兆し
──三年後。
雪は白衣の裾を揺らしながら、静かな廊下を歩き、エマの部屋を訪れた。
窓から柔らかな陽が差し込み、レースのカーテンが風に揺れている。部屋の奥、肘掛け椅子に腰かけていたエマは、以前よりもずっと健やかな顔をして雪を迎えた。
「もうだいぶ落ち着いてきているけど、気になることがあったらすぐに知らせて。再発の可能性はゼロじゃないの。ちょっとしたことでも、早期発見につながるんだからね」
雪は真剣な眼差しで念を押すように言った。
主治医でありながら、その口調は娘の言葉として心配が滲んでいる。エマは堪えきれずにくすくすと笑った。
「ふふ。先生、いつもありがとう」
「もう茶化さないでよ。こっちはまじめに言ってるの!」
「あ、でも、そういえば……」
エマはふと視線を伏せ、言いよどんだ。
「最近胸がいっぱいになることが多くて。食欲がわかないし、少し熱っぽい気もするの」
雪ははっと息を吞んだ。
まさか──再発。
冷たい汗が背筋を伝う。
「なんで早く言わないのよ! いつから? 咳は? 呼吸の調子は?」
矢継ぎ早に問いただす雪に、エマは不安げに首を振った。
「……ここ最近のことなのよ。咳は無いけれど……疲れやすくて、すぐ息切れしてしまうの」
焦燥と不安が入り混じる。
雪はその症状に、ふと違和感を覚えた。
「ねぇ……お母さん。最後に月のものが来たのは、いつ?」
エマはきょとんと目を瞬かせ、やがて小さな声で答えた。
「ええと……そういえば、三月ほど来ていないかも……」
二人は同時に顔を見合わせる。
一拍の沈黙。
「……え?」
「まぁ、そういうことなんじゃない?」
その一言に、エマの頬は一瞬で真っ赤に染まった。
両手で顔を覆い、戸惑いと照れが入り混じったようにそわそわと身じろぐ。
雪は内心、苦笑した。
まさかこの年で兄弟ができるなんて……
両親が今なお仲睦まじいことに、少し複雑で、けれどどこか誇らしい思いが胸に広がった。
「定期的に診てあげるから、しばらくは安静にね」
雪のいたずらっぽい笑みに、エマは顔を覆ったまま、何も言えずに俯いていた。




