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52.先輩、どうせ彼女のπに惚れたんやろ?

*****


 イクミ、いつになったら弁当屋を継いでくれるんだ?

 そうだよ、イクミちゃん、いつになったら弁当屋になってくれるんだい?


 そないなふうな、それぞれ、アキラっちのじいさま、そしてばあさまの声。


 いつ引き継いだったってええんやけど、そのへん、今んとこ、ペンディングってことで。


 卑下じみたことを言うつもりはないんだ、でも、弁当屋なんていつでも引き受けられるだろ?

 それがアキラっちの言い分、考えらしかった。


「せやったらその間、オレに何をしろと?」

「決まってる。今しばらくはあたしと遊べ」


 それも一興。

 ちゅうか、望むところやな。


 いつものごとくの夜、21時過ぎ。


「そろそろ店じまいだ」

「泊めてもらおう思う」

「泊めない。だけど、あたしがおまえの家に泊まってやるのはアリなんだ」


 なんや、ようわからへんな。


 オレは目線を夜空にやって幾何か考えたのち、「帰るわぁ」、言うた。

 以前のアキラっちやと「ノリ悪いなぁ」とか文句言うたはずやけど、オレらの関係性はもはやそんな次元になくて、そこまで脆弱なもんでもないらしいわ。


 身を翻した。

 翻したところで、アキラっちが「待て!」とか大きい声で呼び止めてきやった。


 弁当屋のほうを向く。

 勝手口から出てきたアキラっちが、あっという間に抱きついてきてくれたんや。


「冷たい言葉だったよな。悪かった」

「んなこと思ってへんってば」

「送ってやるよ」

「要らへんわ」


 アキラっちの「ばいばーい!」とかいうサヨナラの声を受けつつ、オレは前に進む。


 まあまあええ感じの夜やった。



*****


 翌朝、オレんちにオレんことをアキラっちが迎えに来て。

 歯ぁ磨いてる最中やったさかい、とりあえず上がってもろて。


 今日のアキラっちはスカート姿や、しかも丈は著しく短い。

 膝崩して座ってるもんやさかい、肉感的なオミアシがエロさをもって覗いてる。


 オレが「エロいぞ」言うてもわろてみせるだけや。

 エロく見られることにだいぶん耐性を得たな、相手がオレやっていうこともあるかもしれへんけど。


 火の元をチェックしてから、表に出た。

 表に出たところで、オレらは手ぇつないだ。


 だいぶん、平気になってきた。

 手をつなぐことも、身を寄せ合うことも。


 通学路をゆく――。



*****


 秋の日和がなんや尊い中にあっての昼休み。

 アキラっちが向かいの一辺を陣取ってるのはもちろんのこと、オレんとこ抜いた残り二辺にはさっちんとみゆきちの姿がある。


「ホント、アキラっちとイクミくんの関係に隙はなくなってきたね」

「そうなんかね、さっちん」オレは問いかけたる。「オレらは無敵なんか?」

「それに近い。もう結婚しちゃいなよ、学生結婚。お弁当屋さん、やるんでしょ?」

「そこに至るまでに、二人でいろいろ楽しいことを経験しようとしてるんやよ」

「それはそれでいいね」

「結婚式には呼んだるさかいな」

「期待してるよ」


 さっちんとグータッチした。

 さっちんはドライなくせに人間臭くもあるから好きやなぁ。


 四人して弁当なりパンなりを食べる。

 もち、にこにこ笑い合いながら。


 その最中のことやった。

 とてつもない勢いで教室の前の戸が開け放たれたんや。

 そっち向くと立ってたんは日サロ通いあろう浅黒い肌が目立つ男やった、サマータイムの区切りがあって十月から学ラン着用になったんやけど、その上からでも判別がつくくらいマッチョなんや。


 うげげっ!

 そうとでも言わんばかりに、アキラっちは席の上で身をのけぞらしやった。


 オレの目は灰色に濁ってることやろう。

 誰か知らんけど、押し入ってきたんやから、その点は看過できへんなっておもて、それは自然と――。


 日焼けした肌のマッチョさんはアキラっちんことを認めると、難しい顔しやった、そこは微笑むとこやないんかいな。


 ずんずん近づいてきた日焼けマッチョ。

 いよいよって段になってアキラっちの前に立った。

 アキラっちは困った困ったとでも言いたげな曖昧な表情や。


 観念したようにアキラっちは立とうとしたもんやから、オレは「立たんでええ」って制した。

 恋人然とした偉そうな物言いかもしれへんけど、とにかく立つ必要はないって判断したんや。


「おい、にいさん、あんた誰や? 上級生なんは間違いないみたいやけど」

「アキラから何も聞いてねーのか?」

「聞かされてないねぇ」

「だったらおまえはそこまでのニンゲンだってことなんだろ」


 腹立ってきた。

 それでもその旨を表に出さへんあたり、オレは成長したってことなんやろうか。


「アキラっちよ」オレは問いかける。「この色黒マッチョなにいさんは何者なんや?」

「かっ、カエデさんだよ。中学時代の部活の先輩なんだ」

「部活?」

「水泳部だ」


 ああ、なんや、いろいろと見当がついたっちゅうもんや。


 オレはアキラっちとカエデ先輩のあいだに割って入った。


「なんで今さら来はったんですか? それともじつはずっと思ってたっちゅう純愛やとでも?」

「どっちでもいいだろうが。どっちにしろ、七尾はオレの女なんだよ」


 おっとっと、今の時代において、それはなんらかのハラスメントやぞ?

 振り返ったら実際、アキラっちは戸惑った顔してるしな。


 オレは吐息ついて。

 それから然るべき対応をしたろうおもて。


「とりあえず帰れや、カエデ先輩。しつこいようならアキラっちへのヒアリングは、オレが請け合ったるわ」

「七尾はオレのものだって言ったろ?」

「そうは思えへん。せやけど思いは聞いたろう言うてんねん」

「折れろって言うのか?」

「ああ、折れろや、どあほうが」


 場合によってはさらうぞ?

 ――とか、カエデ先輩は怖いことをさらりと言うて。


「本気かいな。もしせやったら、オレはこの場でアンタんこと、ぶっ殺さなあかんな」


 そったら静かに「……まあいいさ」とか抜かしやって。


「たぶん、カエデ先輩のことは潰すことになる。堪忍しろや」

「俺は負けるのが大嫌いなんだよ」

「それでもおまえは負けるんや」


 オレはカエデ先輩の両肩をそれぞれの手で突き飛ばした。


「男同士の喧嘩しようや。男同士の殴り合い、したろうや」


 考えとくよ。

 そない言うて、カエデ先輩は1-Aから立ち去った。



*****


 放課後の1-A。

 自由奔放なさっちんとみゆきちは西日が差し込む中にあって、ちゅっちゅちゅっちゅと唇重ね合ってやる、重ねまくってやる。

 男でも女でもどっちでもイケるところは共通してるわけで、二人がいちゃつく様子を見てるとちょいドキドキせーへんわけがない。


 オレとアキラっちは、お互いに椅子の背もたれを前にしてる。


「アキラっちよ、水泳部で一緒やったっていう意外に、カエデ先輩はいった何者なんや?」


 アキラっちはちょい気まずそうに目ぇ背けて。


「中学時代にえらく言い寄られたんだ。なんか怖かったからめっちゃ断ったんだけど……」

「怖いから?」

「耐性がなかった――っていうか、今でもないんだ。だったらさ、愛とかまともに理解できるはずがないだろ?」

「今は? わかんのん?」

「そりゃあまあ、おまえって野郎がいるからなぁ……」


 なんとも心地のええ答えやっちゅうわけである。


「中学時代のカエデ先輩は、なんでおまえに恋をしたんやろうか」

「恋なんかじゃないと思うぞ」

「どういうこっちゃ?」

「だって先輩、あっ、あたしの胸ばっか見てたもんよ」

「うおぉぉぉ、カエデ先輩、めっちゃ俗物やないか」

「あたしはそう踏んだから、どれだけ綺麗な言葉を並べられてもなびかなかったんだよ」


 そりゃそうやわな。

 いくら目を引くバインバインでも、見過ぎたらあかん、本人からしたら「めっちゃ凝視」はヒくやろう。


「せやったら駆逐かぁ」

「い、いいよ。べつに何かされたわけじゃないんだから」

「それは今んとこの話や。何よりオレが舐められてる可能性がある。せやったら、ぶち食らわせたらなな」

「おまえは平和主義者じゃなかったのかよ。いつかどこかのタイミングでそう聞かされたぞ?」


 アキラっちはどことなく悲しそうに俯いて。


「バインバインは正義なんだろ」となおも悲しそうに。

「そりゃそうや。大正義や」とオレはあっさりと。

「ちょっとは申し訳なさそうにしやがれよ、馬鹿っ」

「男の視線を集めることは名誉やって思うしかあらへんな」

「ふ、ふざけるなよ。そんなことされて誰が喜ぶっていうんだよ!」


 まあ、そのとおりすぎる。

 そういうこともあって、オレはアキラっちんこと、最初から最後まで守ったるって決めてんねんけどな。


「さっき、LINEが来てたんだ」

「カエデ先輩からか?」

「うん」

「場所はどこや?」

「タイヤ公園」

「わかった。オレんこと連れてけや。カタにハメたろうやないか」


 け、喧嘩は良くないぞ!

 アキラっちは訴えるようにそない言うて。


「っていうか、あたしのために喧嘩とか――」

「せやったら、おまえはカエデ先輩のカノジョにされたいんか?」

「されたくないよ。そう言って断る権利くらい、あたしにだってあるだろ?」

「なんかの折に襲われたらどないすんねんな。その場合、往々にして自我は頼れへんぞ」

「そうかもだけど……」


 タイヤ公園はホームや。

 でもって、アホい言動連ねるカエデ先輩はうっとうしいさかい、ぶっ飛ばして物言わんようにしたらなあかん。



*****


 タイヤ公園は市民の――もっというとちびっこどもの憩いの場なんやけど、秋空の夕暮れにあって、無人やったんや。


 ついてこい。


 とかほざきやったカエデ先輩は意外と誠実なニンゲンなんかね。

 逆三角形の広い背中、とにかくマッチョ、美しい身体つき。


 どういう格好で切り出して、何を説いてくれんのかなって、嫌でも興味深くなる、うきうきする。


 カエデ先輩は向こう向いたまま、なあんも言いやらへん。

 暇やさかい、オレはブランコに乗って、両足でこいだ、空を飛ぶような感覚は久々で、なんとも気持ちがええ。


「俺は本気でアキラに告白したことがあるんだよ」

「ちゅうたかてカエデ先輩、あんたはアキラっちのπのバインバインさ加減ばっか観察してたっちゅう話やけど?」

「誤解だな。アキラは普段からそんな目線に晒されてたから、俺についてもそう感じていたんだろう」

「自分は無罪やと?」

「ダメか?」

「ダメやな。相手の異性にそないに思わせた時点で最低の最悪や。おまえは敗北者やよ」


 喧嘩をしよう。

 オレが勝ったら、おまえは身を引いてくれ。


 なんとも無茶苦茶な要求や。


 まあ、ええわいさ。

 オレが負けるわけ、ないさかいな。


 結論だけ。

 ぼっこぼっこにしたった。



*****


 夜、アキラっちがオレんち訪ねてきた。

 もう遅い時間やさかい、オレはベッドに横たわってた。

 アキラっちは合鍵つこて容赦なく侵入してきたっちゅうわけや。


 アキラっちがオレの後ろで、ベッドに乗ってきたんがわかった。


「なあ、イクミ、な、なあ? おまえ、あたしに怒ってるのか?」

「おまえがカエデ先輩とLINEしてたってことにムカついてる」

「ご、誤解だ。あたしから連絡したことなんて――」

「せやけどダチとして残してたんやろ? でもっておまえは返事しやった。頭に来たっておかしないやろ。じつに不満や」

「ゆ、許してくれよ。なんだってするから」


 軽々しく「なんだってするから」とか言うなよなぁ。


 この時、この瞬間、オレはオレ自身がどれだけ嫌な奴かって認識してる。

 それでもオレが知らんところでオレが知らへん男と連絡とってたってのは我慢ならへん。


 拗ねたくもなる。


「ホントに許してくれ。おまえに嫌われちゃったら、あたし……」

「あたし?」

「うん、あたし、絶対にあたし、生きていけないから」

「べつにおまえがオレと出会うまえに何してたかなんて、どうやかてええんや」

「そ、それはそれで悲しいぞ? めちゃくちゃ心配してほしいんだぞ? 気にかけてもらいたいんだぞ?」


 オレは寝ころんだまま、アキラっちに背中向けたまま、くすくすわろた。


「アキラっちは悪くない。ただ単に、オレが割り切れてへんっちゅうだけや」

「だ、だからごめんって。でもさ、ほんとうにあたしは――」

「やましいことなんてないってんやろ?」

「疑うのか?」

「いいや」


 そう言いつつも、そうやって信じつつも、オレはアキラっちのほうを振り返らへんかった。


 そったらや。

 アキラっちがベッドの上でオレの背に豊満すぎる胸を押しつけてきやって、それがめっちゃ、凶悪なまでにハリがあって柔らかくて――。


「あたしにとって男っていう生き物は、おまえだけでいいんだ」


 嬉しくて喜ばしくて、えっらい身に染み入るセリフやった。


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