55.アキラっちとシャル兄の札幌弾丸ツアー――オレはアンナ女史と最接近――。
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明日から週末も末――土曜日を迎えるっちゅう段にあって。
放課後、夕暮れ時の1-Aの教室でアキラっちが口利きやった、「また札幌に舞い下りたいぞ」とか――。
ある意味、メタ的発言や。
何かイベントがあったほうが、物語は盛り上がるさかいな。
まあ、それくらいやったらぜんぜんわけないんやけど。
連れてったるのもやぶさかではないんやけど。
なにせ札幌はええとこやさかいな、近いし。
せやけど――。
「行けへんわ、オレ。締切迫ってるし」
「締切って物書き業のか? それが言い訳だとするなら、おまえは自分の無能さを謳っていることになるな」
えっらいはっきり言うてくれたな。
せやけどそのとおりやさかい、弁解のしようがない。
「とりあえず、今週末はがんばるわ。厳しい厳しい編集さんやけど、そない言うたかて、奴さんはオレの味方やしな」
「そのへんは理解しているんだ。だからシャル兄に連れてってもらうんだ。シャル兄は『付き合ってやる』って言っているんだ」
ああ、なぁるなる。
じつに「ああ、そういうことか」って合点もいった。
ネゴはとっくに済んでるっちゅうわけや。
兄貴の引率やっていうんなら、「問題ないわ」って、オレは応えた。
「行ってくるぞ。うまいメシを食いまくってやるんだ」
「結局、目的はそっちかいな」
「海鮮もジンギスカンもばっちこいなんだぞ」
それはええんやけど。
いや、ええってことはないんやけど。
「札幌、そんなに良かったんか?」
「そりゃあな。あたしにとっては初めての遠出だったしな」
あるいはそないなちっこい理由で旅行――札幌にまで、ぐいぐい首突っ込もうっちゅうわけか。
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土曜日の午前中。
アキラっちとシャル兄は無事に札幌に到着したらしい。
早速、狸小路の有名店でラーメン食ってる言う、アキラっちにいたっては「連食」らしい、有名店のくせに懐の深いこっちゃな、「着丼」の瞬間はたまらんく愉快で重畳なこっちゃろう。
小説書いてた、オレの書くもんが一部でも売れるようなら、買ったヒトは不幸やなとか思いながら。
だってオレにとっては自慰的な作品なんやもん、オナニー的やっちゅうことな。
だいぶん仕上がってきたところで、シャワー浴びた。
出てきたところでバスタオルで全身をまんべんなく拭いて洗面台とにらめっこ、白い瞳はホンマ、愛想のない蛇のそれみたいや。
冷蔵庫から取り出した、キンキンに冷えたポカリ飲んでもうひと頑張り。
今日中に終えて、明日は気分良くアキラっちんこと、迎えに行ったろうって思うんや。
申し訳程度のリビングで作業してるわけで。
まあるいちゃぶ台にノート広げてがんばってるわけで。
――ゾッとなった。
なった瞬間には、後ろから誰かに首に腕回されてて、甘ったるい女性の匂いが漂ってきて――。
もう殺されてもしゃあないなって人生を断念した。
警戒してたつもりもないし、かと言って油断してたわけでもない。
ただ単純に、バック取られたことについて諦めが生じた、せやさかい、オレはPCのディスプレイから目ぇ離すことをやめへん。
やめへんまま、「葛葉さんやよね?」って訊いた。
おっ、勘がいいな、少年。
ってことらしかった。
「感づかせなかった――つもりだけど?」
「わかりませんでしたよ。まったくわからへんかった」
「とかほざきやがるわりにはビビったところが見えないね」
「気づかんかったんはオレのミスで、玄関の戸に鍵かけてへんかったんも自業自得で」
がぁおっ。
悪戯っぽいそないな声上げると、葛葉さんはオレの首筋にかぷって噛みついてきて。
「あひゃひゃっ。くすぐったいさかいやめてくださいっ」
「がぁぉっ、がぁおっ」
噛まれる時間が幾何か続いたのち――。
「で、何用ですかぁ?」オレはなおもキーボード叩いてる。
「これまたきみの兄上にフラれたんだ」
「ああ、兄貴については、オレのクラスメイトと今、札幌ですよ」
「クラスメイト? 女だよね?」
「言わずもがな。しかもオレの恋人ですよってに」
オレの首に後ろから両腕を巻きつけたまま、葛葉さん、葛葉氏、あるいは葛葉女史かアンナさん――は、ふかーい吐息をつきやった。
「凹まざるを得ない事実だな。私のことをほっぽってガキの女とデートだとぅ?」
「そうですね」あっはっはってオレはわろて。「そない言うても、兄貴の眼中にはないとか、アンナさんについてはそうやないって考えてます」
「まったく、力強い後押しだが、にしたって、本件について、私はまるで成果をあげられていないわけでな」
「シャル兄が抱きたいニンゲンがおるとするならぁ」
「いるとするなら?」
「いや、そんなんオレしかおらへんやろうな、って」
ややあってから、どごんと後頭部を殴られた。
勢いでディスプレイに頭ぶつけそうになったんやけど、なんとか堪えた。
オレは文句言わへんかった、べつに不快やなかったからや。
アンナさんは正面に腰下ろしやった。
どこからともなく取り出したウイスキーのボトルをちゃぶ台にのせやった。
「もうちょいええの、こうてきましょうか?」
「おおぅ、ブラックニッカのどこが悪い?」
「すすきの交差点のこと思い出します」
「だろうな」
あっはっはと放り投げるようにわろたら、次にアンナさんは豪快にぐびぐびボトルを傾けた、ラッパ飲みや。
ぷはーって息吐いたところで、口元を右の前腕で拭う、そこには多少の笑みが宿る。
「泊まっていく気満々やないですか」
「おや、嫌かね?」
「ベッドは一つしかないんですよ」
「添い寝してやろう。おさわりについても大らかなところを見せてやろう」
なんとも魅力的な条件やけど。
その後、オレが仕事に勤しんでるあいだ、アンナさんは口一つ利かへんかった。
そのかわり、きついアルコールでぐびぐび喉を鳴らしてた。
無鉄砲な飲み方するもんや。
なんか嫌なことでもあったんかなとか思ったんやけど、やぶへびになるかもしれへんおもて訊くことはせーへんでうっちゃっといた。
これまたその後、ぐだぐだの彼女にベッドを譲ったってからも、オレは作業を続けた。
自分のことをアホやなって思った。
実力もないのにいたずらに見出されてしもたら、つらいばっかやないか、物書き業の話について、な。
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二人分の目玉焼きを作ってた、ついでにグリーンサラダも、食パンはすぐ焼けるさかい、もはや準備万端。
そのうち聞こえた、でっかい声、「起きたぞーっ」、葛葉アンナ女史、深い深い睡眠からのご帰還や。
そのへん座っといてください。
そないなふうに、アンナさんのことを制御、あるいは管制した。
アンナさんは――きっとどっかりと――ちゃぶ台を前にしたんやろう。
オレはトレイ持って、食事をアンナさんのもとに届けた。
うん、いいメニューだ、グッド。
そないなふうにごポジティブに評価いただけたのであれば、なんや嬉しい。
アンナさん、いいんですか?
そないに訊ねつつ、オレはアンナさんの向かいの席に腰を下ろした。
「いいんですか? とは、なんの話かね?」
「刑事さんなんでしょう? 仕事はどうなんかな、って」
「お察しのとおり刑事は忙しい。昨日今日と、ほんとうに久しぶりの休日だ」
そない言われてまうと、めっちゃ申し訳ない気がしてきた。
貴重な連休をオレのために使ってくれたとか。
せやけど「みなまで言うな」みたいに右の手のひらを向けてきた、アンナさん。
せやったらまあ、良しとしとしたろうやないか。
ふーん。
せやけどなあ。
めったにない休みなんやったらなぁ。
「べつにおまえ、いや、きみだったか?」
「呼称なんてどないやかてええです」
「だったら、おまえだ。本件について、おまえが気にする必要はない」
「せやけどなぁ、絶世っちゅうか、傾国の美女が相手やからなあ」
おどけるようにして、アンナさんは肩ぁすくめてみせた。
それから目玉焼きを丸ごと頬張って、口のはたを黄身の色で汚しやった。
「それにしても、今まで連絡がないな」
連絡?
ああ、オレのスマホんことか。
確かにここ最近、鳴ってへんな。
「朝から回転寿司とジンギスカンや言うてました。シメのラーメンまで食べて帰京するみたいです」
「大した食事だ食欲だ。でもって、カロリーのほとんどは胸に食われ吸われているというわけだ」
まあそうなんやろうな。
実際彼女は目が飛び出るほどにバインバインなんやし。
「アンナさん、アキラっちのことについて、詳しいですよね」
「これでも刑事だからな」幾分、アンナさんは胸張ってみせた。「人一人の個人情報を洗い上げることなんて、わけないのさ」
おぉぉ、そりゃあ、怖い怖い。
*****
アキラっちが兄貴と札幌で遊んできたっちゅう以外は、べつになあんも話題のない週末やった。
若いうちに「無意味」を過ごすと悲しくなったりするもんやけど、成り行きは成り行きやって、割り切るしかないんや。
たぶん、二人ともが気ぃつこてくれたんやろう。
雑色駅で待っててくれってことやったんで、言われたとおりにした。
そのうち――なにせ下町のそれやさかい――ちょっとしかない自動改札抜けてきたアキラっち。
一泊二日の忙しい旅行やったに違いないんやけど、その表情はとにかく晴れやかなもんやった。
オレはアキラっちの黒いキャリーバッグと白い土産袋を引き受けた。
苦しゅうないとはこのことだな、ふはははは。
――とか、アキラっちはなんともご機嫌すぎ。
駅からまっすぐ続く一直線を行き、アキラっちんちに向かう。
とりあえず、まずは荷物、置きたいやろうしな。
「シャル兄はつくづくイイヒトだ。とにかくアテンドが上手なんだ。絶対に女たらしだぞ」
そりゃまあ、そうやろう。
女に限った――っちゅう点についても、「そのとおりや」としか謳いようがないんやよな。
「あんまり兄貴んこと、持ち上げてくれんなや」
「おっ、嫉妬ってヤツか?」
「せやったら?」
「え、ええぇっと、うん、どきどきする……」
荷物持ってるオレは、それなりに、すいすい前を行く。
そったらアキラっちが、「な、なんだよ、怒ってるのか?」とか口利いて、「何か気に障ることしたんだったら謝る、謝るよ」とか健気に言うて。
ジェラシーゆえに若干怒ることはあっても、嫌いになるなんてことは絶対にない。
そない言うたると、アキラっちは胸を撫で下ろしたみたいで。
左手にはキャリーバッグの取っ手、右手には白い紙袋。
オレはぐいぐい前に進んで、アキラっちはというと、「お、置いてくなよぅ」とか心許なげに言いやる。
そのうち接近してきて、アキラっちは前に立ちはだかりやった。
両腕をそれぞれ左右に広げて、「舐めるなよな!」――。
いや、マジ、なんも舐めてへんのですけど?
いついかなるときやかて、きみんこと、尊重しつづけてるんやけど?
その旨、誠実さを存分に含んだ上で、諭すようにのたまったんやけど、アキラっちは「許さん!」とか不可解なことを言うたんや。
「まあええわ。アキラっちが悪いっちゅうわけやないしな」
「そうだろ? 何においても、そうだろ?」
「せやさかい、ご愁傷様」
「うるさいやい」
続けてアキラっちは「整理させろ」とか言うた。
「おうよ。なんやかて言うてこいや」
「アンナさんとは何もなかったんだよな?」
「そないなふうに答えたつもりなんやけど?」
「えええぇっと、やっぱり偉そうだぞ、おまえ」
「そんなんわこたし、とっくに聞かされたつもりやぞぉ」
ごはん、おいしかったんだ。
マジでサイコーだったんだ。
「そりゃそうやろうな。ああ、そりゃそうなんやろう」
「お、おまえには」言いにくそうに、俯いてアキラっち。「おまえにはあたしのこと、ずっと心配しててほしいんだ――っ」
オレが勢い良く「あっはっは」とか笑ってみせると、アキラっちは明らかに不機嫌そうな顔しやって。
「何がおかしいんだよ」
「なんもおかしくないわ」
「でも笑ってるじゃんかよ」
「せや言うたかて、誰も馬鹿になんてしてへんわ」
「わかった。もういい」
アキラっちは物分かりがええ。
めんどくさいところでキチっとツッコミ入れてはくるんやけど。
長い話になった。
まあ要するに、アキラっちはオレの手の内にあるっちゅうことや。
それは普遍的やし、不変的な事実でしかない。
ぶっちゃけてまうとオレんちでも良かったんやけど、アキラっちんことはご実家に送り届けてさしあげた。
「今夜も看板娘かぁ?」
「仕事だからな」
アキラっちは前向きで、せやからこそ彼女んこと、めっちゃ応援したんや。
「ほなな」オレは右手を「バイバイ」って振って、笑顔やった。
踵返して帰ろうとしたとこで、アキラっちが「待てコラ、待てっ」とか言うてタックルするみたいにして抱きついてきたんや。
「なんやぁ? オレの今日の仕事はもうはけたんやぞ?」
「命令だぞ。もうちょっとあたしのそばにいろ。じゃないと許さん」
許さん?
おっさんみたいな口調やったさかい、くすっと笑みがこぼれたんや。
「ほなら、家、上げたってや」
「いいぞ。ウチの家族は喜ぶからな。とにかく待ってろ。一緒に晩御飯を食べるんだっ」
「はいはい。めんどいけどめんどいけど、言うこと、聞いたろうやないか」
「めんどい二連発とかっ」
「おばあちゃんと将棋でもさしてるわぁ」
「そうしろ、馬鹿」
憎まれ口を叩かれるいわれはないんやけど。
やけに攻撃的なんは、アキラっちの特徴や。
アキラっちはぱたぱた駆けてって、すぐに看板娘に舞い戻った。
「いらっしゃいませーっ!」
気持ちのええ接客をするアキラっちはホンマに尊い。
オレは愛想のええ彼女んことが大好きや。
アキラっちは善意のカタマリや。
自然にそれができるあたり、彼女はある種の天才なんやろう。




