53.「AI」は賢いんかもしれへんな
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たまには場所と気分を燦然と変えて、生徒会室で作業してた。
作業――物書き然とした役割や。
無駄に豪華なテーブル、それにクッションの利いた黒革の椅子があるさかい、座り仕事であろうと快適や。
オレが「ちょいPC叩いてから帰るわ」言うたら、アキラっちは「がんばれよ」ってにこやかに言うてくれた。
アキラっちは今日も今日とて家業の弁当屋の看板娘や、そっちこそ、ちゃんとがんばってほしいな、って。
今日も夜はアキラっちんちに寄ったろう。
なんやうまい晩飯にありつけたらサイコーや。
さて、蝶野ミキ会長は読書に勤しんでて、飛鳥井くんはオレと同じくキーボード叩いてやる。
いろいろ情報聞かされた限りやと、飛鳥井くんは極力、会長のそばにいようとするらしい。
そこには確固たる恋心があるわけや。
会長の真意はわからへんけど、飛鳥井くんがずっとそばにおっても文句は言わへんあたり、悪くはおもてへんねやろう。
なお、同じく生徒会メンバーの桃色髪のメメたそと凶悪マッチョのネモちゃんは近所のゲーセンに行ったらしい、対戦ゲーをやったるらしい。
自宅のネット回線でやるのがフツウやろうに、メメたそは今や貴重となったゲーセンでのオンライン対戦を良しとしてるんや。
会長がやってくるなり、オレの左の肩を左手で抱きやった。
ふんふん言うて、ノートPCの画面を覗き込んできやるんや。
「小説かぁ」って蝶野会長。「やっぱり整合性とか正確さが大事?」
「そんなん気にしてたら、オレの場合、なーんも書けませんよ。前にどないなエピソード書いたかも覚えてませんから」
「えーっ、そんことでいいのぉ?」
「矛盾なり重複なりしてるようなら編集のヒトがツッコミ入れてくれるやろうなって。せやさかい、案外、気楽に書いてます」
「間違いだよーとか、ここはつまらなーいとか言われたら、頭に来たり、凹んだりしない?」
「するときもありますけど、そのへんだいたい正解なんですよ。受け容れるしかないわけです」
――で?
オレは手ぇ止めて、向かいに座ってる飛鳥井くんのことを見た。
先述のとおり飛鳥井くんは会長にぞっこんやさかい、彼女がオレにスキンシップをはかってくるん案外気持ちが良くないんやないやろうか。
――いや、そないなことはないな。
飛鳥井くんはしょうもないモブ的なニンゲンやないし、むしろ器の大きい大人物なんやから。
「犀川くん、物書き業は順調?」
「せやさかい飛鳥井くん、どっちでもないんやよってば」
「僕からしたら羨ましいよ。書いた文章について金銭的な評価が得られるなんて、夢みたいな話だ」
飛鳥井くんの言葉に対して、オレは肩ぁすくめてみせた。
おどけるようにして、オレは「なんやったらええ話しますよ。めぼしいのがいたら紹介しろって先方に言われてるんで」――。
紹介?
先方に言われてる?
飛鳥井くんは目を丸くしてこてんと左に首をかたむけると、「どういうこと?」――。
「言葉どおりの意味ですよ」ってオレは答えつつ、キーボードをカタカタ。
「あるいは僕のことも物書き業に引き入れてくれるってこと?」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないよ。でも、断ろうと思う」
「そりゃまたどうして?」
「用意されたステージ、あるいは庭かな――に、用はない。そういうニンゲンだって、いるに違いないだろう?」
わかりました――オレは言うて。
「気持ちのええ判断やって思います。さすが飛鳥井くんや」
「だけど、何かに困るようなことになったら、いろいろと相談には乗ってほしい」
「あははは」オレはわろた。「どっちやねんな? まあ、飛鳥井くん好きやし、せやさかい、協力は惜しまへんけど」
会長が「なになになにぃ? 男同士で納得し合わないでよう」って文句つけてきた。
オレは会長に「オレが書いたもんに赤ペン入れてくださいよ」って切り出した。
「えっ、私はまるっきり素人だよ?」
「でも、オレがこれまで会ってきたニンゲンの中で、会長はピカイチですから」
「ほんとうに?」
「嘘なんてつきませんよってに」
「そういうことなら請け負ってやるぞよ。だったらだったで早く仕上げてほしいな。犀川くんの作品なんて楽しみに違いないから」
「オレのエッセイなり小説なり、読んでくださったこと、あるんですか?」
「もちろんあるよ。任せなさい!」
何を偉そうに。
――って思うんやけど、敬愛する会長からポジティブな感想聞かされると、ああ、そうなんか――とか嬉しさに駆られたりもする。
「よいぞ、よいぞよ。おねえさんが相談に乗ってやるぞよ。じつは的確なフィードバックが出来るように思うんだよねぇ」
「恐れ入ります」
「私、帰るけど、犀川くんは?」
「もうちょいがんばっていきます。なにせ椅子が心地良いので」
会長が「行くよ、飛鳥井くん」って声掛けた。
飛鳥井くんは速やかに帰り支度を整えると、スクールバッグを左肩に提げてる会長についていったんや。
オレについては、じつは成果物の締切が迫ってる――。
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エッセイはあるいは審査? ――を通ったんやけど、小説はあかんかった。
いや、エッセイは好き勝手に書くしネタさえ面白かったら掲載されるんや。
案外、小説は難しいな。
ちゅうか、評価の目が厳しい。
出版不況とはよう言うたもんや。
しょうもないに違いない作品を売りに出したら大損こくことになる――っちゅうこっちゃ。
ペーパーメディアは恐ろしく値段が高騰してるさかいな、そも原価が高いんや。
紙の本を好むニンゲンは一定数おるみたいやけど、一定数なんやさかい、すなわちそれってマイノリティなんやろうな、くそったれ。
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一転、小説が編集のお眼鏡にかなった。
品物として世にご披露いただけるという、日の目を見ることになったっちゅうわけや。
電子媒体のみらしいけど、オレからしたら大した進歩、大出世、小さい光やとしても希望を持ってがんばらなあかん。
オレはその日も生徒会室でパタパタとノートPCのキーボード叩いてて。
例によって、会長が腰を屈めて、オレの左肩を抱いてきて。
ふんふん、ふんふんふん。
そないに言うて、ディスプレイを見てきやる。
「これならイケそうだね。面白い感じがするぞよ?」
「じつは担当さんの言葉のとおりに微調整しただけなんですよ」
「おぉ、担当編集者っていうのは、そこまで偉いの? 有能なの?」
「そうらしいですよ。プロやさかい、売れる売れへんの判断ができる」
「へぇぇ。だけど、いつかそんな助けなんかも要らなくなればいいねとワタクシ会長は思うのだ」
それはまあ、そのとおり。
好きなもんばっか書いて売れたらサイコーや。
会長はオレから離れると――。
「プリントアウトしてくれる? しっかり読んでみたいんだよねぇ」
「連載物で、せやさかい、まだぜんぜん途中ですよ?」
「誰より偉い会長の言うことは聞きなさい」
了解です。
ここ、生徒会室の隅っこにプリンターがあるさかい、お世話になった。
今日日の「彼ら」は仕事が早い。
「もっかい言います。まだ途中ですよ? そのわりにはボリュームがあって」
「三分ちょうだい。それだけあったら目、通し終わるから」
「ホンマに?」
「ホンマ、だよ」
ホンマに会長はたった三分で一通り読んでくれたらしい。
「誤字脱字が目立つね」
確信めいた口調やったもんやさかい、びっくりした。
「そのへん、編集さんに指摘されない?」
じつはされてる。
「速読っちゅうやつですか?」
「そう。慣れれば誰にでもできるよ」
うーん。
どんだけ修行とか徳とかを積もうが、オレにはできへんやろうなって思う。
「裏を返せば誤字脱字がどうこうってだけで、お話自体は面白いよ、私は感心しているのだ」
「ありがちなストーリーやないですか? 何を書いても、二番煎じでしかないように思えるんですよ」
「何をやるにも最初は手掛りを探すもの。何かのオマージュだったとしても、そう悪いものではないように思うのだよ」
「せやろかぁ」
「そうだよぅ」
一つ、いい話、あるいは興味深い質問をぶつけてあげよう。
会長はそないなふうに切り出して。
「主に素人ががんばるネットの小説投稿サイトって知ってる?」
「そりゃあ、まあ、はい。このご時世、いくらでもあるでしょうね」
「あるね。で、だよ? そこにAIが書いた作品が掲載されてたら、どう思う?」
「べつにええんやないですか? 創作活動なんて、そのヒトが好き勝手にやったらええでしょう?」
「言い方を変えるね? 創作者としての感想はどう?」
オレは腕組んで、「うーん」って唸りながら首をこてんと左に倒した。
「せやさかい、AIはべつにええって思いますけど?」
「ぶっちゃけよう。私はAIが書いた小説なんてくそったれって思うよ?」
「前時代的やなぁ」
「だったら訊くけど、AIが書いた湿っぽい作品だって聞かされたうえでそれを読んで、そこに感動を覚えたりする?」
「そのへんは無理難題ですけど、本人が打ち明けへんかったらAIが書いたとかわからへんやん?」
「そう、そのとおり。だからこの先、権威的と言われる賞だって無意味化するのだよ。だって、AIが書いたのかもしれないんだから」
その意見は尊重すべきものである気がする、少なくとも間違いやないやろう。
「せやけど、AIってそこまで危険視するもんなんですかね」
「だって、創造力に欠けてるでしょ?」
「やり方次第や思いますけど? あとは考え方次第」
「犀川くん、きみはAI肯定派なのだね」
「そうは言うてませんってば」
面白がるくらいならまだいいよ。
でも、創作活動という尊いクリエイト行為において、AIの出力結果を頼りにするようならそれはそれで終わりだと思う。
――まあ、会長が言うてることは間違いやないな。
「ただ他者に認められたいっていうだけなら、AIに手ぇ出したりもするんでしょう」
「きみは違うのかな、犀川くん?」
「ええ。オレはそこまで『腐ってない』つもりです」
AIは賢い?
そう訊ねられたところで、「本音漏らすと、オレからしたら気色悪さの権化ですよ」としか答えられへんわな。
「AIを肯定するヒトはAIにディープに浸かってるんです。何回かて言います。それはそれでええんですよ。ただ、ただ、オレからしたらやっぱ気持ちの悪いことでしかあらへん」って言い放った。
「犀川くん的には、AIって悪なのかな?」
「何回も言わせんといてください。悪なんかやありませんよ。その界隈に、善悪なんてない」
「でもこの先、特にブルーカラーのヒト達以外は仕事をとってかわられるんだよ?」
「話がいきなり別方向に飛びましたねぇ」
「そのへん、真理だから」
会長は満足そうに笑みやったら頷いて。
「さて、ではいよいよ帰らせていただこうかな」って、蝶野会長。
「送りますよ」とりあえず、オレは席を立った。
「いいのいいの。ほんとうにただ帰るだけだから」
「それでもって話ですよ。なんや、今日は飛鳥井くんもおらへんし」
「私を置いて帰るよ、飛鳥井くんは。まあ、ときどきの話だけど」
たぶん、ホンマに「ときどき」の話なんやろうな。
だってそこには確固たる愛情があるに違ないんやから。
なんやろうな、「ときどき」って。
いつかそのへん、わかる日が来るんやろうか。
オレは速やかに後片付けを終え――。
ノートPCをスクールバッグに突っ込んで――。
「会長、オレは送っていきますってば」
「あらそ? じゃあ、お願いしようかな」
会長は爽やかにあるいは色っぽく、ニコって笑いやった。
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「例えばなんだよな、イクミ、胸がデカくてもバルメもチェキータも強いわけだ」
二十二時。
えっらい遅い夕食を七尾家でいただいている最中に、向かいのアキラっちが言うたんや。
「は? バルメ? チェキータ?」
そないに問いかけたら馬鹿にするみたいに鼻鳴らしやった、「ふん」って。
「『ヨルムンガンド』も知らないとか、おまえはモグリがすぎるんだぞ」
ホンマ、なんや得意げなアキラっち。
「知らへんわけやないよ。北欧神話の、えっと、『世界蛇』いうんやろ?」
そったらアキラっちはちょいびっくりしたように――。
「し、知ってんじゃないかよ。そそっ、そうだよ。そういう奴だよ。でも、あたしが言ってるのはアニメの話だ」
「ヨルムンガンドっちゅうアニメがあるん?」
「そうなんだ。その登場人物にバルメとチェキータがいるんだ」
「で、そのお二人さんはお胸が大きいと?」
「そうだぞ。ばっ、爆乳すぎるんだぞ?」
オレは「うーん」って首かしげた。
「ヨルムンガンドか? それはきっとおもろいんやろう。にしても、なんで当該作品と胸の話をいきなり持ち出したんや?」
「胸がデカかろうが強い女はいるって話だ。むしろ胸の大きさと戦闘力が比例する例もあるってことだ」
自分が爆乳なん、ヘンな感じでこじらせてやるな。
べつにええやけどな、それはそれで。
「胸、デカくたってええやん。何が嫌なんな?」
「バルメとチェキータは、あたしの理想とするところなんだ」
「いや、せやさかい、そのバルメさんもチェキータさんも知らへんし」
勉強しろ言われた。
わこた、勉強したろって思う。
今宵のアキラっち宅での夕食、メインディッシュは麻婆茄子。
白飯がメッチャ進む。
「もうすっかり秋だよな」
そうなんやけど。
「秋を感じに行きたいんだぞ」
まあ、それもええかもしれへんな。
「紅葉狩りに案内してくれ」
それくらいやったら引き受けたろうやないか。
くどいようやけどめっちゃチチがデカいオレの恋人は、今日も今日とて話に脈絡がない――。




