2.美しさは呪い
「さあ、ご覧ください!」
競売人の声が、市場に響き渡る。
檻の中には、一人の子どもが座っていた。
粗末な白い服。
袖口からのぞく腕は細く、足首には鉄の枷がはめられている。
汚れた床へ流れ落ちる長い髪は、金色に輝いていた。
「北方の世にも稀なる美童!月の糸から紡いだような金の髪、冬の湖を思わせる青い瞳!傷も病もなく、男児でありながら、この美しさ!これほどの品は、王都広しといえど二度と現れますまい!」
年の頃は、十かそこらといったところ。
長い睫毛の下にある瞳は、凍りついた湖のように青い。
男児であると説明されなければ、少女と見間違える者もいただろう。
「おい、瞳が見えないぞ!顔を上げさせろ!」
「本当に男なのか?服を脱がせろ!」
下卑た笑い声が上がった。
少年は顔を上げなかった。
ただ、膝を抱え、石床の一点を見つめている。
「これは失礼を」
競売人が少年の顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。
少年が顔を上げた瞬間、会場の空気が一気に変わった。
少年の瞳は、凍った湖のように青かった。
鼻筋は細く、唇は血の気を失ってなお美しい。長い睫毛も、白い頬も、まるで腕のよい人形師が何年もかけて作り上げた作品のようだった。
「あれほど美しい子どもは見たことがない!」
「本当に、娘ではないのか!?」
「あれだけ美しければ、どちらでも構うものか!」
「顔だけでも、しばらくは楽しめるだろう」
誰もが息を呑む。
仮面をつけた貴婦人が、椅子から落ちそうなほど身を乗り出す。
宝石商らしき男は値札を握りしめ、震える指で少年の輪郭をなぞっていた。
リュカは、競売人の手から逃れるように顔を背けた。
少年の足首には鎖が巻かれている。
薄い麻布一枚では、石造りの地下に溜まった冷気を防ぐことはできなかった。
剝き出しの爪先は赤く腫れ、指先の感覚はとうに失われている。
それでも、震えていると知られたくなかった。
寒さに怯えていると思われるのも、これから自分を買う人間に弱みを見せるのも嫌だった。
なにより、彼らを喜ばせたくなかった。
酒杯を片手に笑う者。
扇の陰から舐めるように眺める者。
値踏みするように、リュカの手足や顔立ちを確かめる者。
その目を、リュカは知っていた。
村にいた頃から、何度も向けられてきた目だった。
目、髪、肌、唇。
自分で選んだものなど、何一つない。
それなのに人々は、それを褒め、欲しがり、奪い合う。
ーー美しい。
ーー天使のようだ。
ーー神に愛されし子だ。
その言葉を聞くたび、リュカは吐き気を覚えた。
美しいから、領主の息子に目をつけられた。
美しいから、実の両親まで狂ってしまった。
美しいから、殺し合いが始まった。
美しいから、今こんな場所で売られている。
美しいから、美しいから、美しいから、美しいから、美しいから、美しいから。
美しさは神の祝福でもなんでもない。
その言葉は、祝福の衣をかぶった呪詛だった。
***
「開始価格は、銀貨百枚!」
次々に手が上がった。
「百二十!」
「百五十!」
「二百!」
値がつり上がるたび、客たちの声が熱を帯び、人々の興奮も膨れ上がっていく。
たった一人の子どもを前にして、彼らは祭りでも始まったかのようにはしゃいでいた。
リュカは、自分につけられていく数字を聞いていた。
銀貨百枚。
百五十枚。
二百枚。
それだけの金があれば、冬を越せない村を救えるのかもしれない。
病に苦しむ者へ薬を買えるのかもしれない。
家を建て、畑を耕し、何十人もの人間を食べさせられるのかもしれない。
リュカには、それが理解できなかった。
この金色の髪が何になるのだろう。
この青い目が、誰かを幸福にするのだろうか。
こんなもののせいで、何人が争い、何人が死んだと思っているんだ。
いっそ焼けてしまえばいいーーこの髪も、この顔も。全て、焼けてなくなってしまえ。
「金貨百枚!」
場内がどよめいた。
声を上げたのは、赤い羽根飾りを帽子につけた太った男だった。
男は満足そうに笑い、隣の従者へ何か囁いた。
リュカはその男を知っていた。
王都でも悪名高い貴族だと、檻の番人たちが話していた。
珍しい獣や亜人、見目のよい子供を蒐集し、その屋敷へ買われた者は二度と外へ出てこない。
だが、リュカは、特に恐ろしいとは思わなかった。
死が怖かったのは、まだ帰る場所があった頃だけだ。
今となっては、生き延びた先に何があるのか、それを考える方が怖かった。
「百枚!ほかにはございませんか!」
競売人が槌を掲げる。
「それでは、この美しい少年は――」
そのとき、広場の灯りがすべて消え、場内から悲鳴が上がった。
次の瞬間、天井近くに浮かんでいた魔導灯が、ひとつずつ青白い炎を灯していく。
誰もが息を呑んだ。
石段の上に、一人の男が立っていた。
誰かが、震える声で呟いた。
「銀月の……」
その名が、群衆の間を波のように広がった。
「……銀月の魔法使いだ」
「まさか、あれが……」
「あぁ、シルヴェイン様……」
畏怖と憧憬が入り混じった声。
その名前なら、リュカも聞いたことがあった。
人間の王が生まれるよりも昔から生きている魔法使い。
そして、この世で最も美しいと噂される男。
「金貨千枚」
シルヴェインの一言に、周囲は静まり返る。
競売人も固まっている。
シルヴェインは石段を下りながら、もう一度言った。
「聞こえなかったのか」
「い、いえ……!」
競売人は我に返り、裏返った声を張り上げた。
「金貨千枚!シルヴェイン様、金貨千枚でございます!これ以上のご提示は――」
誰も札を掲げなかった。
赤い羽根の貴族は、顔を赤黒く染めていたが、声を出そうとはしなかった。
「私の提示した額に、不満が?」
「……ま、まさか!滅相もございません!」
競売人は裏返った声で叫んだ。
「……落札です!この少年は、銀月の魔法使いーーシルヴェイン様のものとなりました!」
木槌が打ち鳴らされた。
誰も異議を唱えなかった。
唱えられるはずもなかった。
リュカはその様子を、まるで他人事のように眺めていた。
買い手が変わったーーただ、それだけのことだ。
檻の外へ出たとしても、自分が誰かの所有物であることに変わりはない。
そう思っていた。
シルヴェインは壇上へ上がった。
群衆が左右へ割れる。
人々は恐れて距離を取りながら、それでも少しでも彼に近づこうと首を伸ばしていた。
顔を隠していても、目を離せない。
ヴェールの向こうにあるものを見たい。
誰もがそう願っていることが、リュカにも分かった。




