思いがけない助け手
足音が徐々に遠のいていった。荒いものと静かなものが、同じ方向へと移動している。美緒の視界は目隠しで完全に閉ざされていたが、男たちの床を踏みしめる重みや息遣いは、遠くの山に吸いこまれたように小さくなっていくのが分かった。
やがて、木々のざわめきがかすかに聞こえ、風が葉を揺らす音が静かに広がり……周囲は深い静寂に沈んだ。人の気配は完全に消え去った。
美緒は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。落ち着こうとするときには必ずやる「おまじない」のようなものだ。
「大人しくしろと言われて、素直に従うような玉じゃございませんのよ。……なんてね」
目隠しは思ったよりも簡単にはずれた。視界がぼんやりと形を取り戻していく。薄暗い室内に窓は一つ。外の光は弱い。古い木造の匂い、湿気。山の中の空き家……そんな印象。
両足は拘束なしのフリーの状態だから問題ない。逃げ道は……正面の扉か、右奥の小さな窓、そして内扉の向こう……。
しかし、問題は手だった。後ろ手状態で、親指を結束バンドできつく縛られている。これは簡単には外せそうにない。
「ニッパーは……さすがにないよね。ハサミとか、カッターがどっかに転がっているといいんだけど」
きょろきょろと辺りを見回していると、何か音が聞こえた。人の気配も感じる。
ーー戻って来た? いや、違う。足音が軽い……。
身を隠そうにも都合のいい場所が見当たらない。そうこうしているうちに、部屋に誰かが入って来た。
「あ、無事だっーー」
声の主は慌てたように、すぐさま扉を閉めた。開けた途端に木材が飛んできたことに驚いたのだ。それを見た美緒はにやりと笑った。
「惜しい……。これでも中学はサッカー部だったんだからね。次は確実に当てるよ!」
「あ、ちょっ、待って! 俺だよ、俺、俺! 」
「私に息子はございません! 」
美緒が威嚇のためにテーブルの残骸を再び蹴り飛ばした。壁に当たる音が響き、男はジャケットに突っ込んでいたティッシュを、扉の隙間から白旗のように振った。
「俺のこと、忘れちゃった? 」
「だから誰!? 」
白いティッシュを振りながら様子を覗く男を、美緒は目を細めてじっと見つめた。そういえば見たような気がする。毎日、道路の掃除をしていた男の顔と、目の前で困った表情をしている男の顔が、脳裏で重なった。
「あ、ジムトレーナーの三浦さん? 」
「当たり」
三浦は気まずそうな表情で、おずおずと部屋に入ると、すぐさま美緒の両親指を締め付ける結束バンドをハサミで切った。美緒の胸の奥がふっと軽くなる。自由になった手を握りしめ、ようやく呼吸が深くなった。
「……で、なんで三浦さんがここに? 」
「いや、その……助けに来たというか、巻き込まれたというか……気づいたら山の中で……」
三浦は言い訳を探すように視線を泳がせ、ジャケットのポケットをまさぐった。そして、なぜか新品のポケットティッシュを3つ取り出した。
「とりあえず、これ……使う? 」
「何に!? 」
「いや、なんか……こういう時って、ほら……涙とか……鼻水とか……」
「出てません! ってか、なんでそんなに持ってるのよ……」
「いやぁ……久々に駅前で配ってたから、いっぱいもらってきちゃったんだ。あると便利じゃん? 」
「……ソウデスネ」
美緒は手首をさすりながら、じろりと彼を見上げた。三浦はポケットティッシュをトランプのカードのように広げてにこにこ笑っている。まるで緊張感がない。
「とりあえず、ここから出よう。裏口の方の窓から出られるよ。こっち! 」
「……ねぇ、何か武器になりそうなものとか持ってる?」
「えっと……ティッシュと……あと、木の棒? 」
「はぁ? そんなほそっこい枝でどうしろっていうのよ」
「定番の初期武器だよ? 」
「……ソウデスネ」
美緒は深くため息をついたが、次の瞬間には口元がゆるんだ。
「来てくれてありがと、三浦さん」
「えっ……あ、うん! 」
三浦は顔を真っ赤にしながら、なぜかまたティッシュを差し出した。
「だからいらないってば! 」
読んでくださり、ありがとうございます。
今回はシリアスな状況のはずなのに、美緒がまったくへこたれません。むしろ犯人側を追い詰める勢いです。「俺、俺、俺! 」のくだりと、三浦のティッシュは作者としてもかなり気に入っています。
このカオスを楽しんでいただけたら嬉しいです。




