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喜び

 セイルは、泣きじゃくるエマの肩を何度も撫でていた。


「間違いないの、あの子は雪ちゃんなの……こうしてまた会えるなんて…生きていてくれたなんて…!」


 言葉にならない喜びと安堵で涙をこぼすエマの姿を見て、セイルの胸も熱く締め付けられた。


 娘の雪は、あるときから消息を断った。

 エマの震える字で綴られたその手紙を受け取ったとき、セイルは愕然とした。


 あれほど誕生を喜び幸せを願った子。それを百合子さんは突然に失ってしまった。どれほどの悲嘆に沈み、どれほど泣いて過ごしただろう。


 消えてしまった雪は、独りで苦しんでいないだろうか。心細く泣いてはいないだろうか。

 娘は……生きているのか。

 会ったこともない娘に想いを馳せれば、胸が潰れそうになった。

 そのとき側にいてやれなかった後悔で目の前が真っ暗になった。


 エマの話の通りなら、これは、奇跡だ。

 引き裂かれ、異なる世界で生きていたはずの母と娘が、今ここで再会を果たすなど誰が想像できただろう。


 セイルは、泣きじゃくるエマをそっと支えながら、あの女医──雪に会ったときの話をした。


 その診断と処方の確かさ。薬についての真摯な説明。そしてなにより「最善を尽くす」と約束した確信に満ちた声。

 その全てが自分に「希望」をもたらしてくれたのだ、と。


 エマはその話を聞いて、またしても大粒の涙をこぼした。子どものように顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら。

 そして、幸せそうに微笑んだ。



 *



 エマが落ち着きを取り戻したころ、再び雪を寝室へ呼び入れた。彼女は背筋を伸ばし、慎重な足取りで入ってきた。


「お加減はいかがですか、伯爵夫人」


「ええ、ええ…ありがとう……もう大丈夫よ。貴女がお薬を処方してくださるお医者様?」


 エマの視線に雪は一瞬きょとんとする。それから、少し照れたように微笑んだ。


「はい、伯爵夫人」


 雪は医師として丁寧に問診を進め、投薬の方法や治療の方針を、明快な口調で伝えた。

 その間も、エマはすっかり雪から目を離せない様子で、にこにこと見つめていた。

 セイルは傍らで二人のやり取りを見守っていた。


 そんな中、エマが突然、少女のような無垢な声で言った。


「ねえ、あなたはどちらにお住まいなの? この近く? 私、とても心細いの。なるべく近くにいていただきたくて……毎日でも会いたいくらい」


 その声には、あふれ出るような愛情と、幾ばくかの寂しさが混ざっていた。

 雪は一瞬戸惑ったが、丁寧に返答した。


「夫と、娘と、領の北端に住んでおります。街医者のようなこともしておりますので……」


「まぁ……孫が! お子さんはどんな子? 何歳? なんてお名前なの?」


 エマが嬉しそうに浮き立って話す様子に、セイルの胸がじんと温かくなった。


 だが――正直、少しだけ複雑だった。


 エマは、自分のときはあんなふうにまっすぐ言葉をくれなかった。

 彼女なりの思慮があったことは分かっている。だが今、彼女は迷いなく「雪ちゃん」と叫び、求め、喜びを惜しみなく表現している。


 ……ずるい。


 自分のときも、そんなふうに飛びついてくれたら、どんなに救われたことか。


 百合子さん、僕のときと違うじゃないですか……


 思わず、そんな拗ねた言葉を心の中で呟いてしまった。


 とはいえ、今のエマの笑顔は、何物にも代えがたい。彼女にこんなにも生気が戻ったのは、本当に久しぶりだった。


 そしてこれから、雪の治療が始まる。

 三人の「失われたもの」は、少しずつ、きっと、取り戻されていくのだろう。


 願わくは、そのすべてが叶うまで。

 彼女たちが幸せに包まれるまで。

 私はすべてを尽くそう。


 セイル・リーリエとして生きてきて良かった。


 セイルはようやく、愛する人たちを取り戻すことができた。

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