夢の狭間に
体の芯まで倦怠感が広がって、重く、鉛のように動かない。息を吸うたび胸が軋む。 エマは熱に浮かされながら、ベッドの中で静かに考えていた。
この体はもう長くない。
一度は死を経験している。だからこそ解る。
この体は、そう遠くないうちに尽きてしまう。
寝室に閉じこもって、どれほどの時が過ぎただろう。
世話をしてくれる医療者の方々には申し訳ない。ひとりひとりに感謝を述べたいけれど、声が出せない日もある。日に日に力が失われていくのを感じていた。
エマは、セイルの顔をしばらく見ていないことにほんの少し安堵を覚えていた。
もちろん会いたい。
けれど、こんな姿を見せずに済んで良かった。
やつれて力の無いこの姿を、愛しい人の前にさらしたくなかった。
死を前にしても不思議と女としての見栄があるものだわ、とエマは苦笑した。
エマは眠ったり目覚めたり繰り返すなかで、色々な夢を見た。
エマとして愛された日々。
清一と過ごしたかけがえの無いとき。
雪の成長していく姿。
そして、百合子として迎えた最期のとき。
百合子の臨終は、独りぼっちだった。
百合子は早川家が持っていた資産を、雪が居なくなって以降、手放した。清一と過ごした小さな家のみを残し、そこでひっそりと晩年を過ごしていた。
近隣では穏やかな老夫人として親しまれたが、心の底の淋しさを拭うことはできなかった。
いつもの布団の中で、百合子は思った。
──もうすぐ、死ぬのね
「……清一さん……」
百合子はかすかに唇を震わせ呟いた。
──心残りがあるとすれば、あのとき、清一さんに愛していると言えなかったこと
──死んだら、清一さんのお側に行きたい
──清一さんに、会いたい
そのまま、気がつくと百合子は水辺に立っていた。
目の前を流れる澄んだ川の向こうに、花々の咲き乱れる丘が広がっている。百合子の両親が手を振っているのが小さく見えた。
「お父さん、お母さん!」
百合子は呼び掛けた。声が川面にこだまし、返ってくる。
「やっと会えるの? 清一さんに。ねぇ、清一さんはどこにいるの? 雪は……」
その問いかけに答えるように、父の声が届いた。
──百合子はこっちに来てはいけない。早く、あちらに向かいなさい。
父が指すほうを見ると、暗く先の見えない空。
美しい百合の花々が、暗闇に吸い込まれ、吹き散らされそうになっていた。ほの暗く、寂しさの匂いに満ちた場所。
「お父さん! 清一さんはどこなの!」
──清一くんは苦しんでいる。早く行って、助けてあげなさい。彼はお前を待っている。
「ねぇ、どういうこと! お父さん! お父さん!」
百合子は必死に父に呼び掛けた。
父は、笑っていた。
問いを繰り返すうちに体は浮かび上がり、やがて吹く風に呑み込まれる。叫ぶ声は突風に消え、百合子の体は暗闇へ引きずり込まれるように流されていく。
──そうして、百合子は新しい生を受けた。
グランフォード公爵の娘としてこの世界に。
今世の名は、エマ・グランフォード。
セイル・リーリエに会うために、私は生まれてきた。




