリアナ様なら。
エリアナ様だったら。
またエリアナ!?
またエリアナなの?
◇◆◇
私は、扉に手をかけられずにいた。
これだけのお金を集めたのは、私だ。
お父様も、お母様も、喜んでくださった。
王宮は明るくなり、必要なものも買えるようになった。
それなのに、なぜ。
なぜ、この人たちは私を認めないの。
あの子は、出ていったのに。
王宮を離れ、好き勝手にしているあの子の名前を、どうして今も持ち出すの。
私が何をしても、その向こうに、あの子がいる。
同じ役職に就いても。
目に見える成果を出しても。
私を見るはずの人たちが、すぐに、ここにいない妹の話を始める。
首飾りを握る指に、力が入った。
宝石の角が、手のひらに食い込む。
痛かった。
その痛みさえ、腹立たしかった。
私の中で、何かがぷつんと切れる音がした。
不思議と、そのあとは静かだった。
扉を開けて、怒鳴りつけたいとは思わなかった。
自分の働きを説明し、認めるよう求める言葉も、出てこなかった。
どうせ、また同じ名前を聞かされるのだ。
私は、首飾りから指を離した。
手のひらには、赤い跡が残っていた。
王宮からいなくなるだけでは、足りなかった。
あの子がどこかで生きている限り、この人たちは、いつまでも私と比べ続ける。
その考えが浮かんでも、私は自分で打ち消さなかった。
もう二度と、あの名前で私を否定されなければいい。
私は乱れた袖口を直し、扉の前から静かに離れた。
憎しみは、やがて、静かな殺意へと変わっていった。
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