1.この世で最も美しい魔法使い
銀月の魔法使いシルヴェインの素顔を見た者は、三つのうち、いずれかの運命を辿ると言われている。
一つ。
彼を愛し、自分のものにしようとする。
二つ。
彼に愛されないと知り、己の命を絶つ。
三つ。
彼を他の誰かに奪われるくらいならーーと、殺そうとする。
もっとも、三つ目の運命を成し遂げた者は、千年のあいだに一人もいなかった。
王も、聖者も、名高き英雄も、人ならざるものも、彼の前では等しく愚かになった。
ーーある王は、妻と国を捨て、彼に拒絶されると今度は国土の半分を焼き、その炎の中で自らも死んだ。
ーーある聖職者は、神よりも美しいものを見たと叫び、祭壇を打ち壊し、神への信仰を捨てた。
ーーある詩人は、彼を讃える詩を書き終えたあと、それ以上に美しい言葉は二度と生み出せないと悟り、自ら舌を噛み切った。
ーーある騎士は、彼の頬に触れようとして両腕を失った。
ーーある春の妖精は、百年にわたって求婚を続け、拒まれるたび人間の国から一つずつ春を奪った。
そのような話は、千年の歴史の中で、数え切れないほどあった。
人々はそれらを悲劇と呼んだが、シルヴェインに言わせれば、どれも似たような愚行にすぎなかった。
ゆえに銀月の魔法使い――シルヴェインは、銀糸のヴェールで顔を隠している。
人々のためではない。
その愚かさに、うんざりしているからだった。
***
「常にお顔を隠しておられるのも、さぞやご不便でございましょう」
雪の王都。
地下深くに造られた奴隷市場の入口で、黒衣の商人が揉み手をしながら笑っていた。
笑顔の形だけをした、とても醜い顔だった。
「不便だと思ったことはない」
シルヴェインが答えると、商人はひどく残念そうな顔をした。
彼の銀糸のヴェールは、鼻梁から下を覆っている。
それでも隠し切れない銀髪と紫の瞳だけで、その正体を疑う者はいなかった。
”銀月の魔法使い”
”千年を生きる怪物”
”世界で最も美しく、最も慈悲を持たない男”
いずれの名も、シルヴェインにはさほど興味がなかった。
「では、せめてその御髪に、一度だけでも触れさせていただくわけには……」
商人が、恍惚とした目で銀髪を見つめる。
「その手を失いたいのなら、構わないが」
商人は慌てて両手を背中へ隠した。
「……め、滅相もございません!」
シルヴェインは返事をせず、地下へ続く階段を下りた。
奴隷市場へ足を踏み入れるのは、約百五十年ぶりだ。
最後に訪れたとき、この王都を治めていた王は、今の王の曾祖父だった。
地上の王は何度も代替わりしたというのに、地下で行われていることは、ほとんど変わっていないらしい。
奴隷市場は、熱と臭気が満ちていた。
香水、酒、汗。
獣の体臭。血と汚物。
それらを覆い隠そうと焚かれた甘い香料が混ざり合い、ひどく息苦しい。
石壁の両側には、鉄格子が並んでいた。
ーー人間。
ーー獣人。
ーー妖精。
ーー角を折られた鬼族。
ーー水のない硝子箱に閉じ込められた半魚人。
売る者も、買う者も、皆が仮面をつけている。
けれど、欲望に濁った瞳だけは、どうやっても隠せない。
「シルヴェイン様、本日はどのような商品をお探しで?」
商人が追いすがってくる。
「百年前、あなたがたから買った小鬼が死んだんだ」
「それはそれは……」
「彼には、庭仕事を任せていた。代わりが要る」
それが、シルヴェインが市場へ来た理由だった。
彼が暮らす屋敷の庭は広い。
南には薬草園、北には毒草園があり、その他にも季節に関係なく、多種多様な花々が咲き誇っているのだ。
シルヴェイン自身が世話をするには、いささか面倒だった。
「でしたら、丈夫な獣人はいかがでしょう?力が強く、三日は眠らず働けます」
「三日も眠らない者を屋敷に置きたくない」
「では、小人族はいかがで?」
「彼らはよく歌うだろう」
「ええ、まあ」
「私はやかましいのは嫌いだ」
「でしたら、舌を――」
商人はそこまで言って、シルヴェインの目を見た。
続きの言葉を呑み込む程度の知恵はあったらしい。
シルヴェインは何も言わなかった。
商人は困ったように笑った。
その時、市場の奥から大きな歓声が上がった。
「さあ、皆々様!本日最後の商品でございます!」
金属を打ち鳴らす音が響く。
商人の目に、露骨な喜色が浮かんだ。
「ちょうどよろしい。大変珍しい品が入っております。シルヴェイン様にも、きっとお気に召していただけるかと」
「私は庭師を探しているんだが」
「もちろん、庭仕事も仕込めばできるでしょう。まだ若く、従順に育てることもできます。それに、何より――」
商人は声をひそめた。
「とても、美しいのです」
シルヴェインは顔を顰めた。
ーー美しい。
その言葉を、彼は好まなかった。
その言葉は、彼にとって呪いと同じ響きを持つ言葉だからだ。




