黒い瞳
リーリエ領の北の果て。
木々の枝葉が空を覆い隠すように生い茂る奥地に、その家はひっそりと佇んでいた。
粗末な一つ屋根の家。その脇には小さな畑が耕され、見慣れぬ薬草が風に揺れている。
セイルは入り口を探して家の周囲を歩いていた。と、不意に林のほうから小さな足音が近づく。
振り向けば、年のころ十歳ほどの少女が、おさげ髪を揺らしてこちらを覗き込んでいた。
「おじさん、患者さん?」
好奇心を隠そうともせず、少女は目を輝かせる。
「このあたりに薬を扱う女性がいると聞いて……君は、何か知っているかい」
問いかけに、少女は花のような笑顔を咲かせた。
「ついてきて!」
駆け出す少女の背を追い、セイルは家の裏手に回る。そこには小さな扉があり、どうやら診療所の入口らしかった。
「おじさん、どこか痛いの?」
「いや……私の妻が病気なんだ」
「そうなの? でも大丈夫だよ。ママはね、なんでも治せちゃう世界一のお医者さんなの!」
あどけない声に、セイルの胸を締めつけていた不安が、わずかに和らぐ。
そのとき。
「ユーリ!!! いつまで遊んでるの! 薬草は取ってきたの!?」
家の中から鋭い声が響き、少女はびくりと肩を震わせた。おずおずと家の扉を押し開けながら振り返る。
「ママ……迷子のおじさんがいたから、連れてきてあげたんだよ」
少女のあとに続き、セイルもそっと家の中を覗く。
そこは「魔女の家」という噂には似つかわしくない、整然とした診療所だった。棚には薬瓶が並び、かすかな消毒液の匂いが漂う。
ふと、一人の女性が奥から顔を覗かせた。
すらりとした長身に、着慣れた白衣、静かな物腰。
「こんにちは。患者さんですね? どうされましたか」
長い黒髪と、深く黒い瞳。
セイルは息を呑んだ。
この世界で、自分と同じ色の瞳を持つ者に出会うのは、初めてだった。




