エマの望んだこと
セイルは、マリアベル王太子妃から手紙を受け取っていた。
「至急、王宮へ出仕せよ」――短く、それだけが記された文。
エマの病状を知ったのだろう、とセイルは察した。
責めたいだけ責めてくれればいい。
そう思いながら、彼はただちに出仕の旨をしたため、返事を出した。
*
「これが、エマの財産目録よ」
マリアベルは表情を保ったまま、淡々と告げた。
机の上には整えられた書類が並び、王太子妃自らの印が捺されている。
「エマの遺産はすべて、貴方に相続される内容になっているわ。これが私の証人印。……全部読んで確認したら、ここにサインしなさい」
彼女は迷いのない手つきで書類を示し、セイルに差し出した。
「……なんですか、これは」
低く唸るように問いかけたセイルに、マリアベルはため息をつき、静かに言葉を重ねる。
「エマが望んだのよ。貴方に遺産が確実に渡るようにしてほしいと。私に証人を頼んで、すべての用意をしていたの」
「エマが……」
胸の奥に衝撃が走る。
いつの間に、そんなことまで。
殿下がリーリエを訪れたときには、すでに。
あのときからエマは、自分の終わりを見据えていたのか。
言葉を失い、ただ紙を見つめていると、マリアベルは新たな書類を音を立てて重ね置いた。
「それからこれは、アムスベルク伯爵令嬢の肖像。こっちはヘッセン子爵令嬢、それからロイス伯爵令嬢……」
「……これは」
「貴方の後妻候補として選んだ令嬢たちよ。エマよりも年の近い方ばかり。気になる方がいれば、私に教えなさい」
セイルは思わず拳を握りしめていた。
全身の毛が逆立つような憤りが、血潮のように駆け巡る。
「……こんなものが、必要だと思いますか」
言葉を絞り出すように問うたその瞬間――
パンッ。
乾いた音と共に、マリアベルの手が彼の頬を打った。
「自分だけ辛いみたいな顔しないでよ!」
彼女の瞳は涙に濡れ、声は震えていた。
「こんなもの、私だって……私だって望んでなんかない! でも……妹の願いを聞いてやれない姉でいたくないの。エマが望むから仕方がないじゃない……! 貴方を愛してるって言うんだから……仕方ないじゃない……!」
奥歯を噛みしめ、必死に涙をこらえるマリアベル。
吐き捨てるような言葉の奥に、痛切な哀しみがにじむ。
セイルはただ、机に並べられた書類を、視界の霞むまま見つめることしかできなかった。




