告白(上)
信号の赤が車内に淡く差し込み、美緒の横顔を照らした。ハンドルを握る三浦の手が、まだ小刻みに震えている。逃走の緊張なのか、それとも佐伯の影に怯えているのかは分からない。三浦はおもむろに口を開いた。
「美緒ちゃん、あのさ……」
「うん? 」
「公園で、お金を拾わなかった? 」
「……なんで知ってるの? まさか、ストーキング……!? 」
「ち、違うよ! 偶然、見かけたんだ? 」
「本当に? 」
「ホントにホント! 」
「声かければ良かったのに。それともネコババするかどうか見てたの? 」
「そ、そんなこと……ないよ……。美緒ちゃん、すぐにタクシーに乗ったから、どこに行ったのかなと思ってーー」
美緒は助手席で、急に声が上ずった三浦の顔を観察するように見つめた。頬が紅潮し、呼吸が荒い。汗ばんだ額をしきりに手で拭っている。
「霞ヶ丘警察署に行ったんだよ。持ち逃げするわけないじゃん」
「マジで? 500万ぜんぶ、渡したの? 」
「……ねぇ……なんで、500万なの? 」
「あ……いや、その……他に何かなかった? 」
「無かったよ。何か埋めてたの? 」
「いや、家の鍵が無くて、落ちてなかったかなぁって……」
「ふ~ん……」
「ここ数日、見当たらなくてさ。マジで困ってるんだよ。ホントに見なかった? 」
美緒はシートに座り直し、三浦の横顔をちらりと盗み見た。さっきから、彼の視線が前方の道路だけでなく、どこか遠くの一点を彷徨っているように見える。
「……ねぇ、本当は何を探しているの? 」
美緒が静かに問いかけると、三浦の肩がびくりと揺れた。
「え? な、何を……?」
「公園で拾ったものの話だよ。そこだけ妙に食いつくじゃん」
三浦は口を開きかけて、すぐ閉じた。喉の奥で言葉が渋滞しているようだった。
「いや……その……気になって……」
「気になるって、何が?」
「……落とし物とか、困ってる人がいるかもしれないし……」
「ふーん……。でもさ」
「う、うん……」
「鍵を探してるんじゃないの? なんか変だよ? 」
信号の赤が車内に差し込み、三浦の顔色の悪さをさらに際立たせた。彼は視線をフロントガラスの奥へ逃がし、まるで別のスイッチが入ったかのように、急に声のトーンを変えた。
「……この交差点を渡ったら、山越えの道に入るよ。鹿が飛び込んでこないように祈っててね」
美緒は瞬きをした。話題の飛び方があまりにも不自然で、逆に心配になるレベルだ。
「山……越え?」
「普通の道だと渋滞するし、遠回りになる。こっちの方が早いんだ。たぶん……いや、絶対! 」
「……ねぇ、それ今言う必要あった?」
美緒が呆れ混じりに言うと、三浦はさらに慌てた。
「い、いや! 大事なことだから! ほら、山道って危ないし……説明しといた方が……ね? 」
美緒はため息をつき、窓の外に視線を戻した。三浦の乾いた笑いがなんだか怪しい。車内は静まり返り、エンジンの低い唸り声だけが響いている。窓の外では街灯がぼんやりと揺れ、通り過ぎる車のヘッドライトが一瞬だけ彼の横顔を照らした。その光の揺れが、三浦の表情の陰りをより深く見せた。
美緒は小さく息を呑んだ。
「あ!! 」
「え、なに!? 」
「あのお金、石田のお婆ちゃんのだよね。銀行から引き出した500万円が消えた話はニュースで見たよ」
美緒の言葉が車内に落ちた瞬間、三浦の動きが止まった。呼吸だけがわずかに乱れ、胸元が浅く上下している。視線は前方に向けたまま固まり、まばたきの間隔が不自然に長くなった。口元が一度だけ開きかけたが、音は生まれなかった。
「そっか……。お金欲しさに、私を助けたんだ? 」
「違う! 」
身体全身で否定しているかのような声だった。美緒は目を見開いて、三浦を見つめると、彼は悲しそうに顔を歪めていた。
「理香子さんに渡そうと思ってたんだ」
「どういうこと? おばあちゃんに、何したの? 」
三浦はすぐには答えられず、押し黙った。葛藤と後悔で引き裂かれたような表情を浮かべている。車はゆっくりと山道へと差し掛かり、木々の影が車内に揺れながら入り込んだ。
車内の空気がずっと重かったので、読んでくださった方も息が詰まったかもしれません。
三浦は相変わらず嘘が下手で、美緒は相変わらず鋭いです。
そして今回も、三浦はごまかしきれていないという……。
次の章では、ようやく三浦が“あの日のこと”を話します。
ここまで引っ張ってしまいましたが、もう少しだけ、お付き合いください。




