幸せの証【終】
年が明けたばかりのある朝。まだ冷え込みの残る寝室で、伯爵夫妻は揃って窓辺に腰掛け、朝食をとっていた。
窓の外には、白い霜をまとった梅の木が、花を咲かせて凛と立っている。
セイルはどこか上の空で木の枝先を眺めていた。
いつもと様子の違う彼に、エマは首をかしげて声をかける。
「どうかしましたか?」
問いかけに、彼は小さく瞬きをして、静かに息を吐いた。
「……不思議な因果を感じていました」
その声音は、心の奥に触れるように、穏やかで、重みがあった。
「僕が百合子さんと雪に会いたいと願ったばかりに、貴女たちはこの世界にやってきてしまった。しかし、結果としてエマの命を救ってくれたのは雪だった。あのときの悪魔との契約で、僕は苦しみの果てに、大切な人たちを取り戻すことができた。……今は、そのことに得心が行くんです」
やがてセイルは視線を戻し、彼女に向けて穏やかに微笑んだ。
「百合子さん……僕は今、幸せです」
彼の心からの笑顔を見ていると、エマの胸は愛おしさで熱くなった。
「……ねぇ、清一さん、私たち、もっと幸せになりましょう?」
自然と、二人の笑みは重なった。
やがてエマは、ふと目を伏せて呟く。
「……もしあのまま私が先に逝ってしまっていたら、清一さん、貴方はやっぱり」
「迷わず、貴女を追いました」
セイルは淡々と、告げる。
迷いのない彼の声音に、エマは眉を下げた。
「……私にはそのことが、今も気にかかるの。貴方をもう、苦しめたくはないのに」
エマは目を伏せ、後悔の滲む表情を見せた。
そんなエマに、セイルは優しく言葉を重ねる。
「ひとつだけ、貴女に僕を救える方法があります」
エマは顔をあげた。
そこには、エマの愛してやまない黒く透き通る瞳が、彼女を映していた。
「僕とともに生きてください……僕の、最期の時まで」
少年のころから変わらぬ、宝石のように澄んだ瞳。
エマはその瞳に吸い込まれそうになる。
「……ええ、約束します。貴方とともに生き、貴方の最期を看取ると」
エマの目から涙がこぼれた。そして、ありあまる幸せに頬を綻ばせた。
セイルもまた、目の前に最愛の人がいてくれる幸せを胸いっぱいに感じていた。
テーブルには、椀に盛られた炊き立ての白米と、薄味の漬け物。それに自家製の梅干し。
伯爵夫婦の朝食にしては、あまりにも地味だった。
しかし二人にとって、それは何よりの幸せの証だった。
Fin
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