第21話 内閣補充案
【エリアナ視点】
この王国は、貴族選挙制を採っている。
選挙権を持つのは貴族だけ。
町で魚を売る人や、畑を耕す人が、票を投じることはできない。
そして、国の仕事を動かす内閣もある。
宰相がいて、大臣たちがいる。
担当する仕事も、それぞれ決まっている。
だから、人が一人いなくなっても、必要な役目は誰かが引き継ぐものだと思っていた。
少なくとも、私は。
◇◆◇
「この前の工事は、順調に進んでおります」
帳場の机に書類を並べながら、ユゴーさんが言った。
穀倉の修繕を先に済ませ、職人を木橋へ回す。
あの案は、現場で役に立っているらしい。
「それなら、よかったです」
「ただ、別の調整が、また滞っておりまして」
差し出された紙を読む。
今度は、書記官の派遣日程だった。
内務大臣エドガーは、地方役所の仕事を助けるために、書記官を送りたい。
財務大臣マティアスは、倉庫の帳簿を確認するために、同じ書記官たちを使いたい。
その予定が、重なってしまっていた。
「地方役所のほうは、書類を出す期限が決まっているんですね」
「はい」
「帳簿の確認は、少し日をずらしても間に合う、と」
必要な人数と期間は、きちんと調べてある。
順番を決めれば、どちらもできる。
新しく人を雇う必要も、予算を増やす必要もなさそうだった。
この前の、プライオリティの話と同じだ。
「この内容なら、王都で相談して決めたほうが早くないですか?」
「私もそう思うのですが、双方とも、ご自分の仕事を先にと」
「それで、誰が間に入るんでしょう」
「現在は、宰相の判断を待っております」
私は紙から顔を上げた。
「こういう調整まで、全部ですか?」
「部局をまたぐものは、だいたい」
なるほど。
宰相の机の上に、何が積み上がっているのか、少し想像できた。
国の大きな方針を決める書類の隣に、書記官三人をどちらへ先に送るかという相談。
その後ろに、また別の部署からの確認。
どれも放っておけないけれど、宰相本人でなければ決められないことばかりではない。
私は、添付されていた内閣の担当一覧を引き寄せた。
そして、ある欄で手を止めた。
「……ここ、記載漏れですか?」
副宰相。
役職の名前の隣に、人の名前がない。
ユゴーさんは、その欄を見てから答えた。
「いえ。空席です」
「まだ?」
「はい。エリアナ様が王宮を出られてから、ずっと」
私は、しばらく何も言えなかった。
◇◆◇
王宮にいたころ、私は副宰相も務めていた。
部署から届く相談を読み、何を先にするか整理する。
話が食い違えば、関係する人に確かめる。
宰相に判断を求めるものは、その前に資料をそろえる。
あの、机の上から消えなかった書類の束だ。
私がいなくなれば、誰かがその席に着く。
引き継ぎに困ることはあっても、少しずつ仕事を覚えていく。
そうなっているものと、思い込んでいた。
「つまり、相談を整理する人がいないので、そのまま宰相へ積み上がっているんですね」
「そのような状態です」
「宰相も手が回らなくなって、こちらへ送られてくる」
「……はい」
私は、もう一度書類を見た。
この一件なら、順番を示すことはできる。
けれど、次に似た相談が来れば、また同じことになる。
書類をコエンナまで運び、私が読んで、返事を持ち帰る。
それだけで、何日もかかってしまう。
王都で人を集めて話せば、その日のうちに決められることかもしれないのに。
「ユゴーさん」
「はい」
「人員を補充してはどうでしょうか」
ユゴーさんが、わずかに首をかしげた。
私は空白の欄を指した。
「副宰相です。ここに、きちんと担当する人を置くんです」
今いる宰相に、空席の仕事まで全部任せれば、止まるのも当然だ。
私へ回す書類を増やしても、王都で相談する相手がいないことは変わらない。
「プライオリティを決める役目にも、人をアサインしないといけませんね」
口にしてみると、ずいぶん単純なことだった。
仕事がある。
それを受け持つ席もある。
ただ、そこに座る人がいない。
「なるほど……」
ユゴーさんが、空欄を見つめた。
「エリアナ様に助けていただくことばかり考えておりました」
「遠くからでもお手伝いはできます。でも、近くで毎日相談できる人がいたほうが、きっと早いです」
私は紙を一枚取り、副宰相の補充を提案する旨を書いた。
各部局の相談を整理すること。
優先順位を調整し、必要な判断を宰相へ上げること。
まずは、その役目を受け持つ人を置いてほしい。
「たしかに、おっしゃる通りかと」
ユゴーさんは納得した顔でうなずき、提案書を受け取った。
「侯爵様と宰相へ、お伝えいたします」
「お願いします」
書類をしまい、深く一礼して、ユゴーさんは帰っていった。
私は机の上を片づけながら、これで少し相談が早く進むようになるかもしれないと思った。
空いた役目に、人を補う。
この前の仕事と同じように、ごく当たり前の提案をしたつもりだった。
それが、あんなことになるなんて……。
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