沈黙の地下
霞ヶ丘警察署の捜査1課の刑事・白石直樹は、報告書の一行に目を止めた。自宅で頭部を花瓶で殴られて亡くなった女性が、オレオレ詐欺事件の被害者であることが分かったのだ。
被害者・石田光子は、これまでに三度、計1500万を詐欺グループに渡していた。そして四度目の500万を受け取りに来た男を不審に思い、抵抗して被害にあった。これが今回の見立てだ。
自宅からは、その500万が消えていた。
事情聴取に呼ばれた娘、石田理香子は混乱した様子で「三浦圭介」という名前を口にした。自分が通っていたパーソナルジム”BeLLe”のトレーナーで、母の愚痴をよくこぼしていた相手だという。
「母に会いに来たのは茶髪の男だって聞いたわ。そいつは三浦よ! あの男、母が1人暮らしだって知ってるのよ。あのオーナーの佐伯も……絶対にグルよ!」
言葉は何度も同じところを巡り、確かな情報はほとんど得られなかった。玄関に指紋はあったが前科者リストには載っていなかったと鑑識から報告を受けた。石田理香子が挙げた「三浦圭介」「佐伯俊介」の行方も追っているが、どちらも見つかっていない。
「ニューフェスってことか……」
白石は乾いたため息をもらしたーー。その様子を見かねたのか、課長の犬養が労うように白石の肩をポンと叩き、腕を組んだまま、椅子ではなく白石の机に軽く尻を乗せた。
「白石、娘さんの美緒ちゃんは大丈夫か? 」
「ええ、だいぶ落ち着いてきたみたいです」
「まさか、殺人現場の第1発見者になるなんてな……。美緒ちゃん、石田光子さんと仲が良かったらしいじゃないか。可哀そうに……」
「かなりショックを受けてたようですが、今日は気分転換に友達と遊びに行くらしいですよ」
「らしいってお前な……。白石、仕事もいいが、ちゃんと家に帰れよ。それでカミさんにはーー」
犬養の「家庭は大事にしろ」説教が始まり、白石は気まずそうに目線を逸らしているとーー。佐々木が肩で息をしながら、書類を白石の目の前で広げた。
「これ、見てください。先日、検挙した詐欺グループのパソコンなんですけど、「佐伯俊介」とメールでやりとりしてるんですっ! 」
「でかした佐々木! 」
佐々木が背中を犬養にばちんと叩かれて苦悩しているのを横目で見ながら、白石は席を立った。
「佐々木、パーソナルジム”BeLLe”に行くぞ! 」
全面ガラス張りのビルが見えてきたとき、地下に降りるための階段付近で、パフォーマンスのように大きく手を振っている女性が見えた。何か訴えているような仕草だ。その様子にぎょっとした佐々木は眉間に皺をよせ、言葉を吐き出した。
「白石さん、あの人……石田理香子さんじゃ? 」
「まいったな、こんなところで何やってるんだ……」
白石は大きな溜息を吐き出して車を降りた。軽く人だかりができ始めていた。石田理香子は集まってきた人たちの前で演説するように叫んでいる声が聞こえる。
「このジムのトレーナー三浦が母を殺したのよ! 」
「このジムは、母のお金を奪ったの! 」
「2000万よ! 老後のために貯めていた母のお金をこいつらが! 」
石田理香子の声は震え、涙で頬が濡れている。彼女はパーソナルジムがある地下には降りず、地上の入口でさらに叫び続けていた。白石は、石田理香子がパトカーで警察署に連れて行かれたのを確認した後、
パーソナルジム”BeLLe”の開かない扉の前で腕を組んでいた。
「本当に誰もいないのか?」
ガラスドアの向こうに受け付けとジムフロアらしき空間が見えるが、人の気配はない。目を凝らす白石の背後から、ドタドタと急いで降りる足音が響いた。この騒がしい感じは、佐々木に違いない。
「ビルのオーナーさんから、合いカギ! もらってきましたっ」
「よ~し、佐々木、『オープンザセサミ』だ」
「お任せ下さい! 」
佐々木は敬礼をした後、ドアにカギを差し込んだまま急に動きを止めた。
「そういえば、表に黒のワンボックスカーが止まっていなかったですね」
「はぁ? いま、それどころじゃーー」
「毎日、通報されてたらしいんですけど、ここのオーナーの車だったみたいです。交通課がぼやいてるのをさっきーー」
「おいっ、それ早く言えよ! 」
白石は一瞬だけ息を呑んだ。
「それが本丸だ……」
「え~~~」という長い言葉を佐々木は吐き出すように言うと、ドアの鍵をガチャリと回した。
読んでくださり、ありがとうございます。
刑事・白石直樹の捜査線上に浮かんだ“三浦”という名が、娘の美緒の運命とも重なり始めました。路上駐車への腹ただしさから書き始めた物語ですが、今ではすっかり楽しんでいます。




